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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
6章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、新たな場所で目にする。

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魔王ちゃんと弔いの歌

「いやぁ~、良いことをした後って気持ちが良いですよねぇ~」



「良いことをしたつもりはないけれど、喜んでもらえたようで良かったよ」



「本当、魔王とは思えない仁徳ですよぅ」



 呟くようにマリアさんが言ったのだけれど、流石に反応しないというわけにはいかない声量だったために、僕は彼女に挑発的な表情を向ける。



「……ありゃ、マリアさん僕が魔王だって知っていたんですか?」



「はい~、受付の彼女が言っていましたよ~」



 この程度で慌てるような人ではないか。そもそも今の話も、どうにもわざとらしく、逆に僕たちを揺さぶっているような気さえする。



「マリアさんは僕が怖くないんですか?」



「まさか~、本当に怖い魔王だったのなら~、今頃ここに来るまでの道のりは焦土と化していますよ~」



「僕は僕以外の魔王に出会ったことがありません。そこまで言うほどなんですか?」



「……それはとても幸せなことですね~、魔王って、恐ろしいんですよぅ~」



 商家の娘であるから、ある程度噂話は聞くことが出来た。

 魔王というものは恐ろしく、自分勝手、それでいてとてつもない力を持っている。それは世界の敵で、倒されなければならない存在。

 そんなことは当然わかっている。しかしそれは知識としてだ。僕は実物に会ったこともないし、やらかしたことを目にしたこともない。

 恐怖と言う言葉は知っているけれど、それを心に刻んだことはない。



「魔王が人に近いって言うのは~、本当はとても危険なんですよぅ~」



「僕を、認められない。ですか?」



 ミーシャが目つきを鋭くし、マリアさんに突っかかろうとしたのを袖を引っ張って制し、マリアさんを見つめる。



「……私はぁ、認めたいですぅ~。けれど、認めてくれない人もいますからぁ」



「そうですか。時にマリアさん、一介の案内人にしては含蓄のあるお言葉ですね」



「案内人って、これでもたくさんの人と接することが出来るお仕事なんですよぅ~」



 伊達に人を見ていないか。と、僕はのらりくらりと言葉をかわしていくアルマリアさんに尊敬にも近い目を向ける。



「さて、そろそろ村に着きますから~、今日はそこで休んでいきましょ~」



 ウインクをして、可憐に微笑んで会話を終わらせたアルマリアさんに僕は頷く。のだけれど、ミーシャが険しい顔を浮かべていた。



「ミーシャ――ん?」



 幼馴染が拳に信仰を込めたことで、僕も辺りを警戒するように魔王オーラの索敵をさらに広げたのだけれど、不可解なことに気が付く。



「どうかしましたか~?」



「マリアさんって、索敵は苦手ですか?」



「え? ええはい、遠くまでの気配は読めないですよぅ。どうしてです?」



 これがこの茶番の一環なのか、それとも彼女も知り得ない出来事なのか。前者であるのなら趣味が悪いとしか言いようがないけれど、後者であるのなら……胸糞悪い。



「リョカ」



「うん、多分いない。でも、凄く嫌な感じがする」



「ええ、さっきからあたしの感覚にずっと殴りかかられているような感じがするわ」



「あのぅ~?」



 アルマリアさんは本当に覚えがないのか、首を傾げている。

 ならばこれはつい先ほど起きたことなのだろう。

 ミーシャではないけれど、頭に、脳に、魂に、叩きつけられるような警鐘が鳴っており、正直足を踏み入れることを躊躇してしまう。



「マリアさん、この先に村があるんですか?」



「え、はい~、ちゃんと今日泊まる手配もさっきしましましたよぅ」



 携帯電話もないこの世界で一体どうやって手配したのかを考えるのは野暮だが、それどころではない。

 そもそも彼女のスキルであるのならそれは可能であると推測しているけれど、それだとマズい。何故ならつまり彼女は、僕たちと合流するまでの間にこの村の連中と接触したということで、ここ数時間の間にそれが起きたのだとしたら、その存在は一切の躊躇もなく、それをやってのけたということである。



「……マリアさん、いないです」



「へ? なにがですかぁ~?」



「この先に多分村があるんですよね? でも、この先に人の気配なんてありません。あるのは、何かが起きたという予感だけです」



「――」



 アルマリアさんが駆け出した。

 僕たちは顔を見合わせ、物凄い速さで走る彼女の背を追いかける。



 そうして辿り着いた村。家屋もある、慎ましやかながら畑もある、子どもたちがいたのだろう、幼子が遊ぶような遊具もある。

 しかしそれだけ。

 この村はすでに死んでいる。

 命らしき煌めきはどこにもなく、乾いた風が()を巻き上げていた。



 僕は遊具の傍に横たわっていたぬいぐるみを持ち上げ、辺りを睨みつける。

 そうして理解する。

 長期間帰って来なかった勇者たちが何に苦戦していたのか、なぜ僕たちが呼ばれたのか。あの茶番はきっと測られている。



「絶気だね」



「あんたのと大分違うのね」



「それと、多分だけれど……」



 僕が絶対に使用しない第4スキルが使われている。



「絶気、ですかぁ~」



「絶気って言うのは確かに防御スキルだけれど、一番魔王の力を表に出すことの出来るスキルなんだよ。聖女の信仰然り、勇者の評価然り、他人へと干渉させられることも出来る。僕が現闇にやっているみたいにね」



 数十人はいただろう村人が一瞬の内に消えてしまっている。

 その証拠に、灰に隠れている衣服から見るに、逃げる暇もなかったのだと推測する。

 ただの日常の一片、その一欠けらに覆すことの出来ない災厄が現れた。



「腹立つね」



「ええ、イライラしてくるわね」



 アルマリアさんが灰に指を通しながら、悲しそうな顔を浮かべていた。

 思うところがあるのだろう、けれどそれは彼女が負うべき咎ではない。

 集団失踪、勇者が出張るほどの事件、砂糖強奪事件、そんなことが可能なのはこの世で魔王だけだろう。



 僕たちは今、魔王を追うためにここにいる。



「……すごく」



「はい?」



「すごく、親切にしてくれたんですよぅ、ここの村の人」



「……」



「畑で美味しい野菜が取れたから、お連れさんと一緒に夕食を楽しんでくださいって~」



 案内人のマリアさんから、あり得ないほどの殺気が漏れている。

 本気でやり合ったら、きっと届かないかもしれない。ミーシャもそれを感じているのか、力強く拳を握っている。



「マリアさん、少しお時間を頂いても良いですか?」



「……うん~、大丈夫ですよぅ」



 僕はゆっくりと歩みを進ませると、村の中央に立ち、ネックレスを優しく握る。



「ミーシャ、役割をとってごめんね」



「良いわよ、あたしには出来ないもの。だから、精一杯――いいえ、あんたのファンにしちゃうくらいにやってやりなさい」



「ありがとう」



 僕は大きく息を吸うと、喝才からリリードロップを選択する。僕は癒しの専門職ではない。ないけれど、それでも力の扱いは心得ているつもりだ。

 魔王オーラでやるように、その癒しを、信仰を、大きく、大きく広げていく。



 辺りの草木に活力が宿るのがわかる。

 魔王である僕が範囲回復なんて使えることが僕を知らない誰かに知られたら、きっと驚かれるかもしれない。

 でも、これだけで終わらせない。



 私がいた世界では、死者を弔うための儀式がいくつもあった。

 しかし一般的に使われるそれらの知識を私は有しておらず、何をしたらいいのかを考えた時、僕に出来ることは1つしかないことに思い至る。



 女神さまの信仰を声に乗せ、僕は歌を唄う。



 レクイエムなんて大層なものではない。そもそもその歌を私も僕も知らない。

 けれど込めるべき心は、魂は、知っているつもりだ。



 これは限りなく独り善がりなエゴだ。可愛いしか知らない私と僕が、可愛くなるために習得した、可愛さのための歌を唄うなどあってはならないのかもしれない。



 僕の心を、この場で無念に散って行った人々が共感してくれるだろうと勝手に擦り付けた。



 でも、どれだけ凄惨な最後だろうと、どれだけ未練を持っていようとも、僕は可愛さの前では誰もが笑顔になってくれる世界であってほしいと願ってしまう。



 だから僕は唄うことに決めた。



 せめて、せめて最後の記憶が、あなたたちの心に残るような可愛さであることを願ってしまう。



 そうすればきっと、次があるのなら、その先は笑顔であふれる生であると信じたい。



 僕は世界の、私を救ってくれた女神さまの信仰を胸に、歌を唄う。



「綺麗な歌――」



「あたしの幼馴染よ、当然でしょう」



「リョカさんは~、すごいんですね~。これで、少しは浮かばれるでしょうかぁ~」



「知らないわようんなこと。死んだらその先には何もないわ、でも……人間どんな状態になったとしても、リョカを目にも耳にも焼き付けない奴なんていないわよ」



 好き勝手言ってくれている幼馴染に多少照れながらも、僕は唄うことを止めない。



 この歌が、女神さまのもとへ、世界の果てへ、天涯のさらに先まで響くように、僕はただ、それを届ける。

 それに応えるように、命の煌めきにも似た温かな風が、灰を空に、天上まで、巻き上げるのだった。

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