運命の女神ちゃんと親愛の百華
「『表不知火・爆炎彩卦』」
「『表不知火・烈火天弁』」
カナデの背中に引っ付きながらあたしは相手の女性に目をやっていた。
ミーシャちゃんたちが何か伝えようとしていたけれど、よく読み取れない。シラヌイはこれだから厄介だ。
けれどカナデちゃんが放った2本の短剣を鳴らして火花を出し、それがそのまま炎の波となって相手のシラヌイ――カグラと言ったか、彼女へと伸びるはずだった。
けれどカグラもまた、カナデのように剣を鳴らし、出てきた火花に息を吐きかけるとさらに大きな炎となり、カナデの波を割るように晴らした。
「技の出が遅い。炎を扱え切れないのならあなたに勝機はありません」
「――っ、まだまだ」
あたしは首を傾げる。
カグラという女性に殺意が感じられない。カナデもそれに気が付いているのか随分とやりにくそうにしている。
「表しらぬ――」
「『鳳凰烈火』」
カグラが短剣2本をカナデに投げると同時に息を吐き、それはまるで火の鳥のような形になって眼前を塞いだ。
「っ! 『地墜爆孤』」
カナデがナイフを地に奔らせ、その獣の形をした衝撃で火の鳥を打ち落とすように打ち上げた。
けれどすべての炎は消えず、カナデに炎が降り注いだ。
「あつっ――」
「――っ『表不知火――」
一瞬顔を歪めたカグラだったけれど、すぐに構えなおし、目にもとまらぬ速さでカナデへと間合いを詰めた。
「『烈火転衝』」
「まずっ――」
カグラが片手を伸ばし、それをカナデの腹部に添えた。
空気は転ずるようにして炎へと変わり、カナデに衝撃と熱だけを与える。けれどカナデは背中にくっ付くあたしを気遣ってか無理な体勢でそれを避けようとする。
ただの手のひらからの空気による衝撃はカナデを打ち抜き、炎の道を作るようにして彼女の背中から伸びていった。
「っ、あつ……ヴィ子、無事?」
「あたしのために避けなくていいから!」
「……駄目だよ、ヴィ子はちゃんとジンギに返すんだから、怪我なんてさせない」
膝をつくカナデを横目に、あたしは奥歯を鳴らす。今ここであたしが離れてしまうとギフトを燃やす炎はカナデを襲ってしまう。でも背中にくっ付いている以上、戦闘の邪魔にしかならない。
「……」
「大丈夫だから、ね、ヴィ子」
背に引っ付くあたしの手を握り、カナデが弱弱しく微笑んだ。
何が女神だ、何が試練だ。重荷になっているのはその運命神だ。
「……あなたは、女神様?」
「……聞かれたから答えるけれど、そうだよ。あたしは運命神、運命神ヴィヴィラ――あたしの、あたしの相棒に頼まれて、この子を守るためにここにいる!」
「そう、ですか」
カグラが微笑み肩を竦めた。
この人の素性がわからない。さっきからカナデを試すように技を放ち、まるで何かを待っているようだった。
あたしはじっと彼女を見つめる。
さっきまでは気が付かなかったけれど、どことなくカナデに面影が似ているような気がしなくもない。
「――?」
「女神さまにも愛される子になりましたか」
「ヴィ子はあたしの友だちよっ! この子を傷つけるのなら容赦しない!」
カナデが立ち上がると同時にカグラに飛びつき、隠し持っていた武器を一斉に振るう。
しかしその剣戟を涼しい顔をして繰り広げるカグラとは対照的に額に汗を流して武器を振るうカナデ。
技量は圧倒的にカグラの方が上だ。
でもどうしてか、カグラはカナデを傷つけるような技は繰り出さない。それどころか彼女の技は、顔はどこか慈しみすら覚える。
なんだ、この顔を、雰囲気をどこかで――。
「『表不知火・爆砕八卦』」
「『表不知火・十束烈火』」
カナデの振るう剣筋が爆炎を上げてカグラへと伸びるが、カグラは片手の短剣でカナデのナイフを受け流し、その受けた衝撃を利用して体を半回転させ、もう片方の短剣を握る裏拳をカナデの腹部に叩き込んだ。
「――っぐぅ」
「技はまだまだですね。テッカ様……キサラギの方にもう少し学ぶといいですよ」
「あ、ぅ、なんで……」
「シラヌイの技とは殺しを目的にした一撃必殺――けれどあなたの技はたくさんの方に影響を受けて、殺しを目的とした技ではなくなっている。ならばこそ、その先はキサラギの技です。あなたが学ぶべきはきっとそちらなのでしょう」
なんだ、さっきから覚えるこの違和感――彼女、カグラの声色、向ける眼差し、それはあたしも受けたことがある。
大昔に、上手く女神の役割が果たせるかずっと不安だったあたしは泣いてその責務を放棄しようとした。でもそれでも頑張ってなんとか他の姉さまたちに倣って力を使うと、そう、ヒナやメル姉さん、アヤメ姉さんやラムダ姉さんが、ああして……。
「――っ!」
あたしはバッと顔を上げ、エンギを睨みつけた。
ああ、わかってしまった。運命の向く先、この先の結末――これは試練だ。でもそれはあまりにも。
「どうして……」
「ヴィ子?」
ナイフで打ち合うのを止めたカナデがあたしに顔を向ける。
けれどあたしは泣きそうになるのを堪えてカグラに目をやる。
「……あなたの目には、きっと私の結末が見えているのでしょうね」
「なんで……だって、カナデは、あなたに――」
「私は、もう長くはありません。だからこそ、最後の、この最後の力だけは、この子のために使うと決意したのです」
「でもそれでも! せめて、こんなところで……」
「ヴィヴィラ様、あなたはとても優しい女神様なのですね。運命神様、試練を与える女神様、あなたがそんな優しい顔をしていたら、試練を受けるその子の脚が止まってしまいますよ」
「なら試練なんて受けなくていい! 未来にあるかもしれない幸せのために、今苦しむなんて間違ってる! あたしはカナデに、こんなあたしにも優しくしてくれたこの子に、カナデに笑っていてほしいから!」
「……」
カグラが少し驚いた顔を浮かべたが、すぐに微笑みを浮かべて首を横に振った。
もう遅い、もう間に合わない。だったらなおさら、その最後の時間をせめてカナデのために使ってほしい。
これだけ1人の人間に干渉するのは女神として間違っているかもしれない。でも、それでも――。
「ヴィヴィラ様、私は今からその子の笑顔を奪います」
「――」
「ヴィ子、ねえ、さっきからどういうこと? あの人に何かされたの? それならあたしがなんとかするから。だから、そんな顔しないでよ」
苦しい、辛い……望まれてもいない結末を知っているのに、あたしは女神だから――そんな勝手な理由で、何もできない。
こんなことなら運命を司る女神になんて――。
「ヴィヴィラ様、あなたが運命を司る女神さまで、本当に良かった」
「え――?」
「あなたは人と、ともに試練を乗り越えてくれる女神さまです。これほど心強いことはないでしょう。人に寄り添い、一緒に泣いてくれる。私はあなたが、カナデに試練を与えてくださって、本当に良かった」
「――」
違う。そんなことない。あたしはそんなんじゃない。それを出来なかった女神だ。
「違う……あたしはそれが出来なかったから、もう間違いたくないっ! だから――」
「だからこそ、これはあなたの試練でもあるのですね」
「あ、ぇ?」
「女神さまが育まれる試練に、カナデもご一緒させていただけて、こんなに光栄なことはありません。私たちはシラヌイ、偽物の炎――女神さまに見初められることもなくひっそりと消えていく定め。その名を背負ったこの子が、あなたと共にいられることを私は喜ばずにはいられないのです」
カグラがゆっくりとカナデに目をやった。
その目はどこまでも優しく、どこまでもカナデ――自分の娘を見つめる瞳は彼女の未来を想像していた。
ダメ、ダメ、ダメ――カグラはカナデの未来を視る権利がある。それを、こんな形で放棄してはいけない。
カグラはカナデに剣を向け斬りかかる。
カナデも当然それに応戦するのだけれど、あたしたちの会話を聞いて彼女は察し始めたのか、ナイフを振るう手に力がこもっていない。
「カナデ、敵を前にして呆けていてはいつか殺されてしまいますよ」
「……お母さん?」
「――」
カグラは何も言わない。けれどその視線が、カナデに向けるその瞳が、全てを肯定していた。
「……あたし、あたしね、友だち、たくさん出来たんだ」
「ええ」
「何も覚えてなくて、それでも、頑張って生きて」
「うん」
カグラが剣を振るうから、カナデもその剣を止めることは出来ない。感情ではなく、体にそう叩き込まれているかのように、攻撃を弾き続けている。
カナデはシラヌイだ、敵に対しての対応は幼い頃からカグラに教え込まれていたのだろう。
「でもね、そんなあたしにも、たくさん、たくさん友だちが、出来て」
「うん」
「笑っていてって、約束してくれたから、だからあたし、笑って……みんなと笑えて――」
「うん、うん」
ああ駄目だ。わかってしまう、ここから先は、カグラの運命は、道だったそれは掠れて、交わったはずの道は崩れるようにして消えて――これ以上先を、あたしは見られな……見つめなければならない。
「カナデ」
「え――」
カナデの両腕を弾いたカグラがそっとカナデの頬に両手を添える。
「私はあなたに私の持ちうるすべてを教えたつもりです。だからこそあなたを置き去りにした時、それが忘れられないように蓋をした。私が持っている、私だけの力――記憶を凍結して、すこしずつ解かすようにして、あなたにシラヌイとしての記憶を取り戻させた。そうすることで、あなたは今日までその力をなくすことはなかった」
「なに、言って……」
「記憶を凍結することでどのような影響が出るかはわからなかった。でも私はそれに賭けました。ゆっくりと思い出すことで、あなたがその力を持っていても真っ当に生きられるように。でも、今この場において余計に苦しめることになる。私は、本当にダメな母親ですね」
カグラが微笑んだ。
けれどその刹那、彼女がとんでもなく濃い殺気をカナデにぶつけた。
ミーシャちゃんに並ぶほど濃く、テッカ=キサラギに劣らない鋭さ。その殺気を受けたカナデの腕が――。
「――」
「え、あ?」
弾かれたカナデの腕が殺気に反応するように瞬時に引き戻され、手に握る刃をカグラの胸に、心臓に突き立てた。
「見事な反応です」
「あ、あ……」
「カナデ、私はね、このまま生きていたら……ううん、しびれを切らしたあの男に、怪物に変えられるところでした。理性も、誇りも、あなたへの愛も、それを忘れてあなたを傷つけることなんて、したくなかった」
口から血を吐き出すカグラ、その血もまた溶けるように砂へと変わり、徐々に徐々に、カグラを終わらせる。
「ごめんね、こんなことしか教えられなくて本当にごめんね。最後まで、あなたの笑顔を見られなくて、ごめんね」
「う、あ、ああっ」
そんなカグラが両手をカナデの胸に添えた。
「これが私の最後の、最後の、あなたに残してあげられるもの――『百華」
その聞きなれない言葉に反応したのはエンギ=シラヌイだった。
「馬鹿な! カグラ、それは夜の――」
「不璃慈在』」
「――」
凍てつくような風、カグラの両手から微かに覚える氷結の気配――あたしはこれを知っている。
「メル姉の加護、なんで――」
終わりを告げる終末神・メルフォース。しかしそれとは裏腹に、彼女の加護は悪意の隔離、強さの延命、終わりの果ての復活――すべてを凍らせるはずの加護はその人を生かすものへと変わる。
「……」
「これでもう、大丈夫、だから。あなたを縛る炎は、もう――」
呆けるカナデに最後まで笑みを向けるカグラは、そのまま目を閉じ、カナデの肩を通り倒れ掛かる。
そして地へと伏せると同時に、体はすべて灰へと変わり、その運命を終わらせた。
「……え、あ、あ、え? なん、で――」
あたしは涙を流し、呆けるカナデの背中に抱き着いた。横目には呆然としたミーシャちゃんとガイルくんが映っている。
このままではだめだ、これ以上この子の魂に負担をかければ、きっとその先には破壊と憎悪、それだけは絶対に阻止しなければならない。
すでにカナデを侵す炎は消え、あたしが抑え込む必要はなくなった。
そんなあたしをあざ笑うかのように、エンギがつんざくような声をあげて笑い始めた。
「くっく、ああそうか、くくっ、ああカグラ、それがお前の反抗か。ああ、なんという、なんという無駄死にか。おかげで手間が省けた」
あたしはキッとエンギを睨むのだけれど、それを覆い尽くすような圧倒的な戦闘圧。
「エンギぃ!」
「ケダモノか、しかし貴様の――」
「159連――」
信仰など効かない。それは彼女もわかっているはずだ。それなのにあれだけの信仰を込めて彼女はどうするつもりだ。
「女神の力など俺には効かんぞ――」
「『革命神鳥の一撃』」
「がぁぁぁぁぁぁっ!」
届かないと思っていた聖女の拳が灰燼の魔王に届き、エンギが吹っ飛んだ。
何が起きたんだと考察していると、血を吐き出したエンギが立ち上がり、ジッとミーシャちゃんを見ている。
そんな視線を受け、聖女はバキバキにへし折れた指を握って拳中から流れる血液すら気に留めずに不遜に激怒し、その正面に立ち塞がる。
「お前は絶対に殺すわ」
「貴様、今何を」
そしてミーシャちゃんの拳を見てハッとする。
あれはルーファ姉の信仰変換を、ヒナがやるように攻撃力に変換したんだ。なんて無茶を――拳を守るものも何もなく、威力だけ底上げされた拳を振るえば一発で手なんて破壊されるだろう。
そしてそれと同時にあたしの前髪を吹き上げるほどの風。
「――」
「お前は、風切り」
テッカくんがエンギの正面に現れ、その刃を奔らせる。
「お前の技なぞ――」
「いいや届く。テッカ、そのまま振り抜け!」
闇を照らす一条の月の光――銀は風を覆うように彼を照らし、その刃を輝かせる。
「『如月流秘剣・風烈火』」
短剣を鳴らして火花を出し、それを風に煽らせてさらに勢いを増す炎――風が炎を纏いその灰燼へと切りかかる。
「あがっ、馬鹿な! 俺にスキルは届かない!」
「いいや届く、今ここに、お前の天敵が現れたことを知れ」
「銀の魔王――」




