神獣ちゃんと直視する過去
「どけシラヌイ」
「クソっなんなんだこいつ――キサラギ家現当主、風切りがこんなに強いなんて聞いてない!」
カグラを見送った後、俺とテッカはカサネと呼ばれたシラヌイと戦闘を開始したのだけれど、このカサネと言う女、テッカが飛び出してきたシラヌイ数人を瞬殺したところ、旗色が悪いと瞬時に判断して逃げ回り始めた。
状況判断は見事だったけれど、相手が悪かった。
あの女が今目の前にしているのはキサラギきっての天才、金色炎の勇者と並び数々の魔王と対峙してきた風切りのテッカ=キサラギ。
最近では月の魔王の協力もありさらに力をつけた世界的強者の1人だ。
「しかもタイミングも悪いときた。あの女、今日が厄日だったようね」
カサネは逃げながらも次々とシラヌイたちをテッカへとけしかけるのだけれど、そのテッカは相手を見る動作も体も動かすことなくまさに風が吹いた瞬間にはすべてが切られているという状況だった。
風切り――風を切る。ではなく、風が切る。
本当にあの魔王は余計なことと言うか、怪物を生み出すのが趣味なのではと疑う程度には周囲に影響を与える。
魔王とは世界の強者の格をいくつも上げるというのは歴史が証明していることだが、あの銀の魔王は趣が違う。
魔王なのに先頭に立ってともに歩む者たちの魂に火をつける。ここのシラヌイの魔王も厄介だけれど、あいつも大差がないように思える。
本当に話題に欠かない月の魔王を思い出しながら、俺はカサネに目をやる。
「クソクソっ……そういえばあいつ――おい風切り! あんたもしかしてカグラに惚れているのかい? でも残念だったね、あたしたちは15になるとお頭に――は?」
「言いたいことはそれだけか?」
「ひっ」
カサネの片腕が鮮血を上げて飛んでいき、テッカがミーシャにも劣らないほどの殺気をあふれ出してカサネを睨みつけた。
火に油を注ぐとはこのことだろう。あの女も馬鹿なことをしたものだ。
カサネが額に脂汗を流し、テッカを歯を噛みしめて見ていたのだがほんの一瞬、奴がテッカの背後に意識をやって気が緩んだ……様な気がする。
俺はジッとカサネの行動を注視しているとテッカの背後からまたしてもシラヌイが飛び掛かった。
だが先ほどまでと違い完全に気配がない。
カサネのあの表情からシラヌイ内部でも相当な実力者なのだろう。
「『如月流魔王奇譚・二語――」
呟くような風の声。
その瞬間、キサラギ家現当主の脇を通ったのは丁寧に形を揃えて細切れにされた肉塊だった。
「風刃・風網』」
「え?」
化け物でも見るかのような顔をしたカサネはただただテッカ=キサラギに恐怖している。
この国に戻る前に学園にいた先生のテッカ=キサラギとは一線を画す。
もうこの風切りに迷いはないのだろう。
テッカのおかげでこの屋敷にいるシラヌイの数も随分と減った。
元々短命な一族だったのだろうが、これでさっきリョカがギンに話していたことの心配はなくなるだろう。
エンギが死ぬと同時にケダモノ以下の化け物が現れては興も冷めるというものだ。
「こんなところで――『表不知火・円炎螺』」
どこに隠し持っていたのか、円状の刃――炎を纏わせたチャクラムをテッカへと投げつけるカサネだったが今さらそんなものが効くはずもなく、その刃はいとも簡単に地へと落とされた。
しかしカサネは再度チャクラムを手に取ったままテッカへと切りつけに走った。
「無駄なことを――」
「カグラは死ぬよ」
「――」
ほんの一瞬、テッカが動きを止めた。
随分と胸糞悪い戦法に出たものだが、その効果は上々であの風切りが隙を見せた。
「『獣を縛る六つの戒律』」
本来ならば女神が人のいさかいに顔を出すべきではない。ないけれど――これは俺のけじめでもある。
ルナがあれだけ人と関わっている以上、俺も文句なんて言わせない。
これは神獣として、過去の俺の尻拭いとして、それを被った者を守るために鎖を振るう。
鎖がチャクラムそのものに巻き付き、カサネの行動を制限する。
「なんだこれ――」
「……」
「ひやぇあ!」
残ったカサネの腕が飛んでいき、テッカが振り返ってきて俺に近づき跪いて頭を下げた。
「すみません、油断しました」
「良いわよ、お前はキサラギだけれど勇者の剣でしょ。その方が人間味があって俺は好きよ」
テッカが肩を竦ませて微笑み、俺に手を差し出してくれる。俺はその手を掴むと一緒にエンギのいる方角に歩みを進める。
「ミーシャとガイルがバカみたいな戦い方をしているから、さっさと助けに行くわよ」
「あいつらは本当に……」
呆れるテッカに少し急ぐ旨を伝えると、背後にいた両腕を失くしたカサネから肉を割く様な、骨が削れるような乾いた音が鳴り、俺は顔を伏せる。
こうやって血縁のシラヌイですらああなってしまうのだ。やはりエンギ=シラヌイと言う男はこの世に残してはいけないものなのだろう。
「うがぁぁぁぁっ!」
「――」
背後から大きな気配を覚える。しかしテッカはやはり振り返ることなく、俺を抱えてくれそのまま駆け出す。
お姫様抱っこされているからちらと後ろが見えたのだけれど、怪物と化したカサネだった命が左右分かれて斬り裂かれ、そのまま2つに分かれてその灯をかき消した。
命の迎える最後としては同情を禁じ得ない。
まともな家に生まれていたら。あんな怪物が生み出されていなければ――そんなたらればいくらでも思いつくけれど、やはりこの家はすでに終わっているのだろう。
俺はわかれた2つの体が砂となって消えていく様を、ただその目で見つめていたのだった。




