魔王ちゃんと彼らの物語の終わり
「え~っと、俺らは普通にしてていいの?」
「コークさんは後輩冒険者にわざわざ頭を垂れるのですか?」
「相手が悪すぎなんだよ。俺めちゃくちゃ撫でてたじゃねえか」
「ルナちゃんは撫でられると喜ぶよ~」
「……それが本名なんだね。でも、え~……こんなに触れちゃってもいいのかなぁ」
「でもサジくんジンギくんと一緒にいたんでしょ? ヴィヴィラ様にも会っただろうに」
「あの子もなのね。もう隠していることはないわね?」
「アヤメは神獣ですよ」
「――」
「――」
「――」
「――」
「――」
やっと落ち着いたギンさんと輪を作り、僕たちは話を続けていた。
本当ならもうミーシャたちの方に向かっているべきなんだけれど、せっかくギンさんがいるから少し確認しようと思っていた矢先、ルナちゃんのアヤメちゃん暴露により、ベルギルマ国民が絶望感のある表情でその動きを止めた。
「え? はっ? え――」
「し、神獣、さま……」
「俺ミーシャたちと依頼に行ったとき、めっちゃ撫でてたんだがっ!」
「……あたしもよ」
「バッシュさんのナデナデは悪友感があって楽しく、レンゲさんのナデナデはリッカさんと同じで優しげで気持ちよかったと言っていましたよ」
ルナちゃんがバッシュくんの手を掴み、自身の頭に動かしながら言っているけれど、やはりこの国の住民にとっては神獣様が刻んだイメージが強すぎるらしく、浮かない顔をしていた。
「……なるほど神獣様か。どうりでエンギが彼女のことを話さないわけだ」
「ああやっぱり、エンギはアヤメちゃんを知らないんですね」
「ああ、お嬢ちゃんの言う通りだ。世間では君が最速で魔王に至ったと言われているが、実際は――」
「エンギでしょうね。しかも一桁の年の時でしょ?」
しかしバッシュくんに頭を撫でさせていたツキコ――面倒なので彼女の眩惑も解き、そのルナちゃんが振り返って首を横に振った。
「それはあり得ないです。だって魔王になった時点で体は成長を止めます。でもエンギは老人で――」
「違うんだよルナちゃん、僕はずっと考えていたことがあるんだ。エンギがどうして今回のような騒動を起こしたのか、カナデを呼び寄せたのはどうしてか。それを考えていたんだ」
「それは――」
「ルナちゃん、エンギはギフトを燃やすんだよ。でもエネルギーは無限じゃない、いつか終わりが来る。ちょっとずつ燃やしてちょっとずつ魔王の恩恵を消して――ギンさん、エンギはもうすぐ死ぬね?」
「……」
ギンさんが小さくうなずいた。
「僕たちがここに来てよかった。エンギが死んだ瞬間、大量に抱えているシラヌイ全てが化け物になり替わり、この国を蹂躙しただろうね」
「ああ、悍ましい限りだ」
まあそれでも、カナデが必要な理由はわかっていないのだけれどね。
「ギンさん、カナデ……髪を後ろに結んだ子なんだけれど――」
「よく知っているよ。俺の姪っ子だからね」
「……え? ってちょっと待って、じゃあギンさんはカグラさんの」
「ああ、カグラは俺の姉だ。君は俺の魂が綺麗だと言ったが、多分姉上が何かしたのだと思う。俺……というより、姉上より後に産まれたシラヌイは何故かエンギの拘束が薄いんだ」
カグラさんはシラヌイだよな? 何かしたと言うけれど、何もできないのではないだろうか。
彼女の存在もよくわからない。
「カナデは、大きくなったな。幼い時に見たきりだったが姉上に似てきた。君たちが友人で、さぞ良い日々を送れていたのだろうな」
「まあね……ねえギンさん、カグラさんは」
ギンさんが首を横に振った。
きっと彼にも思うところはあるのだろう。
「ここでコークたちと会う前、姉上と話をしたよ。もう、間に合わないらしい。今君がやったようなスキルでも無駄なのだろう。魂がすでに、な」
「そう、ですか」
「だが、久々に笑顔を見れたよ。風切り……テッカ殿には感謝してもし足りない」
笑みを浮かべているようで、その顔を伏せたギンさんに僕も顔を伏せたのだが、テッカの話が出たことで、レンゲちゃんとサジくんが顔を上げた。
「なんでお兄ちゃん――テッカの話?」
「おに?」
「レンゲちゃんとサジくんはテッカの兄弟なんですよ」
ギンさんは初耳だったのか、ゆっくりとスプーン姉弟から顔を逸らした。
そりゃあ姉弟の逢瀬を相手の兄弟に話したくはないだろうな。
しかしここで月神様、レンゲちゃんとサジくん、そしてギンさんにも触れ、記憶の共有を選択してしまう。
「……あいつ、随分と楽しんでいるわね。なに、これギンのお姉さん? 美人ね」
「お姉ちゃん目が笑ってないよぅ」
「わたくしたちも見たこともない珍しい顔のテッカさんです!」
「そうね~あたしも見たことないわぁ」
ルナちゃんをキュッと抱きしめて面白くなさそうに頬を膨らませたレンゲちゃんに、ギンさんが頭を抱えていた。
「……カナデのお母さんなんだよ。でもカナデ、カグラさんのこと覚えていないだろうなぁ」
「――? どういうことだ」
「いや、初めてあった時、あの子一般常識やらなにやら、名前と約束以外全部忘れていたよ」
ギンさんが何やら考え込むように顎に指を添えながら思案顔を浮かべた。しかしすぐに悲しそうに顔を伏せると、吐息を漏らし天井を見上げた。
「……本当に、生きるのが下手な姉上だ」
「ギンさん?」
「お嬢ちゃん、どうか、どうか姉を、カナデを、見届けてあげてくれないだろうか?」
「……」
僕がじっとギンさんを見つめると、彼はコークくんたちに微笑みを向けた。
「死にたくなくなった。こんな理不尽、こちらから願い下げだ。だから、俺は見届けることは出来ない。だから、お嬢ちゃんにお願いしたい」
「……いいよ。何を見届けなくちゃならないのかはわからないけれど、カナデのことはずっと見ているつもりだし」
「ありがとう」
僕はため息を吐くとギンさんの額に一度指を放つ。
「いたっ、なにを?」
「こっから先はあなた次第だよ。僕はその呪縛を取っ払った。だからと言ってあなたがしたことがなくなるわけじゃない」
「……ああ、わかっている」
「みんなにボコボコにされちゃいな」
「マクルールの姐さんからの平手は覚悟しておいたほうが良いぜギン」
「他にもギンさんに文句言っている人はたくさんいたね」
「みんなで一緒にごめんなさいだね」
「あたしたちも謝るのね。まあいけれど」
一緒に歩みを進めてくれるコークくんたちに、ギンさんがその糸目を開眼した。
「ああ、頼りにしてるよ」
確かに、カナデとカグラさんとよく似た目の形――糸目キャラが目を開くなんて。と思わなくもないけれど、彼は今日やっと当たり前の権利を以て世界を視ることが出来るのだ。
「さっ、みんなは帰んな。リア・ファルミニを貸してあげるから」
そして僕はギンさんに目を向け、ため息をついた。
今戻って戦いに巻き込まれても困るかな。
「戻っても大人しくしててくださいね」
「……なに、例え俺から炎が消えても街にいる奴ら程度なら技でどうとでも出来る。心配はいらないさ」
「俺らも一緒だから」
僕は一度コークくんの肩に手を置き、ポンポンと叩くとそのまま彼らを背に後ろ手に手を振る。
「ヨリっ」
「ん~?」
「……本当に、大丈夫? あたしらも――」
「レンゲちゃん」
僕はそう言って空模様を黒一色――夜へと変える。
月も出て、星も瞬き、夜の帳も下りている。世界は今まさに月と星と夜の世界になった。
「……」
「ここからは、魔王の領域だ。僕、実は強いんだ」
「……知ってるわよ。心配して損した」
レンゲちゃんたちにウインクを投げ、僕はルナちゃんを連れ立って神を燃やす炎へと脚を進ませるのだった。




