聖女ちゃんと一筋の拳
「……クソ、なんだこいつ」
「信仰が通らない。それは知っていた、でも生命力まで通じないなんて聞いていなかったわね」
エンギ=シラヌイと対面したあたしとガイルはすぐに奴に殴りかかったのだけれど、生命力で出来たあたしの自己犠牲の寵愛もガイルの炎も霧散するように消え去った。
シラヌイとは加護もとい信仰を燃やす魔王だったのではないだろうか。
けれどこれは別のものが燃えている。
リョカを待つべきだったかとあたしは拳に力を込めるのだけれど、ふと先ほどのガイルの言葉を思い出す。
「ガイル、あんたさっきなんて言った?」
「さっきっていつだよ」
「あの3人と戦っている時よ。スキルが入り口とかって言ってなかった?」
「あ? ああ、その生命力だってギフトがあるから引きずりだせんだろってな」
「……」
あたしは飛び出し、余裕面のエンギに信仰を込めた拳を放つ。
しかし魔王は表情も変えず、あたしの拳をわざと受けるように首を傾けた。
「――」
しかしあたしはエンギの顔面に拳が届く直前、信仰を無理やり消し、加護すらもその拳からなくして勢いそのままに灰燼の魔王の顔面に何もない、ただの人間の拳を届かせた。
「っぐ――」
「届いた……?」
やっとわかった、こいつが燃やしているのは加護でも信仰でもない。いや、それが燃えるから加護も信仰も燃えているが正しい。
他のシラヌイがそこまで出来ていないのは、これは魔王としての力だろう。絶気――これがあたしの生命力、そしてガイルの炎を燃やしている。
「あんたが燃やしているのはギフトね、だからギフトから放たれるスキルも、ギフトが入り口になっている勇者の信仰も聖女の信仰も生命力も燃やしている」
「……おい、それじゃあ俺たちはこいつに対して何もできねえことになんぞ」
「拳がある!」
「……ったくおめえはよ」
聖剣を消したガイルが拳を構え、額から脂汗を流しながらあたしと並んだ。
そんなあたしたちにエンギが喉を鳴らし、心底愉快そうに笑ったのが見えた。
こちらはそれどころではないというのに、随分と余裕面を浮かべてくれる。
「ここ数日、本当に愉快なことばかり起きる。ジンギ――奴は魔王人生の中で、久々に俺の顔に傷をつけた男だ。そしてお前たち、俺の力を見破りさらに魔王相手にギフトもスキルも消し、拳で挑むと抜かす。これほど愉快なことはそうない」
「これからもっと楽しいことになるわよ。覚悟しなさい」
「この状態で良く嗤えるなお前」
「あんたもね」
あたしとガイルは揃って口角を吊り上げ、嗤い顔を以てエンギ――灰燼の魔王に挑む。
「ガイル、拳を強化していなければ攻撃は届くわ。それと直撃個所に女神の関わる力が加えられてなければ威力が消されることもない。つまり攻撃の際、信仰でも生命力でも何でも爆発させて勢いさえつければ良いダメージになるはずよ」
「うんな自傷行為付きの攻撃、リョカとテッカに怒られんぞ――まあそれしかねえか」
あたしとガイルは同時に飛び出し、エンギの顔の両側で拳を構える。
「面白い。が――俺がギフトを燃やすだけの魔王だとでも思ったか!」
エンギに拳が届く直前、奴から真っ黒な炎が溢れあたしたちの体を燃やす。
ガイルがすぐにエンギとの距離をとったけれど、あたしは――。
「――っるっさい!」
「なに――」
腕で炎を振り払い、炎が熱く体が燃えるけれど構わずに拳をその顔面目掛けて打ち放つ。
「聖女舐めんな!」
エンギがふらついたところであたしはさらなる追撃に腕を伸ばすのだけれど、口から血を吐き出した魔王が背で担いでいる先端が円形になっている大きな剣を引き抜き、あたし目掛けて振り下ろしてきた。
「――っ」
あたしはその剣の両側の面に拳を打ちつけて勢いを殺させると、そのまま剣の動きを止める。
それを狙ったようにガイルが飛び出してきてエンギに殴りかかった。
「うちの聖女様に何してくれんだてめえ!」
「っく」
ガイルに殴られたことでエンギの動きが一瞬鈍ったことで、あたしは剣を横にずらして床に落とし、刃に脚を乗っけて再度動きを止めさせて勢いのまま飛び上がる。
あたしはそのまま脚を振るい、エンギの顔面に目掛けて蹴りを放つとその反対側からガイルが拳を放った。
あたしの蹴りとガイルの拳がエンギの顔面にヒットし、奴は剣を支えに引きずられるように後退した。
動きを止めたエンギはその場で膝をつき、忌々し気にあたしたちに目をやった。
「……これが金色炎、これがケダモノか」
エンギに傷は与えられた。けれどあたしたちの被害の方が大きい。
あたしは脚から血を流して床に滴っているし、ガイルの腕も所々焼けていた。
これだけやってこの程度だ、本当に厄介な敵だ。
あたしがそれでも構わずに拳を構えると、どこからか嗅ぎなれた匂いがしてその発生源に勢いよく首を回す。
「エンギッ!」
「カナデ――」
「来たか」
ニヤと口元を歪めるエンギをあたしは見逃さなかった。
この男、一体何を考えているのか、リョカもいないこの状況、あたしは警戒を維持したまま、カナデを見つめるのだった。




