邪見の精霊使いちゃん、運命と共に脚を踏み出す
「カナデ、そっちは――」
「……」
ヴィ子があたしの正面に立ち、両腕を広げて静止の声を上げて見つめてくる。
この女神さまは本当に優しい女神だ。きっとあたしのことを案じてくれている。
でも――。
「ありがとヴィ子、でも、あたし進まなくちゃ」
「……その先に、幸福がないとしても?」
「それは――どうだろう、ヴィ子が言うんだからきっと苦しくて、悲しくて、あたしはずっとその運命からは逃げられないんだろうなぁ。でもね、あたしは、笑っていたいの」
「その笑顔を曇らせるかもしれない」
「でも、あたしにはあたしを笑わせてくれる人がそばにいるから。もしずっと悲しんでいたらその人たちがいろんな手段を用いて笑わせてくれるはずだよ」
そう、そうだ。こんなところまであたしを捜しに来てくれた人がいつもそばにいてくれる。
みんなが忘れてしまったのにずっとあたしのそばにいてくれた獣がいる。
これ以上何を望めというのか。
以前リョカが言ってくれた。喜怒哀楽のない笑顔は自傷行為――本当にそうだ、ただ笑うだけのあたしは苦しくて、辛くて……でも、みんなと喜びあって、怒って、悲しんで、楽しんで――あたしはいつも笑顔でいられた。約束を守れている。
笑っていて――きっと、この約束をしてくれた人は優しい人に違いない。
だから会いに来た。だから進むと決めた。
「ヴィ子」
「……悲しみの果てに、君は誤るかもしれない」
「そうなったのなら、みんなに止めてもらうよ」
「君が君の大好きを傷つけて、深みにはまり堕ちていくかもしれない」
あたしはヴィ子に手を伸ばし、その頬を軽くつかむ。
「その時は、ヴィ子、あたしを守ってね。ジンギと約束してたでしょ?」
「……」
ヴィ子が肩を竦ませてため息を吐き、伸ばしていた腕を下げた。きっとわかってくれた。そうして彼女に笑みを向けると、ヴィ子はあたしに近づき、額と額を合わせてきた。
「ヴィ子?」
「おまじない。加護じゃないけれど、昔メル姉さんがやってくれた前に進めるっていう願掛け――あたしが進む道に迷ったときいつもやってくれて、すぐに脚が動いたから効果は立証済みだよ」
「……ヴィ子は愛されていますわねぇ」
ほんのりと温かいヴィ子の額の熱があたしの額を通して、じんわりと体に、魂に浸透する。
勇気の出るおまじない――ううん、優しくほぐれて、体を強張らせていた不安を溶かすように……高温の熱ではない、でもこの熱はあたしの何もかもを解かすのだ。
「ありがとうヴィ子」
額をくっつけるヴィ子の体に腕を回し、彼女のすべてを感じるように抱きしめる。
ヴィ子が一緒で本当に良かった。彼女を託してくれたジンギには感謝してもし足りない。
運命の女神さまがあたしの背後に回り背中に引っ付いてきた。
彼女の重みは一切感じないけれど、それでもなにか命ある力が重さとなったかのように錯覚し、肩にかかる手にあたしの手を重ね、一歩を踏み出した。
「ミーシャとガイルは本当に派手だね」
「うん――あの2人がこれだけの力を放つ相手」
「誰がいるかなんてわかりきってるでしょ。あの2人はそれを目指して進んでいたはずだもん」
「……カナデ、あいつは強いよ」
「ええ、でも負けたくない。だからヴィ子――」
「力はほとんど残っていないけれど、精霊の残滓を残しておいてよかった。使いなよ、あたし、運命神ヴィヴィラが君の運命を見届けてあげるよ」
「よろしくっ」
あたしはその一歩を、戦場へ、倒すべきその強大な悪意へと踏み込んだ。




