夜を被る魔王ちゃんと何でもない現状のこと
「わっ――」
「どったのルナちゃん?」
ルナちゃんを横に抱き上げて通路を進んでいると、その月神様がパッと咲いたような笑みを浮かべ、両手を頬に当てて喜んでいた。
中々に珍しい表情だなと僕が彼女を見つめると、照れたように口をモゴモゴしだし話し始めた。
「えへ、えっと、そのですね、ジンギさんがその、ですね、とっても優しくてですね、えへへ――その、わたくしのギフトの権利をですね、その」
「ジンギくん?」
僕の問いにルナちゃんが頷き、そして手を取ってきた。
流れてきた映像ではジンギくんがプリマを回収したところで、僕はそれに安堵すると同時に、またわけのわからないスキルの使い方をしている彼に驚く。
「ついにビーム出しおった」
「それはリョカさんも――いえそっちではなく」
三国の超絶軍師の扇やその選定の剣やらはビーム製造機じゃねえんだぞ。彼はいったい、何を以てしてその名前を付けてしまったのか、後で詳しく聞く必要がありそうだ。
と言うのはそこまでで、ルナちゃんが喜んでいる理由はわかる。
歩む踵に祝福を――懐かしいフレーズだ。はじめてその言葉を聞いた時、僕……私はとても優しい気持ちになれたのをよく覚えている。
その一歩を大事にするジンギくんにはとてもよく似合う言葉だろう。
「ジンギくんにギフトをあげられるようになったんだ」
「はいっ、ヴィヴィラはギフトを渡す気もなさそうですし、いっそのことわたくしの信者に――いたたたたっ、今まで黙っていたのにいきなり攻撃してこないでくださいヴィヴィラ!」
「今日はよくペチペチされるねぇ」
「メルもヴィヴィラも、そんなに大事ならさっさと行動に移せば――いたいいたいですって!」
せっかく気分がよかったのに、メル様やヴィヴィラ様にペチペチされてルナちゃんが膨れてしまった。
本当に可愛らしい女神さまだな。
僕が彼女をゆすりながら、ふと他の状況にも思いを馳せていると、それを感じ取ったのか月神様が一度顔を伏せ、テッカたちの記録を見せてくれた。
「……カグラさんは、間に合わないのでしょうか?」
「魂がね、多分もう……今僕が追いかけても焼け石に水かな」
「そう、ですか。テッカさんは、よく耐えたと思います」
「僕は別に、テッカがカグラさんを連れてここから離れても何も責めるつもりはないんだけれど――まあ、無理だろうな。2人ともやるべきことを明確にしているから説得のしようがない。それに」
僕は思案する。
カグラさんはカナデを救うと話していた。いったい何からだ?
エンギのスキルだろうか、いや多分魂を攻撃している何かがあるはず。ということはさっきの2人の魂が随分と綺麗だったのはカグラさんが守っていたからなのだろうか。
「エンギ=シラヌイ、本当に油断ならないですね」
「だね。でもカグラさん、スキル使えないんだよね? どうするんだろ――まあ、考えても仕方ないか」
僕は正面を向くと少し速度を上げる。
いい加減追いつかなくちゃ。ジンギくんと別れて、あの子たち今誰の支援も受けていないみたいだし、何とか無事でいて貰わなくちゃ目覚めが悪い。
「コークさんたちはギンさんと接触したようです」
「しちゃったかぁ。あの子ら、自分の実力をもうちょっと自覚してほしいんだけれど……いや、ジンギくんに言われたばかりだったっけ」
「そのジンギさんが色々と発破をかけていましたので」
「まったく、本当に出来る男だよ。僕にももう少し優しくしてくれないかなぁ」
そんな悪態をつきながらも、僕の脚はさらにさらに速度を上げる。
すると腕の中のルナちゃんがクスりと声を漏らした。
「リョカさんも優しいですよ」
「こういう場だと僕はきっと甘いって言われるんだろうね。さっきだって止め刺せなかったし」
「殺さない魔王がいてもいいのではないでしょうか。わたくしは鼻高々ですよ。それにリョカさんは、アイドル、なんですもんね」
ルナちゃんを思いきり抱き締め、やる気を注入――僕は改めて前を向き、コークくんたちの下へ急ぐのだった。




