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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
47章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、灰燼の地に刃を突き立てる。

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箱庭の不知火さん、その運命を歩む

 私の意思が始まった(・・・・・・・)のは多分7歳くらいのあの時(・・・)だろう。

 いつものようにシラヌイとしてあちこちを駆け回り、言われるがままに人を殺して回っていた。

 でもそんなある日、私はある依頼で失敗をした。簡単なはずの依頼、元々相手の素性など必要なく、ただ殺すか殺さないか。それだけが私たちシラヌイの判断基準だった。

 病気の、床に臥せている女性を殺す。ただそれだけ――でも駄目だった。



 その時ちょうど彼女の見舞いに来ていた白銀の髪を携えた氷のような女性。私は彼女に成す術もなくやられてしまった。



 私たちシラヌイにとって依頼の失敗とは死と同義、私は死んだも同然だった。

 けれどその対象の病気の女性と氷の女性は私に死ぬことを許してはくれず、暫く彼女たちのお世話になることが勝手に決められた。



 その後のことはよく覚えている。

 様々な発見、様々な教え――シラヌイでいた私には何もかもが新鮮だった。



 でもとりわけ私を驚かせたのは氷の彼女の――いいえ、これは秘密だったか。

 でもおかげで、私は私より後にシラヌイになった子たちを救えた(・・・)

 私の弟、私より後に生まれたいとこたち。

 エンギに憧れた冒険者たちを救うことは憚られていたから手を出さなかったけれど、私はそれで満足していた。



 彼女たちに出会い、私はどれだけシラヌイが、エンギが歪んでいるのか理解した。

 正義感など持ち合わせていない。でも、でも思ってしまった。

 いつか、いつの日か、もしこの人たちにシラヌイが、エンギが牙を向いてしまった時……そんなことを考えてしまった。

 私はシラヌイだ、この家を止める義務がある。



 その日から、彼女たちに別れを告げた日から、私はシラヌイに抗い始めた。



 その後からは、あまりいい思い出がない。

 無理やり跡継ぎを作らされて、生まれた子にもろくに会わせてもらえず、挙句の果てにはその子がエンギの目に留まり、最高傑作だなんて言われる始末。

 私はどうにかこの子だけでもこの家から引きはがし、幸せに生きてもらいたいと行動に移した。



 そこから先は、ただただあの子の幸せを祈っていた。



 そんなあの子が、あの子の恩師とそして友だちを連れて戻ってきた。

 いや、戻ってきた理由は黄衣の魔王に傾倒しているあの性悪のせいだったけれど、それでもあの子の縁があれだけの人たちをこのベルギルマへと呼び寄せた。



 そして今、あの子――カナデがここにいるということを知った。

 エンギが自らここへ運んだらしい。何を目的としているのかは正直わからないけれど、ろくでもないことは確かだ。



 私は足を止め、辺りを見渡す。

 一体どこにいるのか。牢に繋がれているのかとそこに行っても誰もおらず、ほぼ私しか使ったことのないお仕置き部屋か。そこにもおらず――いつの間にか屋敷は炎に覆われており、戦いが始まっていることは知っていたけれど、この気配は多分、金色炎。

 あの方と共に剣を振るう勇者。

 あんな綺麗な炎、正直羨ましくてたまらない。



 私は首を横に振る。

 だからこそ、あの方は彼と一緒にいるのだろう。



 私は不意に脚を止める。

 ああ駄目だ、今彼のことを考えてしまうとどうしても鈍ってしまう。

 私は私のやるべきことを――。



 今、今カナデを救えるのは私しかいない。

 きっともう、植え付けられて(・・・・・・・)いる。それをどうにか出来るのは私しかいない。

 ()()()()()()()()()()()を、全部は不可能でもきっかけは作れる。魂が侵されるのを遅らせることは出来る。



 私には時間がない。だから今回こそは――。

 しかし香ってくるその恋慕(におい)に、私は奥歯を噛みしめる。



「カグラ!」



「……」



 ああ、どうして、どうしてこんな時にあなたが現れてしまうのか。

 背後から呼ばれるその声に、涙を流さないように、上手く笑顔を浮かべられるように振り返る。



「――っ」



「……こんにちは、キサラギの方」



 どんな顔をしているのかなんて私にはわからない。けれど、きっと上手くやっている。きっと――。



「戦場で、そんな優しい顔をするな」



「優しい。ですか?」



「こんな場所で、泣くのを我慢している奴なんてそんなものだろう」



「……」



 どうしてこんな時ばかり。

 どうしてこの人は――。



「カグラ、エンギは俺たちが何とかする、だからお前は――」



 手を差し伸べてくれるテッカ様。その手を握り返したい、このまま何もかも忘れてこの人と生きていたい。でも――。

 でも私は首を横に振った。



「……」



「もう、わかっているかもしれませんが、私には時間が残されていないのです」



「――っ、それもっ、それも俺たちが何とかするから!」



 どれだけ魅力的な提案でも、私は頷くわけにはいかない。



「今こうやって喋って、歩いて、走るだけでも、体が悲鳴を上げているのです。一たび体から力を抜いてしまえば私は完全にシラヌイに侵される」



 私はテッカ様が連れている獣耳の少女――神獣様に目を向ける。



「こうして、あなた方が私たちを認識するというのは、最早奇跡というものなのでしょうね」



「ええそうね。もっと早く、お前たちに寄り添えていたらって、後悔しているわ」



「光栄なことです。神獣様は、カナデのことも?」



「お昼寝の抱き枕になってやってるわよ」



 本当に、あの子は幸せな時を生きているのだろう。

 ああもう、思い残すことなんてありはしない。



 私は改めてテッカ様に目をやる。



「私の短い時間は、あの子のために使うと決めました」



「……」



 テッカ様が体を震わせている。

 こんな私に、自惚れでなければテッカ様は私を――。



 なんていい人生だったのだろうか。こんなにも想われて、こんなにも満たされて、そして私は私の子のためにこの命を使うことが出来る。



 そうして私がテッカ様に笑みを向けていたけれど、彼がハッと顔を上げたと同時に、私も視線をよそへと向ける。



「おいおいカグラ、あんたいつから敵とそんな仲良しこよしお喋りするようになったのさ」



「カサネ」



「しかも相手はあのテッカ=キサラギ、我らシラヌイのお邪魔虫」



「随分な言いようですね。彼らが虫であるのなら私たちなどそれにも劣る害虫でしょう」



「おいおい、あんたまだそんなこと言ってんのかい? いい加減諦めてもっと楽しみなよ」



「そんなこと言っているから、自分の子――ギザンとカレンにも嫌われるのです」



「そういえば、あいつらは随分とあんたに懐いていたね」



 まるで自分の子を子とも思っていないような突き放した態度と言葉。

 しかしカサネ――女性にしては大きく、筋骨隆々な彼女は不意に鼻を鳴らして笑った。



「……なんですか?」



「いや、あいつら戦いの場に出る気がなかったようだからね、敵はあんたを狙っている。って教えたやったら喜んで戦いに出向いてくれたよ」



「自分の子を――っ」



「はっ、このシラヌイに親子の情なんてあるわけないだろう。あんた一体、どれだけこの家にいたんだい?」



 私が歯を噛みしめてカサネを睨みつけると、彼女もまた戦闘体勢に移行した。



「あんたが何しようとしているのかは知らないけれどね、そこまで反抗的な目で見られたらあたしも滾っちゃうでしょうが」



「――戦闘空間の展開。標的、カサネ=シラヌイ。残生命力95%……任務の遂行に支障なし。カグラ=シラヌイ、参ります」



 けれど私が動き出そうとすると、彼が、テッカ=キサラギ様が私の正面で片腕を伸ばした。



「行けカグラ、この女は俺が面倒を見よう」



「……」



 私は驚き、彼をまじまじと見てしまう。



「時間がないのだろう? ならばお前が、お前が……お前のやるべきことを果たして来い」



「テッカ様――」



「俺は諦めないぞ」



「……」



 カサネの後から続々と人の気配がこちらに向かってくる。

 私はテッカ様に頭を下げ、彼らに背を向ける。けれどすぐに振り返り、彼の背中に駆け寄って一度だけ引っ付くとそのまま話し出す。



「テッカ様、私の大好きな人――あなたのおかげで、私はこの数日間、ずっと幸せでした」



「……」



「普通の幸せなど、私には過ぎたものだと諦めていました。でも、でも違った。私も、私だって、普通の幸せを手に入れることが出来るのだと――あなたと出会えて、わたしは、本当に……」



「ああ、俺も、お前と過ごしたこの数日、かけがえのない日々だった。俺も、幸せだったよ」



 私は震える彼の背から体を離し、再度その背に頭を下げる。



「テッカ様、私の幸せの人――さようなら」

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