夜を被る魔王ちゃんとギフトとシラヌイの秘密
「ん~? というかあいつら暴れすぎ」
「ですね、この屋敷も半壊したみたいですね」
「僕たちがいるってことも念頭に置いておいてほしいよ」
「こっちに撃たなかったのは最早野生の勘ですね。ですけれど――」
僕は持っていた聖女布で気を失っているギザンとカレンの治療の手を止め、幼馴染と頼りがいの出てきたおっさんのいる方角に目をやった。
「なんだ今の? ミーシャの信仰をガイルが吸収して『分け与える信仰』を使ったんだと思うんだけれど、信仰じゃなくて炎が消えた?」
「はい、これは最早わたくしたちの加護が消えているとかのレベルではないです」
「やっぱ厄介だよなぁ」
「ミーシャさんたちの手助けに?」
「うんにゃ、まだそっちはあっちに任せるよ。僕は僕が今できることをしなくちゃ」
シラヌイの2人の治療を再開し、彼らに夜を流し込むのだけれど、そこでふと首を傾げる。
「随分と魂が綺麗だな」
「そうなんですか?」
「うん、この前怪物になった2人とは違って、ちゃんと魂が保たれてる。なんでだろ? 見た感じ20代前半、いや、18くらいかな――ギンさんが多分26、7くらいだろ、若い世代だからまだ魂を侵しきれてないのかな」
もっと奥まで調べてみようと、魂も夜で覆ってみるのだけれど、やはり複雑で解析には時間がかかる。
でもやらなければシラヌイの力の秘訣がまるっきりわからない。
さっきは体を鍛えて。なんて話をしたけれど、そんなことはあり得ない。私の世界で魔法などの異能力が使えないように、この世界でも体を鍛えただけで衝撃波など出るはずもない。
でもミーシャのように戦闘圧や生命力をどうにか出来るのはギフトと言う異能の出入り口が用意されているからだ。
そう、ギフトは入り口で、スキルはその出口だ。
僕やミーシャのようにそこに異物を混入させて無理やり出入り口から絞り出す。それによって僕たちはスキルの曲解した使用を可能にしている。
ならば理論上、ギフトを1つでも持っていればスキルを全て再現可能なのではないだろうか。
「ねえツキコ……ルナちゃん、僕たちはギフトによってスキルを扱う。例えばさ、聖女が女神さまからではなく、勇者みたいな信仰を得た時『信仰こそが我がきせき』で『聖剣顕現』みたいなことは可能?」
「――? ? み?」
僕の言葉に理解が追い付いていないのか、その月は小首を傾げながら頭にクエッションマークを浮かべて、頻りに呆けた声を上げていた。
僕はたまらず抱きしめた。
「ご、ごめんね、難しかったね」
「あ、あぅ……えっと、どうしてそんなことを?」
「ああいや、このシラヌイの力について考えていてね。この人たちはギフトを持っていない。なのにどうして衝撃とか体を強化できてるのかなって思ったら、そもそもの話、僕もスキルについてそこまで深く考えてなかったなって」
「え~っと、そうですね、今のリョカさんの質問の問いとしては、答えはノーです。リリードロップは女神の信仰を奇跡に変えるスキルです、ですのでもし仮に勇者と同じ信仰があったとしてもそれは不可能かと」
「例えばよ、例えば剣の女神様。と言う人がいたとします。その女神さまの加護は当然剣です。リリードロップの性質上、聖女として力を与えてくださる女神さまの加護によってその奇跡の形も変わる。加護の形を変えられればそれは可能なのでは?」
「ん~~~~~」
ついに唸ってしまった。
僕は涙目になってしまったルナちゃんを抱えて頭を撫でる。
「つまりほとんどのスキルは加護とあらゆる信仰の組み合わせによって形作られている。で、間違いないですよね?」
「ええ、まあ、ざっくり言うと」
「となるとやっぱり変だな」
「どこがですか?」
「シラヌイにギフトはないんだから、その信仰も、加護だってない。当然エネルギーを外に出す手段だってないはずだ。加護が、ギフトがないのならただの人間だ。そりゃあ鍛えれば力は強くなる。でも限界はある、人の体はそんな都合よくできてない」
シラヌイをシラヌイたらしめている所以がその辺りにありそうな気がするのだけれど、どうにも思い浮かばない。
「何かしらのエネルギー源を持っているはずなんだけれどねぇ」
「エンギがあんな感じですし、体の中で炎を焚いているのではないですか?」
「そんな蒸気機関車じゃあるまいし――」
僕はぴたりと手を止めた。
燃やしてる? 体の中で? 何を――。
「リョカさん?」
僕は急いでギザンの体、魂――いや、その燃えかかっているギフトに夜を忍ばせる。
「違う、前提が間違ってた。シラヌイはギフトを持っていない。そうじゃない――ギフトの種を持っている。現にカナデがそうだ」
僕はルナちゃんの肩を掴み、まっすぐと見つめる。
本来ならこの手のことを人の身で知るのはよろしくはないだろうけれど、必要なことだからこの際女神様本人に尋ねる。
「ルナちゃん、僕たちがギフトを得られるのは石碑からコピペするって話をしたよね?」
「え、ええ、でもその手の話をあまりするとテルネに怒られますよ」
「うんわかってる。でもごめん、大事なことなの――僕たち人にはあらかじめ白紙のギフトを持たせてるね?」
「――」
じっと見つめる僕の目から月神様が瞳を逸らした。これは肯定だろう。
もちろん人が知っていい情報じゃない。これが知られれば僕のような力を持った魔王ならいくらでも悪用が出来る。現に僕はすでにそれを悪用してヨリフォースと言う存在になっているんだ。
ルナちゃんがため息をついて肩を竦めるのだが、突然耳に届く気配に僕は意識を傾ける。
『ルナ、迂闊です。せめてこの手の話をするのなら声を遮ってください』
「あぅ」
『ごめんねリョカちゃん、大事な話だからあたしたちも混ざるね』
『テルネがすぐに遮ってくれたからよかったけれど、リョカちゃんを危険人物にされちゃうかもしれなかったんだからね、反省しなよルナ。というか、信徒にここまで気取らせるのも迂闊と言えば迂闊なんだよねぇ』
「わたくしの信徒は優秀なんですぅ」
『はいはい』
テルネちゃん、ラムダ様、それにクオンさんの声が聞こえ、僕は改まって息を吐く。
「先に謝っておきます、ごめんなさい。このヨリフォースもそのバグで作り上げました」
『でしょうね、アリシアとヴィヴィラのギフト――私たちはそのギフト、見覚えがないですからね』
『まあリョカちゃんのやることだからね、ある程度は飲み込むつもりだよ』
「ありがとうございます。それで、シラヌイについて少しわかったことがあります」
僕は薬巻きに火をともすと、ギザンに手を向け夜を操って彼の中のギフトをマーキングする。
「これ、視えますか? ルナちゃんはちょっと手を」
「はい」
ルナちゃんと手を繋ぎ、そこから女神さまたちにも情報がいくようにしてもらう。
『これは――』
『あ~……これかぁ』
『あのエンギっていうの、中々の発想だね。確かにこれは莫大な燃料だ』
「エンギの臣下宣言はギフトを燃やす炎。シラヌイの卓越した戦闘技術もギフトを燃やしたエネルギーを使用した結果――とことん女神さまを嫌う所業だね」
「ええ、人のためを想ってわたくしたち女神が力を合わせたプロジェクトを踏みにじられた気分です。少し、腹が立ちます」
「で、だ。このことからわかることがもう1つ――女神さま方、ギフトとは、加護と人を繋ぐ通り道。世界中にある加護がギフトに干渉してそれがスキルとなる。で、間違いないですね」
ルナちゃんが頷き、テルネちゃんもラムダ様も、クオンさんも認めた。
つまり。だ――。
僕はルナちゃんのほっぺを軽く摘まむ。
「ふへぇ?」
「なんで弱点こんな大量にさらけ出してるんですかぁ!」
「みっ!」
多分エンギは知らなかったはずだ。
最初はギフトだけを燃やすことだけを考えていたはず、だがそれがいつの間にか女神さまの信仰を、加護を燃やすという力に至っている。
当然だ、ギフトを燃やすということはそれに干渉している加護も当然燃えるわけで、加護が燃えるということは女神さまも燃えるというわけで……奴の絶慈からその後の絶気まで、およそ女神様特攻の乗った力となっているはずだ。
『あ~ね、うん……もっともだ』
『最初のころはまさかこんな風に悪用する人が出るなんて考えもしなかったもんねぇ』
『まさか人に与えたギフトから、私たちの弱点に至れるなんて人の成長は恐ろしいですね』
僕は口をつぐんだ。
女神さま方が抜けているだけだぞ。とは口が裂けても言えなかったからだ。
そうやって口を閉ざしながらルナちゃんの頬をこねていると、彼女は僕の指を押し返すようにぷくぷくと膨らみ始めた。
「だってぇ」
「だってじゃありません。こんなわかりやすい弱点、いつまでも放置してちゃだめですよ」
『シラヌイと言う実例がある以上、このまま放置はできないでしょうね』
『だねぇ。ちょっとギフトの在り方を見直そうか』
『うん、僕もそれには賛成。さすがにこの集団みたいのがこれからも作られたんじゃたまったものじゃないからね』
『ではルナ、近い内に女神会議で議題に挙げましょう』
「はい、よろしくお願いします」
と、女神様同士でそんなことが決定したわけだが――心配だ。
僕はそっと手を上げる。
「あの、もしギフトのあれこれを変えるのなら、ぜひ僕を呼んでくださいね。あの、本当に」
『……うん、任せたほうが良いかもしれないね』
『前代未聞ではあるけどね、それが確実かなぁ』
『ですね、その時はぜひ』
「リョカさんこのまま世界運営のわたくしの補佐になってくれませんか?」
一介の魔王の分際で、ここまで信用されていることに喜ぶべきか、最近は神獣様並みに甘え癖が付いてきた女神さまたちに喝を入れるべきか悩ましいけれど、この話はとりあえずここまで。
僕は改めてギザンとカレンに目をやる。
力がどのように動いているのかがわかった以上、やるべきことは1つだ。
間に合わないかもしれないけれど、少なくともどうにか出来るかもしれない。
『それじゃあルナ、リョカちゃん、気を付けてね。もうジンギくんの時みたいなことはごめんだよ』
『うちのバカ息子も久々にキレてたよ。もしここのみんなになにかあったら、間違いなく色々な勢力がここに戦争吹っ掛けるはずだからね。だから絶対無事で帰ってきてね』
『ああそうでした、ヴィヴィラはちゃんと捕まえておくように。ジンギの件では確かに安心しましたが、あの子は妙な動きが多すぎです。捕えることはしませんが、説教は必要です』
そう女神さまたちの激励を受け、僕たちは改めてコークくんたちを追いかけるのだった。




