勇者のおっさんと対面、破壊の幻炎
このベルギルマに来てから俺は視ることに徹していた。
相棒が変わろうとしていたのがわかったし、ここは俺の国ではない。だから手を貸すつもりでここまで来た。
もちろん俺の生徒でもあるカナデは大事だ。教員と生徒と言う関係故に生活の一部となっている生徒を見捨てることなんて俺にもできない。
しかしこの国にはびこっている脅威は最早見て見ぬ振りが出来ないほどに大きく、勇者として、先生として、数少ない親友のために、俺はこの力を発揮したい。
正直、ジンギが一度死んでいたのを見た時、やってしまったと思った。一緒にここまで来て俺は寝ていたのかと憤慨した。
だがそんなジンギもおよそ女神の力によって生き永らえ、そんなことが起きたにもかかわらずあいつは拳を握った。
俺の生徒の中で、あいつは最も成長をした男だ。
「っふ――」
笑みがこぼれる。
以前の俺なら強くなった相手を喜び、俺が戦うための理由にしていたものだが、純粋に前を進む生徒たちを見るのが楽しい、喜ばしい。
だからこそ――眠てえ姿なんてさらせない。
俺は勇者だ、先生だ。
先頭切って後続に日の光を拝ませるのが俺だ。
「随分うれしそうに笑ってるじゃない」
「ん~? まあな。さて――」
俺とミーシャは妙な構えをとる3人のシラヌイに意識をやる。
その途端、太鼓のようなものを持っていた男2人がその手の太鼓を投げると同時に駆け出してきた。
どんな技が飛び出してくるのかわからない以上慎重に動くべきだが、うんなすっとろいことをやっているわけにもいかない。
俺も駆けだそうと脚を踏み込むのだが、じんわりと覚える嫌な予感に顔を上げる。
「そうはいかんぞ金色炎――」
「命知らずはかかってきやがれ!」
どこに隠し持っていたのかさらに複数の太鼓らしき楽器を投げた男2人が俺の頭上の太鼓まで瞬時に移動し、持っている棒でそれを叩く。
瞬間、俺は炎を手から噴出しその場から緊急離脱――。
「「『表不知火――呑怒九頼』」」
男2人が叫び、宙にある太鼓を一斉に叩き始めた。
音は衝撃へと変わり、衝撃は幾重の雨のように上空から降り注いでくる。
俺とミーシャはあちこちに動き回ることでそれを回避し、ちょくちょく変わる攻撃のテンポに苦戦しながら反撃を機会をうかがう。
しかしミーシャと俺が重なった時、俺と彼女はもう1人いた女へと振り返る。
女は口から伸ばした光沢を放つ弦に指をかけ、俺たちの前でそれを鳴らした。
「『表不知火――八弥弁弁』」
音が耳に届く。
だがその音が俺の耳をちょいと切り裂き、咄嗟にミーシャを背に隠し、俺はその盾を張る。
「『威光を示す頑強な盾・祝福された金剛の書』」
信仰の盾はその攻撃を素通りする。けれど俺の盾は手甲から信仰を発して膜を作るために、そこは通り抜けても手甲自体は物体であるから通り抜けることは出来ない。
とはいえ――。
「いってぇなクソ」
音の刃は手甲を通り過ぎていくつかは俺の体を切り裂いた。
俺は背中のミーシャに目を向ける。
「無事か?」
「ええ、助かったわ」
「ったくこいつら、これがスキルじゃねえっていったいどんな鍛え方してんだ?」
「いや普通にあり得ないでしょ。多分あたしと同じで生命力を使っているんじゃないかしら」
「それこそあり得ないだろ。お前の生命力だってそもそもはスキルが入り口だろうし、そもそもお前さっきこいつらは生命力が少ないって言ってたじゃねえか」
「じゃあ殺気とか? あたしがやってるみたいなやつ。コークとレンゲにも使えたわ」
「……正直それもギフトのない奴は使えねえと思ってるよ」
そもそもこの世はギフトありきで回っている。だからこそシラヌイと言う存在が異質なんだ。
だがこうやって初めて真正面から対峙して、そのおかしさが顕著に見て取れる。
こういうことはリョカ向きなんだが、俺でも違和感を覚えるほどこいつらの在り方はおかしい。
「リョカがいつぞや話してただろ、どんな事象にも力の源は必ずあるって――こいつらのそれはなんだ?」
「それは……」
わからない。ミーシャの言う生命力なのか? それとも戦闘圧なのか、じゃあそれをどうやって放出している。
俺たちにはギフトがある、スキルを使えるから力の源があればそこから外に出すことが出来る。
ならばこいつらは? ギフトを持っておらず、力の源も不明確だ。
「駄目だな、俺たちがいくら頭捻っても思いつきはしねえ」
「そういうのはリョカに任せましょう。とりあえずは――」
「こいつらをどう倒してやるか。だな」
太鼓持ちの2人がまたしても太鼓を宙に投げ、俺たちに向かって駆けだしてきた。女の方は相変わらず俺たちの出方を窺っており、積極的に前に出てくるつもりはないようだ。
「……そういえばあんた聖騎士だったわね」
「あ? まああんまり使ってねえから忘れられがちだがな」
「あんたその盾にリョカのあれ使える?」
「は? あれって――」
ミーシャが拳に信仰を込めた。
シラヌイには効かないはずだが……いやそうじゃない。
俺はすぐに盾に魔王からの福音を押し付ける。
「『魔をも穿つ宿敵の福音・魔に委ね尚猛る陽』」
「この場は譲ってあげるわ、あたしの信仰、持っていきなさい――『118連・獣王』」
俺の方に体を向けた聖女・ミーシャ=グリムガントがその拳に獣を模した信仰をぶつけてきた。
普通こういうのは多少の手加減をして渡すのが常識だろうに、手加減も一切ねえ信仰の暴力に、肌がビリつく。
聖女の信仰は光となって、次々と俺の聖盾へと取り込まれていく。取り切れない信仰が俺の腕をがくがくと揺らすほどの衝撃で、少し間を開けて魔王の福音が信仰の弾丸を次々と放出していく。
「俺の腕がぶっ壊れるっつうに」
「勇者がぶっ壊れるわけないでしょ」
「腕っつってんだろうが! 『分け与える信仰』」
ミーシャから流れ込んできた信仰が、俺の勇者の、世界を晴らす炎へと、金色炎へと姿を変える。
俺たちの行動に危機感を覚えたのか、シラヌイの3人が頷きあったのが見えた。
男2人が太鼓を叩き続けるとそれは衝撃の渦となり、竜巻となった。その竜巻に女が音の刃を鳴らし、風そのものを刃に変えたように、その風の渦から次々と刃が飛び出してきた。
「「「『表不知火――十束弁呑』」」」
迫る刃の竜巻。
俺の腕からは未だ信仰を弾丸へと変えるための動作中で、本当に手加減をしてほしかった。
しかしその竜巻が正面へと迫る間際、俺の聖剣が強く輝く。
勇者と聖女の当たり前の役割に、まさかこれほど感動するとは思わなかった。
隣にいるのは何といってもあのケダモノの聖女だ。
俺は鼻を鳴らすと信仰が変化した炎を内に、竜巻を、敵を、シラヌイを見据える。
「二十五重解放――『天覇陽壊』」
魔王の福音がために溜めた信仰の出口を引き寄せるように、暴れ回るケダモノの信仰を一気に解放した。
正面に打ち出した俺の拳は音を置き去りにし、一度の射出と共に衝撃で竜巻を消し飛ばし、遅れて炎がその衝撃に引火するように世界へと奔る。
「――」
「――」
「――」
「消し飛べ」
金色の爆炎は正面のシラヌイたちを炭へと変え、奴らの拠点である屋敷の大半を炎で燃やし、そのすぐ後に爆音を響かせて進んでいった。
ほとんどの敵をやっつけるのではないかと俺が腕を引き戻したのだが、そんな心配はいらなかった。
「……」
「……」
俺とミーシャの正面、どこまでも伸びるはずだった炎が突如として掻き消えた。
そしてその終着点に立つ大男――。
俺と聖女は全身に戦闘圧をありったけ纏わせ、その男と対峙する。
「エンギ=シラヌイ」
「これはこれは金色炎、それにケダモノか――お初にお目にかかる、お前たちの到着を待ちわびていた。退屈程度はしのがせてくれよ」




