魔王ちゃんと不知火の軌跡
「それでヨリお姉ちゃん、気になることとは?」
「うん、シラヌイについてなんだけれどね……なんというか、私はねツキコ、灰燼の魔王と今のまま戦っても勝てないような気がするのよ」
「……リョカさんがそれを言いますか」
不安げな瞳を私に向けてくる月神様を一撫でし、さっき感じた視線の方角にそっと目をやる。
「灰燼の魔王、その実、魂を炎で縛り付ける者。さっき受けた攻撃というか挨拶というか、認識した生物……命を燃やすことのできる力。多分『絶気』なんだと思うけれど、その絡繰りも実はよくわかっていない」
「わたくしたちは何も感じなかったのですが」
「だよねぇ、僕たちが庇った時、2人とも首を傾げてたもんね。だから人には効果があって女神さまには通らない理由があるはずなんだよ。何を起点にしているのか、はたまた命という物体に対しての特効なのか」
女神さまは当然ながら僕たちとは体のつくりが違う。多分それは魂にも言えることだ。
エンギはそれを当然知らないだろう。だからこそ女神さまを燃やすことは出来なかった。
でも本来あの灰燼の魔王は女神様排斥主義の魔王だ。加護を通さず、挙句の果てには信仰すら消してしまう。そのことから当然女神さまを嫌っている。はずなんだけれど、如何せん一度も会ったこともないし、目的すらいまだわからない。
「というわけで、出来れば情報を集めておきたいんだよねぇ」
「ああ、それでジンギさん――と言うよりコークさんたちを追っているわけですか」
「そういうこと。本当ならカグラさんに聞ければ手っ取り早いんだけれど、聞いた限りそういうことが聞ける状況じゃなさそうだからね」
カグラ=シラヌイさん、カナデのお母さんで、唯一シラヌイに反抗的な紋章持ち。
テッカ曰く、1対1の戦いならあの風切りも苦戦するとのことだった。スキルも使えずによく戦えるものだ。
そんなカグラさんがテッカたちの前に覚悟ガンギマリで現れたとの話を聞いた。何かをするのだろう。それが何かはわからないけれど、きっと止められない。
「とはいえ、テッカに期待はしたいところだね」
「……お2人とも、幸せになれるといいのですが」
「どうだろうね。まっ、カグラさんに関してはカナデとも幸せになってほしいかな」
「ええ――女神だから、わたくしたちの加護を、なんて押し付けるつもりはありませんが、少なくとも今の女神であればこんな地獄のような環境よりはマシな幸せは与えることは出来ます。ねえリョカさん」
「ん~?」
「エンギを、倒してくれますか?」
「……そうだね、そのつもりだよ。あいつは少なくとも可愛い僕の友だちを泣かし、格好いい僕の友達を一度殺した。シラヌイの解放なんて仰々しいことを言うつもりはないけれど、あの魔王は僕とは相いれない」
ただあの魔王に関しては因縁のある人が多すぎる。
正直今まで出会ったどの魔王よりも性質が悪い。およそ命を命とみていない。なんでそんな人格が形成されたのか僕にはわからないしわかりたくもないけれど、僕目線で言えば、あの魔王はとっくに壊れている。
「なんであんな魔王になっちゃったのやら」
「……一応、ここに来てからわたくしもメル――魔王を選定する女神に声をかけ続けているのですが、ずぅ~~っと無視するんですよ」
「ありゃりゃ、結構気難しい女神様?」
「そういうわけではないのですが……ですがそうですね、毎回意味深と言うか、そのくせ本質をついているというか、曲者という言葉が一番あっているような女神――いたたたたっ! 今まで反応がなかったくせにいきなり攻撃しないでください!」
「結構子どもっぽい女神様なんだ?」
「ええ、大人びているのにふとした時に――だから痛い痛いですってメルっ! リョカさんの前で変なことは言いませんからやめてください!」
僕に聞かれるのが嫌なのか? それとも人の前では威厳を保っていたいのかはわからないけれど、ふざけてばかりの僕とは相性悪いだろうなぁ。
「いたたたたたっ! そ、そんなことないですよリョカさん、きっと相性良いですよぅ!」
「え? なんでそれを強調しているんですか?」
「い、色々あるんです!」
会ったこともない女神さまだけれど、僕が魔王だからそれなりに気にしてもらえているということかな。
まあそれでも、メル様からの情報は期待しないほうが良いだろう。少なくとも女神さまと言うのは人々に平等だ。例えそれがどれだけの魔王と言えど軽々しく他人に情報を提示することはないだろう。
「え? かぐらの時に村から追い出されて、戻ってきたときに誰からも受け入れられずにシラヌイとなった折に魔王になった? 他人どころか女神を恨んでいる数百年のベテラン魔王?」
「……え? 今のエンギの情報ですか?」
「あっ、はい」
なんで突然? メル様っていったいどんな女神様なんだろうか。
「……あ~、リョカさん、そのですね、メルはその、リョカさんにはとんでもなく甘いので、それくらいにしたほうが良いです。聞いてもいないようなことまでわたくしに話しかけてくるようになりまして、正直鬱陶しいです」
「あの、僕そのメル様と会ったことないですよね?」
「ええ、でもですね、その、色々あってですね、とにかくメルはリョカさんの頼みなら何でも聞いてしまうので、あまり考えないでいてくれると、女神としては助かります」
なるほど、ルナちゃんがここまで言うのだし、僕も少し自重しよう。
しかし終末神メル様、いずれお会いすることもあるだろうけれど、その時は色々と尋ねてみるか。
しかしエンギはかぐらの時代の魔王か。それなら女神さまを恨んでいるのもまあわかる。
でもシラヌイになったとはどういうことだろうか。確かこっちではシラヌイとは親のみる幻覚だったかな。それになったとはどういうことか……いや、そのままの意味なんだろう。
エンギはかぐらに選ばれ、人柱として神獣様にささげられた。けれど女神さまによって普通に帰らされてしまい、自分の家に戻ったところ幻として扱われて――ってところかな。
時代とは言え、何とも救われない話だ。
世界を恨み魔王になるのもわかる気がする。
「……女神の怠慢、ですか」
「勘違いしたほうも悪いと思うけれどね」
「でも結果、わたくしたちは怪物を生み出してしまった。これは反省しなければなりませんね」
「アヤメちゃんがね」
「ええ、本当に」
ひどくうな垂れるルナちゃんを抱き上げると、僕は走る速度を上げた。
「エンギについてはまだ考えることが多そうですけれど、なんとなく背景がわかってきました。どの魔王も、本当に勝手にやってるなぁ」
「ですね、これで力の由来もわかるといいのですが」
「それは任せて。僕の得意分野」
「頼りにしてます」




