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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
46章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、幻炎を振り払い真なる炎を捉える。

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運命の女神ちゃんと後悔と試練

「――」



 ペッと口の中の血を吐き捨てたカナデちゃんをあたしは見ていた。

 彼女はまったく臆することなくエンギ=シラヌイに挑みそして敗れ、こうしてシラヌイの拠点になっている崖の陰に隠れるように建てられている大きな屋敷の一室で目を覚ましたところだ。



「もう一回」



「コラコラ待ちなさい」



「――ヴィ子」



 あたしは消していた半透明の自身の体を現し、カナデちゃんの腕をつかんで落ち着かせる。



「何度戦っても今の君じゃあ勝てはしないよ」



「……でも」



「わかってる」



 あたしはため息を吐き、そっと彼女の頭に触れた。

 こんな女神らしいことをするのなんて何十年ぶりだろうか。心は、魂は忘れていない。

 あたしの憧れていた(ひと)たちはいつもこうやって人々に寄り添っていた。



「いいこいいこ」



「……へ?」



「あ、あれ? ルナ姉さんとかアヤメ姉さんにされたことない?」



「う~ん」



 間違っただろうか。あたしの記憶では確か姉さんたちはこうして頭を撫でてくれたはず。



「これが一番、誰かに寄り添える……んだと思ったのだけれど、違った?」



「それって――」



 するとカナデちゃんが途端に吹き出し、口を手で覆って笑いをこらえ始めた。

 何か笑われるようなことをしたのだろうかとあたしが首を傾げていると、彼女がふわりと優しく抱き着いてきた。



「ん、ありがとうヴィ子」



「やっぱり効いているんじゃあないか。どういたしまして」



 やはり姉は偉大だ。ヒナをそこに含めるのは些か抵抗があるけれど、撫で心地で言うのならメル姉さんとアヤメ姉さん、ラムダ姉さんと並ぶ心地だったのは間違いない。

 そうしてあたしがカナデちゃんを撫でていると、彼女の体が小刻みに震えているのがわかる。



「カナデちゃん?」



「……ごめん、ごめんねヴィ子、あたし、ジンギを――」



 ああ、彼女が気にしているのはそのことか。そういえば無事だと伝えていなかったか。



「ありがとうカナデちゃん、ジンギのために怒ってくれたんだよね。でも大丈夫、あれは生きてるよ」



「え?」



「あいつの死はここにはない(・・・・・・)から探すのが大変だったけれど、なんとかリョカちゃんの信仰をベットして届かせられた。本当にひやひやしたけれど、何とか間に合わせられたよ」



 本当に賭けだった。

 指定時間までにリョカちゃんがジンギに信仰を放ってくれるかなんて正直賭けでしかなかった。あの場所にはルナ姉さんがいたし、さらにあたしの信仰を書き換えてしまうほど圧倒的な濃さの信仰を持つミーシャちゃんもいた。

 ルナ姉さんがジンギの体を癒さず、ミーシャちゃんが怒りに信仰をぶっ放さず、最短距離をリョカちゃんが進む必要があった。

 残った力で多少の運命操作はしたけれど、上手くいってよかった。



 そもそもジンギとリョカちゃんは運命を刻んでいるボードがこの世界の一般人とは異なる。だからこそ、ジンギの死を見つけるためにリョカちゃんの信仰を頼りにするしかなかったわけだけれど……。



「遠かったなぁ」



「ヴィ子?」



「……ジンギは無事だよ。そして今ここにジンギと頼れる魔王様と聖女様、そして勇者とその剣が向かっている」



「――」



 カナデちゃんがあたしから体を離し、呆けた顔を見せると、すぐに瞳を潤ませて笑みを浮かべた。



「そっか、よかった――リョカもミーシャも、ジンギも、みんな来るんだ」



 カナデちゃんは袖で涙を拭い、再度あたしに抱き着いた。



「ヴィ子って実はすっごい女神だったんだね」



「君あたしのことなんだと思っていたんだい?」



「ジンギのアホを自覚させ女神かなんだと思ってましたわぁ」



「そんなピンポイントな女神はいない! そもそも何やってもあれは自覚しないよ。もうそれは諦めているんだ、ほんっとうに厄介な奴だよ」



 あたしがため息をついていると、やっと普段のような花のような笑顔をカナデちゃんが浮かべ始めた。

 リョカちゃんではないけれど、彼女はそうしている方が可愛らしい。

 だからこそ――あたしは顔を伏せる。少しだけだけれど、視えてしまった。



「ヴィ子?」



「……カナデちゃん、あたしは運命神、人の運命を、過去を、そして未来を覗き、人々に試練を与える女神」



「試練?」



 ああ、これは試練だ。

 深く深く何が起こるかを把握しているわけではない。けれどこれから先、この先には絶望が待っている。

 それはここに向かっているジンギでも、リョカちゃんでもミーシャちゃんでも、勇者とその剣……には少し絡んでいるようだけれど、何より最も傷つくのはここにいる――。



「カナデちゃん、あたしは――」



「……ありがとうヴィ子」



「っ!」



「あたしは大丈夫」



 ふわりと香る彼女の匂いに、あたしは抱き着いているカナデちゃんに目をやった。

 どこか大人びた表情で彼女は微笑み、そしてあたしの頭を撫でてくれる。

 アヤメ姉さんのような荒々しい撫で方かと思えば、すぐにラムダ姉さんのような……いや、ヒナが泣いているあたしを撫でてくれた時のような――。

 そこであたしは、自身の瞳から涙が流れていることに気が付いた。



「ヴィ子は良い子だね」



「そんな、ことは……」



「ううん、ヴィ子は良い子だよ。だってあたし、ヴィ子のことこんなにも好きになっちゃったもん」



 カナデちゃんがそのままあたしを膝に乗せて頭を胸に抱いてきた。



「いいこいいこ――ね?」



「あたしは、そんなんじゃ――」



「ヴィ子が頑なに認めてくれませんわ。それなら認めてくれるまで撫でるだけですの」



「ちょ、ちょっと」



 駄目だ、零れる(・・・)

 あたしにはそんなことを言われる資格なんてないのに、この子はあたしを知らないからだからこんなにも優しくしてくれる。

 でも違う。あたしは、あたしは――。



「あたしは、みんなに、レベリアのみんな、ラムダ姉さんにも……」



「……」



「ひどい、こと、して――あたしのせいで、みんな、みんないなくなって――あいつ(・・・)が、国を、みんなを守るって、だから、試練を――でも、あたし、違くて、止められなかった」



 だめ、だめ、止まって――弱音なんて吐くな、あたしにはその権利すらない。

 楽になるなんて許されない。

 あたしは抱え続けなければならない。ラムダ姉さんも、アヤメ姉さんも、今のルナ姉さんも、それにヒナだってきっと助けてくれる。

 でも駄目だ、あたしがそれを選んではいけない。



「違う、違うの」



 涙が止まらない。後悔するように、懺悔するように――あたしは溢れて流れて行ってしまう。



「力を与えて、挙句――だ(・・・)をとられて、それでさらに、あいつは、恨んでいた、見抜けなかった、あたしのせいで、ランファちゃんも、ジンギだって、イシュルミだって」



 ああ、だから嫌だったんだ。

 あたしは女神の中でも甘やかされてきた方だ。権能が権能だし、そもそも世代的に心配事も多かったはずだ。

 だから姉さんたちやヒナにいつも甘やかされて育った自覚はある。

 だからこそ、誰かと一緒にいるとその時のことが癖になっているのか、つい甘えてしまいたくなる。



 あの時フィムに見つかったのは、ジンギに連れ出されたのは、本当に誤算だった。

 弱いあたしが、また出てきてしまう。



「全部あたしの――」



 ああ、認めてしまえ。どれだけ逃げ回っても、運命とはあたしの下へ帰ってくる。

 だからあたしは、1人でいなければならない。

 女神だろうとも、あたしには――。



『ヴィぃぃぃっ! カナデぇぇ!』



「――っ!」



 どこからか――いや、外からだろうか。

 聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。



『俺が来た! 約束は守る! だからヴィ! 寝ぼけてんじゃねえぞ! 俺が行くまで、カナデを守れぇ!』



「……」



 あたしの気持ちなんていつもわかってくれないくせに、あの男はどうして、どうしてこんな時ばかり。



「阿呆だけれど、こういうところは格好いいよね」



「……」



「もう後悔は終わった?」



「……うん」



「ん、なら良し。あたしもジンギも、何があってもヴィ子を離さないよ」



「――なんで」



「大好きな人の手は、もう離さないって決めたの。運命だろうが何だろうが、あたしはあたしの好きを信じる。手を離したからこんなことになっちゃったからね、次は絶対よっ」



 カナデちゃんが立ち上がるとあたしに手を差し出してきた。

 ああ、この子も眩しいな。



「と、言うわけで、暫くは守ってくださいね女神様っ」



「……喜んで。女神の威光の届かない遠い幻の炎よ」



 カナデ(・・・)があたしの手を掴み、部屋に炎を投げつけた。

 爆発を起こしたカナデの炎は外で待機していたシラヌイたちを吹き飛ばし、あたしたちはゆっくりとその部屋から外に出る。



「……試練、か」



「どうかした?」



「ううん」



 笑みを向けてくれるカナデに、あたしはどうかどうかと祈る。

 彼女の進む未来に、どうか輝かしい未来を――。どうかどうか、彼女から失われる2つ(・・)の未来に、どうかどうかと祝福を。

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