魔王ちゃんと唯一の運命
「まあつまり、この国にはそれなりに無王の施設が残っているそうだよ」
昨夜のごたごたの後、僕たちはキサラギの屋敷に戻ってきたのだけれど、もう色々なことがありすぎて確認をとった後に就寝、翌朝、大量の朝食を作り、昨夜寝る前にとった確認事項をみんなと共有しているところだ。
「この国に無王がいたのか」
「……いやぁ、ヘリオス先生に確認したんだけれど、フェルミナさんが小さい時、親子3世代でここに住んでいたそうだよ」
「マジか。ならこの屋敷は」
「うん、当時のキサラギの当主がこの国に無王を住まわせる代わりに色々作ってもらっていたんだって。でも当時の当主、つまりテッカのひいおじいちゃん。かな? その当主が思った以上にたくさんのものが出来上がったみたいで、最終的に管理できないほどの数の作品がこの国に埋まっているらしい」
「……杜撰にもほどがある」
「というかヘリオスの奴、お前らから聞いてはいたが、魔王を倒すほどの力を持ってんだな」
「なんというか腐れ縁って感じ。まあ実力はあるんでしょ」
ガイルが口角を上げてヘリオス先生と戦いたいみたいな空気を纏ったところで、僕はさっきから幼馴染と月神様がジッと見ている方向に目をやる。
「――」
そこには瞳に恥ずかしげもなく涙をため、歯を食いしばり僕の作った朝食に手を伸ばすジンギくんがいた。
今朝は朝食にしては重い料理が並んでいる。きっとたくさん食べると思っていたし、こっちにしてみてもたくさん食べてほしかったから、とにかくカロリーと肉を中心にしたラインナップをこれでもかと並べている。
そんな食卓にあるお肉と野菜、チーズなどなどを挟んだバゲットを鷲づかみにして、口いっぱいに放り込んで無理やり咀嚼しているジンギくんを、僕は頬杖をついたまま眺めその顔を見つめる。
「……守れなかった」
「うん」
「くそっ、くそぉ――」
獣のように口に食べ物を入れられるだけ入れるジンギくんを見ていると、彼の隣にいるガイルが小さく微笑んでおり、どこか安堵しているようだった。
ジンギくんは悔しがっている。でもこっちが気が気じゃなかったことも自覚してほしい。
「魔王に1人で挑むなんて無茶しすぎ。魔王の恐ろしさ、君は知っているはずでしょ――」
「ならっ! ならよ……」
声を強めるジンギくんに、僕は目を伏せる。傷つけるつもりはなかった。でも彼にも言い分はあるのだろう。勝手だ。僕もそうだけれど。
「……お前らは強いよ。きっとあんな状況でもどうにか出来たかもしれねえ。じゃあ俺は、弱い俺は何を選択すればよかったんだ、カナデを置いて無様に逃げおおせとでも言うのか。……できねえよ、出来るわけねえだろ。俺は弱いよ、でもな、それでも――」
「……ごめん、責めるつもりはなかった」
僕がそうやって謝罪すると、ジンギくんがハッとした顔を浮かべ、奥歯を噛みしめた後、自身の頬を叩いた。そして頬を手で覆ったまま大きく深呼吸を繰り返すと、指の間から僕に真っ直ぐと瞳を向けて、大きく頭を下げてきた。
「悪い、すまなかった、お前は俺を心配してくれた、ありがとうな。甘えてた、助けてくれてありがとう。本当に感謝してる。あと飯うめえ、おかわり。それとイライラしてた、当たって悪かった。無茶しないなんて約束はできないが、もっと考えて行動する。こんな俺の手を引いてくれてありがとう」
「……全部言うじゃん」
「抱えたままじゃ、重くて歩けねえ」
顔を覆っていた手を外し、その鋭い視線、どこか頼りになるような目を、視線を奔らせ、僕たちを見つめたジンギくんが、改めて頭を下げた。
僕たちは顔を見合わせ、小さく噴き出した。
そしてガイルがジンギくんの肩をご機嫌に笑いながら叩く。
「ちと見ない間に、随分と男上げたじゃねえか。どうなるかと思ったが、そんだけ元気あるならまだまだやれるな」
「うっス」
ガイルは終始上機嫌のまま、ジンギくんのように朝食に手を伸ばし始めた。
そしてそれを見ていたミーシャも食事を始めるのだが、小さくパンをちぎって食べていた手を止め、ジンギくんに口を開く。
「それで、あんたはどうするのよ」
「……約束を守る」
「約束?」
「リョカ、ミーシャ、ガイルさんとテッカさん」
「ん~?」
真面目な顔のジンギくんが改まって僕たちを見渡し、そしてまた頭を深く下げてきた。
なんだなんだと僕が首を傾げると、彼は小さく息を吸った。
「俺にあの魔王は倒せない、だからそっちに任せる。だけどプリマは俺が助ける、カナデとそう約束した。俺が出来ないこと、お願いします」
「……」
ミーシャが喉を鳴らして笑い、手を伸ばしてジンギくんの頭をポンポンと軽くはたいていた。
「そう、ならいいわ。そっちは何とかするから、あんたはあんたの意地を通してきなさい」
「おうっ」
僕はそっと席を立ち、朝食のおかわりとして用意しておいたバゲットのサンドウィッチとスープをささっとお皿に盛ると、それをテーブルにもっていき、そのまま薬巻きを持って縁側へと腰を下ろした。
「そっちの2人は肯定的なようだから、俺からは説教を1つ」
「んっ――」
「無茶をするな馬鹿たれ。強い弱いを判断材料にするのはいいが、お前自身の無事を願っている者たちがいることも忘れるな。あの場でお前を見た時、俺も気が気じゃなかったんだぞ」
「……はい、そこは反省してます」
「わかっているならいい。これ以上は言わない。だがこのことに関してほかの奴に何されても俺は止めないからな、それもお前の責任だ」
「うっス!」
「よしっ、なら今は食べておけ。力をつけておかないと、この先ついても来れないぞ」
「はい!」
そんなやり取りを聞きながら僕は薬巻きに火をともすと、膝の上にルナちゃんが乗ってきて、隣にはアヤメちゃんが座った。
「――それで実際、何が起きたんですか?」
あの時、ジンギくんは確かに死んでいた。
しかも厄介なことに魂すらも燃やし尽くされていて、蘇生どころか魂を別に移すことも出来なかった。
でもせめて体だけは綺麗にしようと、灰燼の魔王の炎を取っ払い、体の傷を治そうとしてスキルを使った瞬間、彼が息を吹き返した。いや違う、元々死んでいなかったかのように寝息を立て始めたのだった。
その後、僕たちは急いで屋敷に戻り、ジンギくんを介抱してあちこちを検査し、そして一夜明けて今に至るという。
あの時何かが起きた。調べてもわからなかったけれど、あれは女神様由来の力だ、そしてジンギくんについていた女神さまと言えば――。
「あれはヴィヴィラの力よ」
「でしょうね」
戦いの最中、ジンギくんはヴィヴィラ様をカナデに預けたらしく、本当に無茶をするとため息を吐きたくなるが、そのおかげでカナデの居場所もわかった。
ヴィヴィラ様には改めてお礼を言わなければと考えていると、アヤメちゃんが深刻な顔を浮かべていた。
「あの、女神様的にはやはり人を生き返らせるというのは良くないのですか?」
「いや、そうじゃないのよ。世界の記録的には、ジンギは死んでない」
「記録的には?」
「記録なんて言い方をしているけれど、所謂アカシックレコード、世界はジンギの死を知らない」
「どういうことですか?」
アカシックレコード、ざっくり言うと世界のすべてが書かれている物、そこに人の死も書かれているはずだけれど、ジンギくんはそうではないらしい。
でも彼は死んでいた。どういうことなのだろうか。
「ヴィヴィラの権能の中には、それを取り除くものがあります」
「それ。と言いますと?」
膝の上のルナちゃんが口にしたのだけれど、彼女もまた、顔を伏せており、何か重大なことを引き起こしてしまったことはわかった。
「そのアカシックレコードから、1つだけ取り除く力。まあジンギもお前も、この世界のアカシックレコードには載ってないはずなんだが、それでもヴィヴィラは過去でも未来でも、そうなった事象を1つ取り除ける」
「多分、足りない信仰をリョカさんのスキルの信仰で補い、ジンギさんのその時の死を取り除いたのだと思います」
いやなんだそれ、いくらなんでも強力すぎる。実質やりたい放題じゃないか。
いや違う、女神さまたちのあの表情、多分デメリットがある。
「……多分だが、ヴィヴィラはもう、人々に加護もギフトも与えられない」
「そんな――」
「アヤメと同じように封印指定された力、自身の何かを対価に発動する権能。あの子は女神が女神たらしめる力を使ってでもジンギさんを生かしたかった。ラムダとクオンがなだめていますが、テルネが怒っています」
ルナちゃんもアヤメちゃんも顔を伏せたのだけれど、神獣様が不意にジンギくんを眺めたと思うと、そのまま飲んでいた湯呑からお茶を吹き出した。
「アヤメちゃんっ?」
「え、あ? なんで?」
「ど、どうしましたかアヤメ?」
「い、いや、ちょっとジンギ見てみろ」
「……? ――っ!」
ルナちゃんがアヤメちゃんの言う通りにジンギくんを見ていると、月神様もその動きを止め、呆然としだした。一体なんだというのか。
「えっと?」
「……ジンギにヴィヴィラの力が残ってる。信者を作ることは出来ないだろうが、ジンギに装備されると今まで通りに力が使えるって感じだな」
「で、でも、ギフトとかはさすがに他人に与えられないみたいですけれどね」
「あのバカ、文字通りジンギだけの女神になりやがった。この世代の奴はこれだから」
「狙ってやったかはわかりませんけれどね」
つまりジンギくんは今まで通り変身できるし、ヴィヴィラ様もジンギくんと一緒なら女神様として機能するというわけか。
至れり尽くせりじゃないか。あの男、これだけの好意を向けられていて未だに女神さまの存在を信じていないとか一体何なんだ。
僕は立ち上がってジンギくんに近づき、その頭を一発はたく。
「いてぇ! 何すんだてめぇ!」
「ぐぎぎ、そこまで、そこまで想われて、貴様、貴様はぁ――僕も可愛い子に全身全霊をかけられたい!」
「突然何言ってんだお前っ」
そうして僕が八つ当たりをしながら朝食は終わりに向かっていくのだった。




