叛逆の不知火ちゃん、悲しみを殺意に変える
「ああ、随分と久しい感覚だった。灰燼の魔王、その名で戦うことなど幾日ぶりか。勇者ではない、か。カナデ、奴はジンギと言ったか」
「……」
「俺に傷をつけた人間なぞいつぶりだ」
エンギ=シラヌイがあの戦いの最後からつけられた傷を撫で、いつまでもその傷から炎が上がり煙を吹かすその傷を愉快そうに見つめていた。
「次にあれほどの敵が現れるのはいつになるか――なあカナデ」
「――」
忌々しいまでのニヤケ面をあたしに向けてくるそいつに、あたしは溢れんばかりの殺気を込めて睨みつける。
泣いている時間は終わった。守られている時間も終わった。
あたしが引き起こしてしまった、あたしが二の足を踏んでいたからの結末だ。
ならばせめて、あたしは覚悟しなければならない。
こいつを、この男を、あたしが、カナデ=シラヌイが殺さなければならない。
「ハッ、良いじゃないかカナデ。やはりお前は俺の最高傑作だ」
「お前は絶対に殺す。どれだけ時間がかかろうとも、絶対に」
あたしの手から火花が上がり、バチバチと小さな爆発を繰り返しながらその場にいるすべてに殺気をまき散らす。
ミーシャのようにはいかないけれど、それでもその圧が、その場にいるエンギを除いた全てのシラヌイをたじろがせる。
「今のお前では、その炎は届かせられんよ――っ」
否、届かせる。
あたしの炎がエンギの顔を覆う。
周囲のシラヌイたちがあたしに飛び掛かろうとしたけれど、炎の中でその魔王が嗤い声を上げた。
灰燼の魔王が炎を顔に張り付けたまま、その背に背負う大剣をあたしに振り放ってきた。
あたしは少しずれるだけでその剣を躱し、それでもなお、魔王を睨みつけた。
「ああそうだ、お前はそれでいい。俺がどれだけ望んでも持ちえなかった。だからこそお前はそれでいい、それを持ったままここに至ればいい」
「……」
「ああ、ああ、終ぞ俺がそこに至ることはなかったか」
この男が何を話しているのかよくわからない。あたしはこいつのことを知らないし、忌むべき者であること以外の感情はない。
でも――あたしは首を振るう。
もうこいつらはあたしの敵だ。
あたしは周囲への警戒を解くことなく、友だちに託されたその板切れ――胸に抱いたままのヴィ子をそっと指で撫でる。
あれ以来彼女は一言も声を発していないけれど、この子が女神である以上、ここに姿を保っているということは生きているはずであり、必ず守り通さなければならない。
「大丈夫だから」
(……)
そう声をかけると、そっと指を握り返されたような気がした。
あたしは決意を以って、この戦いを終わらせることを誓うのだった。




