魔王ちゃんと溶け流れた鋼鉄
いやな予感はしていた。
僕自身勘が働くほうではない。けれど今回に限り虫の知らせというか、耳元で運命を司る少女の絶叫にも似た懇願が届いたとき、何かを予感してしまった。
間違っていたらいい、僕の当てにならない勘なんて吹き飛ばして、顔を出せばいつも通り面倒くさそうな顔をして、肩を竦ませながらも「おせえよ」なんて声が耳に届く。そんな当たり前を頭の中で何度も妄想した。
ヴィヴィラ様の知らせを受けて、僕たちはすぐに『運命を穿つ聖船』に乗り込んで、女神さまたちの案内で目的地へと船を進ませていた。
普段なら軽口のいくつもが飛び交う道中、しかし今回はその道すがら誰もが口を閉じ、何かを予感するように、耐え忍ぶように己の無力を押し殺すようにしてただただ拳を強く握っていた。
だからだろうか、それほどの驚きはなかった。
我ながら薄情だとは思う。
でも、僕が――私がこの世界にやってきて15年、それが身近にあったことはない。僕がまだ幼いからということもあるだろう。けれどそれ以上に、魔王になってからというものさらにそれを避けて生きてきた。
それそのものと戦争はした、でもそれだってすでに終わっていたものだった。
最初に抱いたその感情も、最後の最後に親子の魂を別に移すことで避けていた。
その後の国を巻き込んだ大きな陰謀も、やはりとどめはさせなかった。
王都での時も、結局なんやかんや理由をつけていまだに放置している。
さっきのことだってそうだ、僕は彼らが化け物になるのを待っていた。
そう、無意識なのか、もう癖になっているのか、そんなことはあり得ない。と――驚きがなかったわけではない。脳が、心が拒否している。
この結末の痛みを僕は耐えられない。
だから……感情を、反応することから目を逸らしている。
船に乗っている道中、女神様――ルナちゃんとアヤメちゃんの表情と空気が途中で一変した。その時からそれは予感ではなく確信になっていた。
私は心と脳が途中で途切れてしまった瞳をそれに向けた。
何だかんだ大人っぽく他人を見つめていた瞳からは光が失せて空を臨み、二度と閉じられることのない瞼には小型の虫が止まり、ここでの出来事の余波なのか、その虫は止まり木のように彼に脚を触れた瞬間、灰になって宙へと舞う。
ルナちゃん……月神様のすすり泣く声が耳に届く。
その体は綺麗とは言えなかった。
ところどころに焼けた跡、鋼鉄をも溶かす灰燼の炎は彼を蝕んだのだろう。
ああ、今になって後悔が押し寄せる。
どこで間違えたのだろうか、どこで私はこの結末から逃げ続けていたのだろうか。
魔王になって、世界に我儘を通せるようになって自惚れたか。
私は、私は……。
一歩、また一歩と木にもたれかかる様にして座り込んでいる彼に歩みを進める。
聖女、幼馴染である彼女からは殺気が漏れている。
勇者、最近では相棒になりつつある彼は歯を噛み鳴らしている。
その風断つ剣は教員という自覚が強いからか、顔を逸らして体を震わせていた。
私がその彼だったものに触れた瞬間、手を燃やし尽くすほどの炎が上がる。
けれど私は構わず彼の頬を撫でる。
そして私はいつまでも自覚を持てない呆けた頭で、それでもつい、その名を呼んでしまった。
呼ぶことしかできなかった。
そう、私たちには、それを覆すだけの力がなかったのだ。
せめてせめてと、彼の体を、綺麗にしてあげることしか、私には、出来ないのであった。
「……ジンギ、くん」
それで、この運命は終わり告げるだけだった。




