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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
45章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、鉄をも溶かす灰燼に奥歯を噛む。

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魔王ちゃんとすべてを壊すもの

「痛みというのは、ようはこれ以上体を傷つけると生命活動に支障をきたしますよっていう体の叫びなんだ。つまり痛みとは外部で発生する物ではなく、個人の神経から発生した声を脳が処理して起こる現象――」



「がぁぁぎゃぁぁっ!」



「所謂幻肢痛なんて現象もあるくらいだからねぇ、人の脳は難解だがいい加減だ。痛みなんてものも簡単に作り出せる。それを良く実感してるだろう?」



「腕、腕、私の腕、腕が! 腕が痛い、痛い!」



 僕はクスリと笑って見せて、彼――リンノスケと呼ばれていた腕の長いピエロ風味だった(・・・)男に見下すような目線を向けた。



「馬鹿言っちゃいけない、君にはもう腕はない(・・・・)でしょ」



 ピエロのメイクも涙ではがれ、リンノスケが苦悶と懺悔と救済を求める表情を交互に浮かべて、それでももぎ取られた腕を探すように痛みに声を上げていた。



 そして僕はミーシャが連れてきたシラヌイに目をやる。

 彼もまた体を拘束され、頭上で両手を鎖に繋がれており、僕とリンノスケを目に映しながら、体を震わせていた。



「ああ、心配しなくても君は見ているだけでいい、僕はそれ以上何もしないよ。ああけど、もし退屈だというのならお友だちに腕がないことを教えてあげるといい、君の言葉なら聞いてくれるかもしれないからね」



「――」



 リンノスケがもう片方の男に目を向ける度に、彼は気まずさから目を逸らし、歯を鳴らして肩で耳を塞ごうとしていた。



「何かお話したい気分になったのなら呼んでくれ、すぐに聞いてあげよう。僕は君たちの魔王と違って命を慮る、命の尊さをよく理解している。さっきの僕の問い、よく考えておいてくれ」



 僕は後ろ手に手を振りながら、リンノスケの絶叫ともう1人のシラヌイのすすり泣く音を耳に、キサラギの屋敷にある一室から出ていく。



 外に出ると神妙な顔つきの面々が目に入り、僕が首を傾げると金髪幼女に戻っているアヤメちゃんが引きつった顔で口を開いた。



「どの口で!」



「この可愛いお口ですぅ!」



 叫ぶアヤメちゃんに飛びつき、その柔らかな頬をムニムニとこねていく。

 そんなことをしていると、テッカに頭をはたかれ、僕はぶー垂れて彼に非難の目を向けた。



「もっと可愛げのある拷問はなかったのか」



「可愛げのある拷問ってなんすか?」



「奴らから情報を引き出そうと拷問すると言ったら、僕がやるというから任せてみれば……出すなっ魔王面、怖すぎなんだよ」



 頭を抱えるテッカ先生の肩をガイルが叩き、シラヌイたちが放り込まれている部屋に目をやった。



「しっかしあいつは何で痛がってたんだ、スキルか?」



「うんにゃ、あのピエロの腕落として治療した後、彼の目の前で腕を刺してたでしょ、あなもんで脳がバグを起こすんだよ。腕がないのに腕が痛い。脳は腕の消失を認めず、ただ体を守るために痛みだけを発生させた。治せない(・・・・)痛みなんて、どれだけの恐怖なのか、僕は知らないけどねぇ」



「……この魔王め」



「魔王ですが」



 僕はその場に椅子を現闇で作ると、膝に乗せたアヤメちゃんを撫でながら、リッカさんとガンジュウロウさんに目をやった。



「リーンの娘でなかったのなら今すぐにでも勧誘したいのだがな」



「あら、リーンの子だからいいじゃないですか」



「お前を取り上げて、さらに娘までとなったら俺はあいつに殺されるよ」



 リッカさんがクスクスと可憐に笑い、そして改めて僕に目をくれた。



「ところでリョカさん、何かわかったことはありましたか?」



「う~ん、そうですね、わかったと言えばわかったことなんですが、多分あの人たちは何も知らないですよ。目的もお頭――エンギ=シラヌイに言われるがまま、自分たちが何なのかすら理解しきれていない」



「と、言いますと?」



「断片的に、エンギはカナデを真の炎と言っている。それが何を指すのか紋章付きのシラヌイたちも知らないらしいです。一部は何となく理解していたみたいですけれど、それ以外はただ付き従っているだけって感じですね」



「組織としては随分と杜撰ですね」



「仕方のないっちゃ仕方のないことですけれどね。今いるあの2人、直系ではないらしく、外部の冒険者だった奴らがエンギに気に入られ、そして……」



「リョカさん?」



 僕が言葉に詰まり顔を伏せると、リッカさんが顔を覗き込んできた。



「……多分、傀来(かいらい)、だと思います。シラヌイをシラヌイたらしめているのはエンギの持っている傀来」



 ガイルが首を傾げ、それはないんじゃないかと言った。それはそうだ、傀来とは魔王の忠実な僕に変えるスキル、しかし僕やロイさんを除き、そもそもあのスキルは人ならざるものに変えるスキルだ。私の世界で言うゾンビが人の姿をしているだけ。

 意識も思想も宗教も何もかも塗り替えられる。

 けれどシラヌイはそうじゃない。誰もが意思を持ち、魔王の支配下にありながら組織として成り立っている。



 現役の勇者であり、数々の魔王と戦ってきた金色炎の勇者様がそれに違和感を持つのは当然だろう。でも違う、あれはやっぱり傀来なんだ。



「魂を蝕む傀来。ですか」



「……」



 先ほどからこちらの会話には入らず、ミーシャの膝の上で大人しくしていたルナちゃんが声を上げた。

 さすが月神様だ。



「うん、あの2人、もう僕には治せない(・・・・)



「そりゃあシラヌイだからスキルは通用しないでしょ。そんなもん俺にだって治せないわよ」



「違うよアヤメちゃん」



 僕は膝の上のアヤメちゃんをキュッと抱きしめため息を吐いた。



「魂がね、もういつ壊れるのかわからないほどぐちゃぐちゃなんだよ。多分エンギの傀来は魂が壊れて初めて発揮する類のスキル。壊すことを前提に、意思を、思い出とかを取り込んで力が付く」



「……根拠は」



 僕はそっと、シラヌイを捕えている部屋に目をやった。

 その瞬間、中から何かを壊すような轟音と人ならざる者の金切り声――。



 僕が顔を伏せて目を閉じると、部屋から最早人の輪郭すら朧げな怪物が飛び出してきた。

 僕が指を鳴らそうとすると、ミーシャがルナちゃんを脇に置いて駆け出した。



 聖女様が捕まえてきた男に向かって大ぶりのパンチ――信仰を込めた(・・・・・・)拳が男の腹を抉り、吹っ飛んで行った。



「――? リョカ、こいつら、あたしの信仰が」



「……こうなったらもうシラヌイじゃないからね。人ですらない、ただの化け物だよ」



 僕はちらとテッカに目をやると、彼の顔が青くなっており、強く拳を握っていた。その結論にたどり着いたのだろう。僕では多分、彼女を救えない(・・・・・・・)



「本当に胸糞わりぃな」



「まっ、僕もわかっててあそこまで追い込んだからね。ほんと嫌になる」



「お前のおかげで奴らの根城に何がいるのかわかったんだ、うんな卑下すんな」



 ガイルに頭を撫でられて僕は小さく礼を言うと、ミーシャがシラヌイを吹っ飛ばしたと同時に『信仰は銀姫の腕となる(アガートラーム)』で体中を撃ち抜いて絶命したリンノスケだったものを見た。



「これが紋章付き。それで紋章がないシラヌイは多分、無王の命無き人形だと思う」



「……またあいつの名前、一回シバいておいたほうが良いと思うわ」



「そうかもね。でも関わっているわけじゃないと思う。施設だけ作って飽きて放棄したものをエンギが使っているんでしょ」



 そんな風に、僕たちのテンションダダ下がりの中、それは突然響いてきた。



(ジンギを助けて!)



「――っ!」



 僕たちは顔を見合わせることもせずに、僕はアヤメちゃんを、ミーシャはルナちゃんを抱えて飛び出したのだった。

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