鋼鉄のライダーくん、その運命を認める
「『厳剛拳王』」
飛び掛かってくる十数のシラヌイたちに俺は地面からいくつも生える拳を振るい、そのすべてを宙へと打ち上げた。
突然現れたこいつらはカナデを無理やり連れて行こうとしており、俺たちが身を隠す暇もなく戦闘をやむなくされた。
しかしこのシラヌイというやつら、異様に弱い。
リョカたちからは厄介だと聞いていたが、この程度なら俺でも対処できる。
(ジンギ、油断しない。こいつら多分正規のシラヌイじゃない)
「どういうことだ?」
(リョカちゃんたちの方でも出てきているみたいなんだけれど、本物のシラヌイは――)
「――っ!」
体に突き刺さるような気配。俺はカナデに向かって飛び出し、彼女を庇うように頭を抱いて大地に滑り込む。
「な、なに――」
「頭上げんな!」
カナデのいた箇所から鳴る風切り音、テッカさんの斬撃を普段から見慣れている俺でもなんとか目視できるほどの速度で、いくつもの見たこともない刃物があちこちから降り注いできた。
「『厳爆鎧王』」
振ってくる刃を体を硬化することで防ぎ、やっと攻撃が終わったところで体を起こそうとすると、カナデが構えをとろうとしたのが見えた。
「お前は手を出すな!」
「――なんで」
「……」
カナデは何のためにリョカとミーシャの手を振りほどいてまでここにいる。プリマのこともあるだろう、だがそれ以外にも目的があるように感じた。
そうでなければこの暴走娘が奴らの言いなりになっているわけがない。
故に、ここでカナデがシラヌイと本格的に事を構えるのはマズイ。
「賢いお友だちですね」
「……学園でもそれなりに成績はいいんでね。カナデは俺が無理やり連れだしてんだ、文句はねえだろ」
「彼女は大事な我らの要、無断で連れていかれると困ってしまいます」
「そうかよ、俺らにとっても大事なダチなんでな、お前らのやり方にはだいぶ頭に来てんだ」
俺はそっと両拳を背に隠し、突然現れたおよそシラヌイらしき男を睨みつけた。
今までいたシラヌイとは違い、どうにも血が通っているような視線、手の甲には見慣れない紋章。
こいつがさっきヴィが言っていた正規のシラヌイという奴だろう。
シラヌイの男がニヤと口角を上げると奴の体がぶれた。
いや、不規則な動きを織り交ぜた独特な足さばきで体がそう見えている。
「『表不知火・百閃繚乱』」
男の動きに目を奪われた隙をつかれてか、いつの間にかに投げられていた視界を覆うほどの刃物に気が付けなかった。
これがこいつらの言う技というやつか――舐めんのも大概にしろ。
俺は背に潜ませていた拳をそのまま押し込み、シラヌイの男の両側に大きくした拳を出現させて叩きつけた。
「邪魔だ阿呆が!」
「ぐぇっ――」
奴の刃物をすべて硬化した体ではじき、拳に挟まれて潰れているシラヌイの男が赤く発光し、そのまま拳の中で爆発を起こした。
黒こげの男がフラと体を傾けたから、俺は片腕の手の骨を鳴らし、思い切り腕を後ろに伸ばすと同時にヴィの力を借りる。
後ろの逸らした俺の腕はヴィの紋章を通って姿を消し、俺の遥か後方に拳だけ現した。
「てめえごときじゃ相手になんねえ! 出直して来い!」
腕を力任せに引っ張り、拳が遠くにあると言う荒唐無稽、離れているという事実を受け入れる。拳が遠くにあってもその離れた距離は真実であり、その離れた分だけの距離から拳を引っ張り出す。
拳は距離と勢いを得て俺の脇を通り、鋼鉄化した拳をシラヌイの男にたたきつけた。
「――」
みぞおちに叩きつけた拳は男の声を奪い、苦悶の表情を浮かべながらシラヌイの男が飛んで行った。
俺は肩をすくませ、一度息を吐くと未だに地面にぺたんと座っているカナデの手を差し出した。
「怪我はないか?」
「……う、うん、あの、ジンギ――」
「――カナデ」
「えぅ? なに」
「何度も言うが、俺は約束は絶対に違えない。だから胸張ってろ」
「……」
気を回すなんてらしくねえ真似なんてさせるかよ。
どうして俺の周りの女衆は面倒な生き方をしようとするのか。ミーシャほどとは言わないがあれだけさっぱりしていた方が楽だろうに。
「カナデ、お前はどうしてここに来た?」
「え? えっとその……」
目をあちこちに動かし、ばつの悪そうに顔を伏せるカナデだったが、耳が赤くなっており、どうにも彼女にとっては恥ずかしい理由なようだ。
だがここまで来て何も聞かないと言うことはしない。というか聞かせろ、俺の頑張りに多少は理由が欲しい。
俺がジッとカナデを見つめていると、彼女は諦めたように口を開いた。
「……お母さん」
「ん?」
「カリンが、お母さんがここにいるって。あたし、みんなに忘れられてたから、だから……」
シラヌイは女神さまの影響を受けない。きっと自分を覚えている人がここにしかいないと判断したのだろう。
本当にあのカリンとか言うのは性格が悪い。
俺はそっと体から力を抜き、ぽんとカナデの頭に手を乗せる。
「そっかよ。母ちゃんに会えるといいな」
「うんっ」
やっと、らしい人懐っこい笑顔を浮かべたカナデに安堵し、俺は薬巻きに火をともそうとする――が、それは突然湧いて出るように、災厄が刹那の時を得て現れるように、ちっぽけな俺を蹂躙するようにそこにあった。
「――っ!」
体が一瞬石になったかのように固まる。
だが動きを止めるな、ここで俺が止まればヴィもカナデも――。
「がぁぁっ!」
「え――」
カナデを突き飛ばし、俺は俺たちの正面に現れたその男の目の前に躍り出る。
ただの一睨み、その男と目が合った瞬間、まるで体の芯から、魂から燃え上がるように炎が上がった。
「耐えるか」
「――」
「お頭――エンギ、シラヌイ」
俺は荒い息を漏らし、燃え上がる体を大きく振って炎を消し、その男――エンギ=シラヌイを睨みつけた。
「随分と質の良い勇者だ」
「……」
負ける。殺される。
これが魔王か。俺の知る魔王とは感覚が異なりすぎている。リョカとロイさん、2人は強い魔王だ。だがそれほどの脅威を覚えないのは2人とも他人を、人を命あるものとして見てくれている。人は死ぬということを知っている。
だがこいつはどうだ? 人が死ぬことを何とも思っていない。それが当然だというように、人が死ぬことを、自分で殺すことに何の躊躇いがないということを空気でわからせている。
こいつとは戦っちゃだめだ。
俺は震えそうになる体を無理やり押し込める。
(ジンギ、こいつはダメだ、ここで戦ったら間違いなく君は――)
ヴィの声も震えている。わかっている、わかっているんだ。だが、だが――。
地面に座り込んで体を震わせてエンギを見上げているカナデに、俺は目をやった。
ここには、友を人質にとられ、ただ母ちゃんに会いに来ただけの女の子がいる。一体そんな女の子がどうして震えて怯えなければならない。
ふざけんな。
エンギの視線がカナデに向き、彼女が肩を跳ね上げた。
怯えているそんな彼女を、友を――俺の目の前で泣かすな。
「――」
「じん、ぎ――」
「俺の前に立ち塞がるか」
腕を伸ばし、カナデを庇うようにエンギと対峙する。
灰燼の魔王は俺よりも大きな体を持った巨漢で、その目は鋭く、老人らしい深みのある顔、髪は灰のような色合いで、前髪はすべて後ろに流した長髪で、顎から生えたひげを撫でている。
服装は確かリョカが話していたワフクとかと言ったか、そんなベルギルマでしか見ない格好で、その背には先端が丸くなっている大きな剣を担いでいる。
俺はカラカラになった口で何度も空気を肺に取り入れながら、それでも口を開く。
「……1つ」
「ん」
「カナデは、カナデはプリマと母ちゃんに会えるのか」
「……あの精霊とカグラか。ああ、そのつもりだ」
「そうか――」
(ジンギ、だめっ!)
前に進むと決めただろうがジンギ=セブンスター。
脚を止めるな、立ち止まるな。今脚を踏み出さないでいつ踏み込むんだ。
以前ミーシャが言っていた。俺たちのような弱者はいつまでも魔王の影におびえて生きていくと。
確かに、これだけの力を見せつけられればそれも仕方ないことだろう。こんな化け物相手に、俺のような凡庸がどう立ち向かえるのか。
俺は勇者じゃない。
こういう化け物にはその素質を持ったものが相手をするべきだ。背を向けるべきという選択肢が出る時点で、俺は勇者には絶対になれない。
だが、だが俺は――。
「……俺は勇者じゃねえよ」
「そうか、久方ぶりに現れた強敵だったのでな、つい勘違いをした」
「あんたみたいな化け物を倒すのは俺の役割じゃねえ。それは勇者の役割だ。俺はあんたとは戦えねえ、弱い俺はあんたみたいなのと戦うに値しないからだ」
「……」
「だがな、弱い俺でもな、倒すべきものは見据えている。俺が戦わなければならないのはいつだってその弱い自分だ! 逃げ出したくなるてめえをぶん殴って、それでも俺は前に立つ、脚を動かし続ける! その一歩を後悔しねえ!」
「――」
エンギの口角が上がった。笑われた。
だが関係ない。俺は俺の倒すべきものを見据えているだけだ。
「俺が勇者だと? ちげえよ。あんた知らないのか? どれだけの窮地にいようとも、どれだけの困難を目の前にしても、その背に縋られて、恐怖に怯えるてめえを殴り飛ばしてそれでも歩み続ける奴はな――」
「見事」
「ヒーローっつうんだよ! 『厳々神装』――」
「ジンギ駄目!」
(馬鹿ジンギ――)
俺はバックルからヴィを外し、カナデに投げつける。
あとは繋ぐぞ――。




