夜を被る魔王ちゃんとらしくない魔王面
私は盛大にうな垂れ、また厄介なことになっている現状に息を吐いた。
捕獲したピエロの腕と脚を踏み抜いて砕き、口と体に縄を巻いて動けなくしてギルドの外に放っておく。そして私は重い脚を引きずるようにしてギルドへ戻るのだが、案の定冒険者たちが騒いでおり、再度息を吐く。
「ヨリお姉ちゃん」
「ん、みんなの治療ありがとうねツキコ」
「はい、でも――」
冒険者たちは口々に報復を声にしており、ギルドを裏切ったギンさんへ怨嗟の言葉を放っていた。
そんな中、バッシュくんと彼が腕に巻いた包帯を抱えて呆然としているマクルールさんに目をやる。2人はその裏切り者に声を上げるでもなく、ただ深い悲しみを背負ったかのように顔を伏せており、どうしたらいいのかを思案しているようだった。
私は頭をかくとそっとギルドに夜を忍ばせる。
「ああもう面倒くさい」
「お姉ちゃん?」
私はツキコをそっと抱き寄せ、両手で彼女の耳をふさぐと、そのまま殺気を忍ばせた夜を解放する。
「――っ!」
バッシュくんもマクルールさんも、騒いでいた冒険者たちも私から解き放たれた夜に顔を引きつらせ、体を強張らせた。
「いきり立つのは別にいいけれど、この程度で尻込みするんなら首を突っ込むな」
冒険者たちの幾人かが私に対して敵意を向けたけれど、すでにいくつか設置した『銀姫に倣う夜の雫』がその冒険者たちを囲うと、彼らは口を閉ざした。
「その腰のものを引き抜きたいならご自由に。ただ全方向から放たれる体を焼く熱線をすべて躱し切れるのなら。っていう条件だけれどね」
腰の武器に手を伸ばしていた冒険者たちが手を震わせながら、そっと腕を武器から離していた。
「報復を考えるのは勝手だけれど、その程度の実力でどうにかできると思うなよ。君たちは街の復興にでも手を貸しておきな。これ以上首を突っ込むのならいたずらに命を散らせるだけだし、必要ないのなら私が今ここで刈り取ってあげるよ」
ツキコを抱く腕とは反対の手から鎌を夜から取り出し、ギルドにいる冒険者すべてに殺気を飛ばした。
歯を鳴らし、下唇を噛んで顔を伏せる冒険者たちに私は鼻を鳴らして鎌を消し、振り返ってツキコの手を引いて出口に向かって歩き出す。
もうこれ以上ここにいても意味はないだろう。私は彼らに背を向けてギルドを出ようとするのだけれど――。
「――ヨリちゃん」
「……」
マクルールさんの声に私は足を止め、振り返ってしまう。
今にも泣きだしそうな彼女の顔に、私は顔を歪めそうになるのだが、それをこらえながら彼女から視線を外し、そして目に入ったバッシュくんに、つい膨れた顔を見せてしまう。
見られてしまったからには仕方がない。彼にこのギルドをお願い。というような意思を込めて目をやり、今度こそツキコと一緒にギルドから外に出る。
「……」
ギルドを出て数歩、私は脚を止め、またしても盛大なため息をついてうな垂れる。
そんな私を見て、手を繋いでいたツキコ――ルナちゃんがクスクスと声を漏らした。
「リョカさん、向いていないみたいですよ」
「魔王なのになぁ」
少し離れたところに放ってあるピエロの縄に夜の縄を伸ばして引っ張りながら、私は薬巻きを取り出して火をともして煙を深く吸う。
「わたくしのお姉ちゃんは優しいですから」
「……ありがとう」
胸を張るツキコを抱き寄せ、そのまま頬を合わせるように引っ付き、私は前を見る。
「ギルドの皆さんが巻き込まれるわけにはいかないですものね」
「うん、それもそうなんだけれど、あとあの大馬鹿にこれ以上恨みを向けさせないために。かな」
「何か、言っていましたか?」
「……バカげたことを言っていたよ。あの人に使命なんてない、あるとするのなら願っていた未来を叶える努力を怠らないことだよ」
「う~ん? ――なるほど」
私と繋いでいた手から何かを読み取ったのか、ツキコが微笑んでいた。
「ミーシャたちの方も終わったかな、キサラギのお家に帰ろうか」
「はいっ、あっリョカさん、ミーシャさんにお説教お願いしますね。この間見たのよりひどくなっているので」
「またなんかやったのかあいつ」
「はいっ、テッカさんと一緒にお願いしますね」
月神様の笑顔の裏に、なんだかとんでもない怒りが見える。きっと無茶苦茶なことをして体を傷つけたか何かしたのだろう。
私はツキコの手を引き帰路へと着くのだった。




