聖女ちゃんと殴り合いエスコート
「ん――リョカが動いているわね。やっぱりギルド、落とされたのね」
「……みたいよ。あの2人は動いてほしくなかったみたいだけれど」
「リョカもルナも、変に信用しすぎなのよ」
「まあそう言うな。あいつらが経験した失敗は、自分以外を信じなかったから起きたことで、それを貫き通したらどうなるのかをわかっているから恐れてんのよ。だから都合よく他人を見ちゃうのよ」
ルナはともかくリョカにそんな失敗はなかったはずだけれど――それはいいわ。
今あたしたちはアヤメ、ガイルとテッカと一緒にギルドから少し離れた市場の方に脚を進めている。
しかし突然のシラヌイによる凶行にいたるところで火が上がり、戦闘に身を置いていなかった人々は悲鳴を上げて逃げ回っている。
あたしたちが向かっている市場の方からも住人たちが駆けてきていた。
あたしたちは住人たちを追うシラヌイたちを殴りながら進んでいるのだが、やはり数が多い。キサラギと比べると戦力差は明らかだろう。
ふとあたしは疑問を覚えた。
「そういえば、シラヌイって全部血縁なのかしら?」
「いやそれは……どうなのかしら? でもそれ以外は考えられないというか、というか一般の人間とそんなことしたら女神の目に引っかかるのよね、ということはやっぱり血縁としか――止めましょう、うん、考えなくてもいいような気がしてきたわ」
「――? テッカは知ってる?」
「……いや、昔もそうだったが、数だけはいた。どれだけ減らしてもまるでどこかの施設で作られているかのようにわらわらと湧いて出てきた」
「というかカナデの言い分だと、シラヌイ全員に臣下宣言か? そっちの方がやべぇだろ」
「あれ、そういえばそうね。なんでシラヌイ全員に女神の目が通らないのかしら」
「あんた把握してないの?」
「いやだから、シラヌイの情報は本当に何にもないのよ」
「しかたないわね、そういうことは得意じゃないけれどあたしが適当に聞いてみるわ」
「……誰にだ?」
テッカも妙なことを聞く。シラヌイのことを知りたいのだからシラヌイに聞くに決まっているだろう。
「そういえば、うじゃうじゃ湧いてくるシラヌイってまったく喋らないのよね。口を利けるのって、カグラと同程度の奴らかしらね」
「お前な」
「そう、例えば――その紋章が付いている奴、とかかしら?」
逃げ惑う人々の中にひと際鋭い殺気がちらほら、その中にはカグラと同じように手の甲に紋章がある人が1人、それ以外は表情が1つしかないのではと思えるほどに人離れした顔をした有象無象。
紋章をつけた男が手を叩きながらあたしたちに歩みを進めてきた。
こいつらはあたしが睨んでも気絶しない。だから殴るしかないんだけれど、どうにも殴った感覚も薄い。まるで人形を1人で叩いているようで、正直気も乗らない。
けれどこいつは血が通っている気がする。紋章付きなら多分あれも通じる。
「テッカ、周りはすべて倒しちゃっていいわ。あの紋章付きだけあたしに頂戴」
「それは構わんが、お前一体何をするつもりだ」
頭を抱えながらため息を吐くテッカがその場で、戦闘態勢に入った紋章のないシラヌイたちに意識を向けた。
あれで終わるだろう。あたしは紋章付きに目をやるのだけれど、そいつは薄く笑みを浮かべるだけで、どうにも気持ち悪い。
そんな紋章付きが口を開いた。
「いや~噂の聖女様がこんなに見目麗しい方だとは驚いたなぁ」
なんだこいつ。
「透き通るような肌、キリリとした勇ましい瞳、戦いに身を置く姿はケダモノなのにお口は小さい。素晴らしいね。君とはぜひ手を握り合って踊りあっていたい」
本当になんだこいつ。
口から放たれる言葉が一々癪に障る。褒めているのだろうか? まったく響かない。
あたしが心底不快さを顔に出していると、紋章の男が腰のホルダーにかかっている刃がむきだしの剣? にしては細く、短剣にしては長い。さらには刃は片方にしかないような剣に手を添えた。
「嗚呼、可憐な君に刃を立てることをどうか許しておくれ。私には私の使命がある、君の気持ちに向き合うことは出来ないんだよ」
「――?」
「本当に、すまないね――」
男が腰の剣を引き抜き、体の正面に剣を構えて刃先をあたしに向けながら飛び出してきた。
「『表不知火――汰魔由芽』」
単調な突き攻撃、その程度の攻撃あたしに届くわけもない。
そう高をくくっていたのもつかの間、あたしは嫌な予感に、防御姿勢をとった。
「っつ」
「ミーシャ!」
「ああなんということだ、その美しい肌に、私は何と罪深いことを」
油断した。
意味不明な言葉ばかり発するから雑魚とばかり思っていた。
急所は何とか逸らせた。けれどあたしの両腕からは血が流れており、あの一瞬、ただの一振りで複数攻撃されたような――そう、カナデの臣下宣言、あれをスキルも使わずに再現するようなのがシラヌイというわけか。
「九つの頭を持った龍か何かですねわかりま閃」
「なんて?」
アヤメが首を横に振った。
相変わらずこの子もよくわからない話をする。
「ああ、これを悲劇と呼ばずに何と呼ぶ。君と違った出会いをしていたのなら、こんな想いをしなくてもよかったのかもしれないのに」
いい加減耳に蛆がわく。
あたしは紋章の男を見据えたまま脚を進ませる。躊躇なんてないし、遠慮もない。確かに強い技かもしれないけれど、そんな程度に恐れるあたしでもない。
「ああ、私にそれほど焦がれてくれているのか。ああでも駄目だ、私たちは敵同士、あってはならない出会い、君の気持ちにこたえることは出来ないんだ」
紋章の男が先ほどのように剣を構えた。
しかし男の腕からジャラと音が鳴り、男がその音に目をやった。
男の腕には鎖が巻き付いており、その鎖はあたしの腕にもつながっている。
紋章の男が動揺した隙に、あたしは男の拳が届くほどの距離で正面に立ち、構えをとる。
「この鎖は――」
「あんたたち、加護は通らないんでしょ。だからこれはあんたとあたしの生命力、あたしの信仰を変換して互いに流し込んだ。これで対等」
「な、何を――?」
「『神格を縛る聖女の檻・素晴しき殴り合い銀河』」
あたしと紋章の男を中心に、周囲を白い靄のようなものが包んだ。それはまるで守護神・ルーファの女神特権のような大量の信仰で出来た盾のような気配であるが、その靄はすべて生命力で出来ており、加護だけを弾くシラヌイにも届く。
そもそもこの生命力はあたしと相手の生命力を使用しているから弾けるわけもない。
「なぜこんな」
「言ったでしょ、対等だって。ここでは加護も何もないわ、あるのは己の体と拳のみ。ギフトもなければスキルもない、女神の信仰だってない」
その靄の生命力は女神との繋がりを完全に断ち、この空間にいる間はどちらもただの人間だ。
ただ普段と異なる点を挙げるのなら、それは――。
あたしは拳を振り上げて男の顔面目掛けて拳を叩きつけた。
「ぐぇぇっ!」
男が殴られた衝撃で後退するが、あたしはすかさず鎖を引っ張り傍に寄せさらに殴りつける。
何度も何度も殴りつけ、男の顔の形も変わっていくのと同時に、腕に繋がれている鎖の男側の明かりが1つ、また1つと点滅して消えていく。
「やり返してきなさいよ、その明かりが消えた時、あんたの生命力がなくなるわよ」
「は――?」
生命力がなくなると聞いて焦った男が剣を振ろうとしたが、この距離ではそもそも剣など振らせるわけもなく、再度顔面を歪ませて紋章の男が思い切り後退した。
そして男が靄に背中を触れさせると――。
「がぁぁぁぁぁぁっ!」
激しい稲光と共にいくつかの連続した爆発が起き、男が体から煙を発すると、そのまま膝をついて白目をむいた。
「逃走は許さない、背を向けて逃げ出すことは死を意味すると思いなさい。ここであんたが選ぶのはあたしに殴り合いで勝利するか、あたしに殴り殺されるだけよ」
「――」
目を見開いた男が体を、瞳を震わせてあたしを見ていた。
「おい、どうしたのよ、さっきみたいにあたしのことをもっと口説いてみなさいよ」
「や、やめ――」
「止めない。ついでにあんたには聞きたいことがあるわ。殴り合いながらも口は動かしなさい」
あたしはそのまま男に飛び乗り組み敷いて、男の真上で嗤って見せる。
「ひっ」
「ああそうだ、言い忘れていたけれど――」
あたしは腕に絡まる鎖を振って、生命力の靄に当てると男側の明かりが再度点灯し、さらには紋章の男の傷がみるみる治っていく。
「え?」
「まだまだ始まったばかりよ、さあ――あたしと踊ってくださるのでしょう? 少々お転婆ですが、そこまで求められたのでしたらやぶさかではございませんわ」
「あ、あ、あぁ……ああ――ぎゃぁぁぁぁっ!」




