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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
6章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、新たな場所で目にする。

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魔王ちゃんと新しい場所

「ん、んぅ~」



 客室から甲板(・・・・・・)に出た僕は、大きく伸びをして、潮風と早朝の空気を肌で堪能する。



「おはよう、あんたは朝から元気ね」



「おはようミーシャ。ミーシャは……やっぱ辛い?」



 顔を青白くさせているミーシャなのだけれど、彼女は意外にも船が駄目な様で、ここ数日ずっと具合が悪かった。



「見たらわかるでしょう。二度と船には乗らないわ」



「まあまあ、今日中には着くみたいだし、そんな不機嫌にならないの」



 僕はミーシャの手を取ると、喝才からのリリードロップで彼女を癒す。

 帰りも愉快な船旅が待っているのだけれど、それを今言うのは酷だろう。と、僕はミーシャを癒しながら彼女の背中を押し、朝食をとるために部屋へと戻る。



 現在僕たちは聖都ラフィルから離れ、ラットフィルム領と呼ばれる幾つもの島で成り立つ領土に向かっている。



 事の発端はアルマリア=ノインツさんという僕たちがまだ会ったことのないギルド長から直々の依頼で、緊急の依頼ゆえに、急いでラットフィルム領まで来るようにとのことだった。



 船賃も準備費も全部ギルド持ちと言う破格の待遇だったけれど、それが逆にこの依頼への不信感を高め、僕とミーシャは一切気が抜けないままこうして船旅をしている。



「ほらミーシャ、ご飯を食べたら着替えようね」



「ん……リョカ水」



「はいはい」



 僕はミーシャに水を手渡すと、船員が持って来てくれた食事をとるためテーブルに着く。



「食欲ないわ」



「駄目。これから先いつ食べられるかわからないんだからちゃんと食べよう。ほら、今日は船員さんにお願いして、ミーシャのご飯は僕が作ったから」



「ん~」



 何度かの呼吸を繰り返し、ミーシャはスプーンで僕が作ったおかゆを口に運んだ。

 元々こっちにはなかった料理だったけれど、幼い頃体調を崩すことが多かったミーシャを見て、僕がグリムガント家にレシピを教えたところ、ミーシャと彼女の父親が大層おかゆを気に入り、今でも彼女が体調を崩すと僕がこれを作っている。



「ほら、ちゃんと卵もいれて栄養もあるから、それ食べて元気にいこう」



「ん~……」



 先に朝食を終えた僕はベッドに腰を下ろしてミーシャを見る。そうしてゆっくりだけれど、ちゃんと全部食べ切ったミーシャに手招きし、傍に来るように言うと、彼女は弱った体を引きずりながら傍に来て、僕の膝に頭を乗せて横になった。



「食べてすぐ寝ると胃液が胃を刺激するぞ~」



「……意味わかんない」



 ミーシャの頭を撫でてやると、彼女は気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 すると彼女が息を吐き、思案顔を浮かべた。



「どうかした?」



「ねえこの依頼、あんたはどう思う?」



「いや~な予感がしてるかなぁ。ガイルとテッカと一緒のギルド長からの依頼で、しかも緊急なんて言われたら、否応にも力が入る」



「でも受けるのね」



「嫌だった?」



「まさか。この船旅がなかったら、あたしはあんたより喜んでいたわよ」



 相変わらず青白いままだけれど、好戦的に嗤いながらミーシャが言った。

 どんどんと聖女から離れて行っている気がするけれど、彼女の根拠のない自信には僕も力を貰える。



「多分だけれど、ガイルたちも一緒にいるんでしょう? 今度こそぶん殴るわ」



「協力するかもしれないんだから、穏便にいこうねぇ」



 膝の上で鼻息を鳴らすミーシャの目にかかった前髪を横にずらし、少しだけ考えてみる。



 アルマリア=ノインツ、マナさんに聞いたところ年齢は25才の女性、二十歳の時に実力が認められ、ゼプテン冒険者ギルドのギルドマスターに抜擢された実力者。

 ガイルとテッカも彼女の実力を認めており、ぜプテンでは度々3人パーティーで依頼を受けているとのこと。



 ギルドマスター自らが依頼を受けるのかと不思議だったけれど、マナさん曰く書類仕事や運営よりも、体を動かす方が向いているらしく、むしろ彼女がギルドにいると邪魔らしい。



「一体どんな人なんだろうね?」



「さあ? とりあえず出合い頭に3回チャージ? パンチをぶちかますわ」



「ああうん、ミーシャの手は縛っておくからね」



 聖女パンチという語呂を嫌がっていたミーシャに、チャージパンチという言葉を教えたところ、それを気に入って使うようになった。

 もっとも周りは相変わらず聖女パンチと呼んでおり、その認識を覆すのは難しいだろうけれど、彼女は誰かにそう呼ばれても気にはしないと言っており、ただただ格好良い技名が欲しいだけなのである。



「さっ、ミーシャもそろそろ着替えな。せっかく僕がデザインしたんだから、大事に着てよね」



「はいはい、でも聖女っぽくないんだけれどあの服」



「ミーシャっぽくはあるでしょう? それにそんなこと言ったら、僕のこの服だって魔王っぽくないでしょう」



 ミーシャから貰った服を相変わらず着ているのだけれど、この服を着ているとリリードロップの効果がすこぶる良くなる。

 僕は回復術師ではないのだけれど、それでも戦術が広まったことは素直に嬉しい。



 けれど心配しているのは、この服、どうにも信仰を増幅と言うか、ルナちゃんへの信仰が直に僕に流れ込んでいる気がする。

 元々聖女の祈りと言うのは、朝祈りをすることで、祈った相手、つまり主――ルナちゃんが1人1人に信仰を授けているのだけれど、この服はそのルナちゃんから渡されるという工程をすっ飛ばしている。



 ではそれの何が問題かと言うと、今現在僕は女神さまを通しておらず、多分世界に僕とミーシャの信仰が記録されているということになる。

 これはつまり、聖女としての祈りの質ではなく、個人における信仰の質というのが力の源になっている。

 早い話、ミーシャも僕も、聖女でありながら勇者のような力を持っているということである。



 これがミーシャだけであるのなら全く問題ないのだけれど、いかんせん僕は魔王だ。正直手に余るし、何度かルナちゃんにコンタクトを計ろうとしたけれど現れてくれず、ミーシャに返そうと思っても嫌な顔をされる。



「なんだか最近魔王とは違う怪物になっている気がするよ」



「あたしを見習いなさいよね」



「どの口が言うの? っと、そう言えばミーシャ、ルナちゃんからまた何か貰ったの?」



 ふと僕は着替えを始めたミーシャに目をやるんだけれど、彼女の首に掛かっていたネックレスが前と違う形状になっていることに気が付く。



「いいえ、どうして?」



「いや、ネックレスが」



「ネックレス? 何これ、形が変わっているわね」



 僕のネックレスと違い、ミーシャのネックレスにはなんの飾りもなかった。けれど今、獣の爪のような装飾が付けられており、2人で首を傾げる。



「……というか、どうして僕のネックレスと形が違うんだろうね? 一緒でも別にいいわけでしょう」



「知らないわよ。でも……うん、何かしらこれ、変な感じがするわ。リリードロップ――」



 信仰を拳に込めたミーシャだったけれど、いつもと変わらないように見える。

 けれど彼女はそう言う感覚はないらしく、拳を何度も閉じたり開いたりしていた。



「これ、ルナの信仰じゃない」



「は?」



「あたしの肌には合ってるみたいだけれど、ルナからの力じゃない。もっと荒い感じ」



 ふと僕は、以前プリマが話していたことを思い出す。



「信仰合戦にルナちゃんが負けちゃったのかなぁ」



「まあいいわ別に。やることは変わらないし」



 多少は気にしてほしいけれど、今さらミーシャが聞くとは思えず、僕は諦めて着替え終わったミーシャを見る。



「うん、やっぱり似合っているね」



「動きやすいわ。でも足の露出多くない?」



「健康的で似合ってるよ」



 黒のハーフパンツと膝まであるブーツに、白のワイシャツ、ブレザーにネクタイ、脚までの黒のロングコートという中二病のような恰好をしているけれど、ミーシャにはよく似合っており、可愛いより格好良く、どう見ても聖女には見えない。



「ちょっとこれ吸ってみて」



「これ、先生が作った薬でしょう? あたしどこも悪くないわよ」



「今思い出したんだけれど、これ気分が晴れるから船酔いにも効くと思うよ」



 渋々と言う感じに、薬巻を受け取ったミーシャがそれを口に咥えて、僕は火を点けてあげる。



 そうして煙を口に含み、それを吐き出した彼女に、僕は口元を手で覆い膝を折る。



「……あによ?」



「ん゛ん゛ん゛――もうこの世界での推しはミーシャです!」



 今まで色々考えていたけれど、それを吹き飛ばすほど見た目の良いミーシャに、ついに僕は折れた。

 やはり僕の幼馴染が格好良い。



「あっそ、よくわからないけれど、喜んでくれたようで何よりだわ。確かに楽になったけれど、この煙は美味しくないわ」



「僕としては常備してほしいけれど、こういうこともあるかもだから、先生に薬はもらっておこうね」



 頷く幼馴染に満足していると、部屋の外の人々が慌ただしく動き出したのがわかる。



「そろそろ着くみたいだね、それじゃあ降りる準備をしようか」



 僕たちは荷物を纏め、ラットフィルム領へと足を踏み入れる準備を始める。



 話にしか聞いたことのない場所だけれど、どこにいようともこの聖女様と一緒なら、大抵のことは出来るような気がしている。

 心配がないと言えば嘘になるけれど、僕は僕の幼馴染を信じて足を踏み出そうと思う。



 踵が鳴らすのは福音――その言葉を胸に、僕はミーシャの手を握ると、一緒に部屋から飛び出すのだった。

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