夜を被る魔王ちゃん、夜の雫を銀に倣う
「ツキコ、これ、どう思う?」
「……今まで幻に徹していたシラヌイが途端に姿を現した。考えられることはもう幻でいる意味をなくした、もしくはやっと目的を達成し得るだけの力を得た。あたりでしょうか」
私とツキコが早足でギルドへ向かっている最中、私たちを追う影はなく、そのシラヌイが街中で一斉にその火を上げた。
理由は判明していない。していないが、あっちサイドでどんな変化があったかは推測できる。
というより、今までなかった変化なんて1つしかない。
「カナデかな」
「カナデさんですか?」
「うん、だって今までなかったものはカナデでしょ? シラヌイにカナデが戻ってきたタイミングで行動に移したんだから、それ以外ないんじゃないかな」
「それは――」
カナデの何を以て特別だとしたのか、それはわからない。けれど向こうで起きた変化なんてそれくらいだろう。
ならば今はジンギくんをさっさと呼び戻すのが良いのだろうけど――チラとツキコを覗くと、片耳に手を当て、そして首を横に振った。
「駄目です、ヴィヴィラ、返事がきません」
「……向こうでも何かあったかなぁ」
私が頭をかいていると、ツキコが控えめな表情で見上げてきており、彼女の頭を撫でてあげる。
「リョカさん」
「ん~?」
「……ギルドの方は」
「どうだろうね、動いたのかもしれないし、動いていないのかもしれない。私は動いていてほしくはないけれど、正直、状況から察するに彼は動かざるを得ないよ」
「どうして――」
私は顔を歪める。
エンギ=シラヌイ、あれはシラヌイという名で人を縛る。
逆らわないんじゃない。逆らえないんだ。
だから多分、彼は、ギンさんは――。
「――っ、リョカさん!」
そう考えこんでいるとツキコの叫ぶような声が聞こえ、私は顔を上げた。
するとギルドの方から炎が上がっており、私はもう一度顔を伏せた。
しかしそうやって顔を伏せると、通り道の路地から足が飛び出しており、私は首を傾げてその路地に脚を進めた。
「バッシュくん! ツキコ――」
「はいっ、『光あれ月よあれ』」
バッシュくんの胸元に入れられた傷がツキコのスキルで消えていく。
しかしその傷が消える直前、私は少し違和感を覚えていた。
と、そんな考えが頭を過った途端、バッシュくんが咳き込みながら意識を戻した。
私はそのまま彼の頭を抱き寄せ、頭を撫でてやる。
「よかった」
「う、あ? なんかやわらか――ってヨリかっ!」
「この非常事態に何を堪能してるの君は」
「い、いやちが――ってそうじゃない! ギンさんが――っつ」
立ち上がろうとしたバッシュくんだったけれど、まだ痛む箇所があるのか苦痛の表情を浮かべた。
「わかってる。今ギルドに向かっているところ、火が上がってるみたいだからね」
「すぐに行かねぇと」
私とツキコでバッシュくんを支えながらギルドへと脚を進ませるのだが、私たちがギルドにたどり着いたとき、ちょうど出入り口からギンさんと両腕の長いピエロみたいな風貌のカマキリちっく男が出てきた。
「あいつ……」
「おやおやお~やおや、生きていらっしゃいましたか。それに――」
ピエロの目が私たちに向けられているけれど、私もツキコも、ギンさんしか見ていなかった。
「……どうしてですか?」
「これが俺たちの使命なんだ」
「あなたは――っ」
ツキコが拳を握り締め、叫ぼうとしたがそれを飲み込み顔を伏せた。
月神様も私と同じように彼を信じると決めたのだ、でもそれは……。
「ギンさん! あんたギルドに何をしたっ! ギルドには、ギルドには、あんたの――」
「……リンノスケ、あの2人、特に黒髪の方には注意しろ。A級冒険者では到達できないほどの高みにいる」
「それはそれはそれはそれは――う~ん、いいですね~」
値踏みするような湿っぽい視線、リンノスケと呼ばれたピエロ男だが、正直見た目も雰囲気も気持ちが悪く、私は2人を睨み上げた。
「ああ、ああ、ああっ、ああっ! なんと、なんと甘美な……私を蔑む極上の殺気、許されるのであればこの場で服を脱ぎ去り、あなたの前で裸体をさらして絶頂に酔いしれたい――」
出入口を塞いでいる2人が邪魔だ、ギルドから出てきたということはすでに暴れた後だろう。さっさとツキコを向かわせて治療をしたい。
私はすでに夜の帳に覆われた空から夜を流し、2人の上空で夜を降らせる。
「ヨリお嬢ちゃん、すまないが我々には――」
「『夜凪ぎかしこみ月之歌』」
月を焦がれるあまり涙を流すように、その夜のしずくは自らの存在の否定と肯定を繰り返し、ギンさんとピエロに降り注ぐまでに何度もその姿を変えた。
「これは……リンノスケ、避けろ――」
「加護は通さないらしいね、特に目に見えないスキルなんかは一切効果がない。でも物理的に発生した衝撃や体に影響のある物質的な攻撃なら効くんでしょ? では質問だ、夜に紛れたそれは本当に夜かな?」
夜の涙が変えた姿は私に、僕に馴染みのある銀色の球体。
「『銀姫に倣う夜の雫』」
月の光を覆った夜があふれ出た雫を否定し続けてついには熱量を持った光を放つまでになった。
エレノーラの視界を変えることで別の者に見せると言うスキルと似たものであるけれど、このスキルは夜の正体不明を逆手にとって、正体不明に変えてしまう。実物である。
ギンさんとピエロ目掛けて発射された黒色の光線、しかし光線などと言ってはいるけれど、それは熱量を持った夜であり、シラヌイに当たって夜は消えても熱は消えない。肌を焼くほどの熱線を防ぐ手立てを彼らは持っていない。
大量の黒線が降り注ぐと同時に、彼らは飛び出してやっとギルドの出入り口からどいてくれた。
「ツキコ、バッシュくん、みんなの治療お願い」
「俺も――」
「バッシュくん、お願い」
「……わかった」
ツキコとバッシュくんがギルドに入るのを見届け、私は2人を睨みつけた。