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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
44章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、動き出す蜃の炎を見うる。
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大地に縛るひよっこくん、踏み込む道を誤る

「あ~クソ、ほんとにとんでもない集団だな。追いかけるので精いっぱいだったぜ」



 日中、ミーシャとガイルさん、テッカさんとアヤメって言ったかな? その中に混じって依頼に出向いてみたが、やはりというかわかってはいたが実力に差がありすぎる。

 くたくたの体を引きずり、報告のためギルドへ向かっている最中、俺は今日一日を振り返っていた。



 あの日、俺たちはテッカさんと戦って勝利したものの、実際現場であの人の戦いぶりを見ていると、本気じゃなかったとは思わないが、殺せる相手(・・・・・)への躊躇がまるでない。

 俺たちは殺せない相手(・・・・・・)だったことが本当身に染みる。



 でも一番ヤバいのはやっぱりミーシャだな。思考も思想も何もかもが戦うことだけに向けられている。

 他の聖女に会ったことはないが、少なくとも拳で評価されるギフトではないだろう。だがあの聖女はその拳で評価させている。むしろ評価しないと殺すと絶対的な自信に首根っこを掴まれている。つまり脅迫されているような、圧倒的な信頼(・・)がある。



「……あんくらいにならないと、あのちびっこは見向きもしてくれないのかね」



 最近は、頭の中が随分と俗世に染まってしまった。

 色恋沙汰なんてレンゲの反応だけで腹いっぱいだったが、なるほどどうして、いざ当事者になってみるといくら腹に詰め込んでも満たされない。

 あのレンゲが、いつも何かに追われるようにコークへ心をぶつけている理由がわかった気がした。



 どうかしちまった。その通りなのだろう。

 俺自身、初めての経験だからまだまだ理解が及んでいない。



「もうちっと強くなりたいなぁ。せめて、あの聖女に一泡吹かせられたら、もうちょっと触れられるのにな」



 基本的に俺は流されて生きている。

 冒険者になったのだって幼馴染のコークがやりたいと言ったからだ。

 10年前のあの日、家族も何もかも失いコークと一緒に孤児院に引き取られてから、俺は深く考えることをやめたような気がする。



 だが、最近はどうにもその頭を酷使しているから、妙に感覚が鋭くなった。

 人の気配や強者の気配、顔色や呼吸の長さ、筋肉の動き、そんなものばかり目に映るようになった。



 まあもっとも、その最近芽生えた技能も女の子1人見るためにしか使われていないのが情けない話なのだが。



 ヨリフォース、彼女はそう名乗って突如俺たちのいるギルドに入り込んできた。



 最初の印象は小さな女の子が無理してギルドに入ってきたんだ、きっとそうしないと生きていけない可哀そうな子なのだろう。と、誰もが、そして俺も思っていた。

 しかしいざ蓋を開けてみれば、しょっぱな薬草採取でアンバイルキッドの首を一瞬で落とし、同行していた冒険者、ギルドの中堅、上級が一斉に驚き、あのマクルールの姉さんですら扱いに困ると悩んでいたほどだ。



 そしてどんな気まぐれか、彼女は俺たちのパーティーに参入した。



 今だからわかるが、どれだけ注意深く観察しても彼女の実力が測れない。奥底にあると言うか、深淵をのぞき込んでいるというか、出会った頃は面倒見てやるかなんて思っていた自分を殴りたいほどには、彼女は強い。



 それを顕著に自覚したのは、やはりあの金糖果での一件だろう。

 あれ以来、彼女は実力をあまり隠さなくなった。

 まだまだ隠していることは多そうだが、少なくとも強者であることは隠さなくなった。



 一体、なぜ俺はあんなとんでもなく先にいる幼子――色気もなければ、子どもっぽい顔もよく見せる。それによくわからないことも言うし……普通に考えたらお近づきにならないほうが無難だろう。



 でも、違う。

 あいつを初めて目で追ったのは、それこそ一番最初、ウルドレイクが現れた時――。



「……綺麗、だったんだよな」



 あの時、あの場所で、レンゲの頬を通った銀貨。あいつも随分と驚いていたが、その時の驚愕はレンゲ以上だったのではないだろうか。



 銀貨を弾き、勝気に笑いながら指を鳴らすその姿に、俺は目を奪われた。

 色気もないちんちくりんのガキが放っていい色香ではなかった。



 それから俺は、興味のないふりをしながらも必死で彼女を追っていた。



「なんなんだろうなぁ」



 バッシュさんはパーティーのお兄さん的存在だ。なんて気取ってはいるが、頭の中はまだまだガキのままなのだろう。

 この感情は何なのだろう。いや、わかっている。わからないふりをしている。口に出せば羞恥が全力疾走してくる。だから口には出さない。否、心で想うことすらも見て見ぬふり。



 だから今はまだ、わからない(・・・・・)



 本当にあの子は不思議な子だ。

 綺麗だ色香があるだの口にしたが、多分そうではない。



 あの子はきっと、見た目も喋り方も佇まいも戦い方も――。



「可愛い。んだろうなぁ」



 俺は深くため息を吐き、うな垂れて歩みを進める。

 まさか意味わからないと思っていた彼女の言葉をはっきりと理解できるとは思ってもみなかった。



 だが、その可愛いを俺は心底崇拝しているらしい。



「――」



 何度目かになるため息を吐き、俺はやっと見えてきたギルドに目をやった。



「――?」



 すると、今日は新人たちの教育に出ていたギンさんがギルドを通り過ぎて路地に入っていくのが見えた。

 俺は首を傾げて彼を追いかけた。

 どこか張り詰めたような顔、何か問題でも起きたのだろうか――。



「……何の用だ」



「お~やおやおや、随分な反応ですね~私悲しくなってきましたシクシク」



「用件を」



 誰だあいつ、ギルドにあんな奴はいない。

 俺は気配を消し、注意深くギンさんと一緒にいる男を観察する。



 真っ白なおしろいを顔が白くなるほど塗っており、目元や口元を墨でなぞっており、鼻には真っ赤な何かをつけている。そして何より腕が異様に長く、サジほどある男の身長と同じくらいの長さだった。



「――真の火を打ち上げろ(・・・・・・・・・)



「――っ! ばかな! まだ何も――」



「いいえ、手に入ったのですよ。あれこそが真の火(・・・)だと」



「……」



「さあ、お頭の悲願、あなたも喜びなさい」



 恍惚な表情で大げさに体と腕を振るう男、ギンさんは男を前に伏せていた顔を上げ、小さくうなずいた。



「あなたにはそのためにここにいてもらっていたのです。役目を果たしてくださいね」



「……ああ」



「我々に比べて随分と劣りますが、群れられると面倒です。まずはここ――ギルドから火を上げなさい」



「――っ」



 馬鹿野郎が、浮かれていたか。首を突っ込むなと再三言われていただろうが。

 俺は奥歯を鳴らし、ゆっくりと後退する。



 しかし――。



「がっ!」



「なにかが紛れ込んでいますよ」



 音もなく伸びてきた腕に首を掴まれ、俺はそのままギンさんと男の視界にさらされた。



「バッシュ」



「おや、お知り合いでしたか。ならば都合がいいですね、ここはわたくしめが――」



 首を掴まれ、意識が朦朧としてくる。止めを刺される。こんなところで。

 しかし頬に風が奔ったかと思うと、突然男の腕が肘から切り落とされた。



「おやおやおや、なんのつもりですか?」



 いつのまにか構えたのか、ギンさんの手には円形の刃物が両手に握られており、いつ斬ったのか男の腕を切り落としていた。



「……俺の役目、ではなかったのか?」



「これは失礼しました。私としたことが、つい歓喜に震え、役目を忘れてしまうところでした。ギン、やはりあなたは優秀ですね~」



 ギンさんがゆっくりとした足取りで、地面に放り出された俺に近づいてくる。

 スキルなら届くだろうか――。



「っつ、アークコア――」



「我々にそれは届かない」



 かかるはずの重力を無視して、俺に刃を向けるギンさん。

 何をやっているだこいつは――俺の前だけならまだいい。だが、そんな面をコーク、それにあの人(・・・)に向けるつもりなら、俺は容赦しない。



「ギンさん! あんたギルドには、マクルールの姉さんだって――」



「――」



「……あっ、う――」



 じんわりと体から流れる液体、俺は呆けた顔でギンさんに目をやった。

 霞む視界に、揺れる意識。



 どうして、どうしてあんたが、そんな顔をして刃を振るうのか。

 俺はわからないまま、背を向けてこの場から立ち去る背中を最後に、意識を手放していくのだった。

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