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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
44章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、動き出す蜃の炎を見うる。
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夜を被る魔王ちゃんと事実との乖離

「リッカさんのナデナデはふわふわします」



「気に入っていただけて良かったです。しかしリーンから聞いてはいたのですが、女神さまがこれほど可憐な方だったとは、この国の認識も改めなければなりませんね」



「アヤメちゃんも可愛いですものね」



「ええ、神獣様。この国の女神様であるあの方は人には厳しく、そしてこの国の人々は彼女の気まぐれによっていかされている。と、言われていますね」



「気まぐれなところはありますけれど、気分で人を害すような子ではないですよ。むしろ結構人好きですよね?」



「アヤメは人が好きですよ。そもそも獣は一度甘やかされるとそれを覚えちゃって、人から離れなくなりますから」



 稽古場でお茶をすすり、私がお土産で持ってきた羊羹をつつきながらリッカさんとあらあらうふふと和んでいる。

 あちこちには動かなくなったシラヌイたちが散乱しており、私たちはまるでそれらが見えていないかのように振舞いながら談笑を続けていた。



「アヤメちゃん、どうしてそんな風に言われるようになっちゃったんです?」



「本人がそう言われてかっこいいと調子に乗ったのと、そもそもこの世界にいなかった時に全部言われ始めた逸話なので、あの子一切かかわっていないのですよ」



「リーンからちらと聞いたことがあります。神獣様が甘えを許さない。というのも実は逆で、甘えを許さないと言われ始めたから甘えを許さなくなったとか」



「アヤメちゃん適当なところありますよね」



「そう言われていた方が格好いい。と、帰ってきて女神としての逸話が増えていても全く気にせず、そのまま放置していましたからね」



 それでこの国では神獣様が極端に畏敬の念を持たれているのか。むしろ何もないのに勝手に生まれた女神像をここまで浸透させている神獣様、実はすごくないだろうか。



「あんな可愛いのに」



「最近は特に可愛くなりましたよね。ミーシャさんのおかげです」



「本当に姉妹みたいですものね。けれど実際問題、アヤメさんはこの国のことをどう思っているのでしょうか。かぐらなど本当に迷惑だったのではないですか?」



「あれもアヤメがいない間に勝手に起きて、アヤメがいない間に勝手に鎮火した文化ですからね。どうも何もそもそも存在すら忘れていると思いますよ」



「……ルナちゃんたち世代がお仕事重視になる理由もちょっとわかるかも」



「そうなのですよ、本当に一番上はなんっっっにもしない世代なんですよ。見てるだけ」



 ここにはいない神獣様のだらけた顔を思い出し、私は火をつけた薬巻きの煙を宙で遊ばせる。

 こうやって接するといい女神様なのだけれど、馴染んでくると本当にダラダラしてばかり、あれが素の性格なのだろうとすぐに察することが出来たけれど、聞いていた逸話と合致しないことが多くとなんだか妙な感覚だったんだよなぁ。



「かぐらの世代――その時代の人々からしたらたまったものではないのでしょうけれど、いざ実態を知ってしまうと何とも滑稽に映りますね」



「その時の記録って残っているんですか? というか女神さまに頼らざるを得ないほどそんなにひどい状態だったんですか」



「リーンに聞いた話だと、この辺りは特に飢饉がひどく、作物もほとんど育たなかったそうですよ」



 さっきからちょくちょくお母さまが入ってくるな。

 いつの時代の人間だあの人。



「ええ、当時は人の魂とギフトの紐づけが甘かった時代で、人の魂が大量に転生を繰り返していた時代だったのですよ。故に人口が爆発的に増え、大地も休みなく酷使され枯れ、ついには大きな飢饉が起きてしまった。そんな背景がありますね」



「……ねえルナちゃん、それかぐらがアヤメちゃんに届いたとしてもアヤメちゃん1人で何ともならなかったんじゃない?」



「はい、なので実際にこの国の大地に活力を戻したのはラムダとテッドですよ」



「アヤメちゃん何もしてないじゃん!」



「本来なら女神が他の国に手を出すことはテルネが認めてくれないのですが、あの時代のテルネは常に死んだ目をして毎日寝不足でしたからね、正常な判断が出来なかったのと、ちょくちょく送られてくるかぐらでの人々への対応にテルネがブチギレて、それをラムダがなだめて結局新米だったテッドを連れて大地を復活させたのですよ」



 テルネちゃん可哀そうすぎる。

 ルナちゃんがついでに。と、それらすべてが終わったころにアヤメが陽気に帰ってきて、またテルネがブチギレたという話もあります。と、懐かしそうに語っていた。



「……この国は結局、どなた様に感謝すればよいのでしょうね」



「神獣様の聖女があんなのだし、加護にあった事象の女神さまに感謝を告げればいいのではないですか? そして最後には、これらの女神さまを国に引き合わせてくれた神獣様に感謝しますとでもやっておけばあのケミ耳も喜ぶんじゃないですか?」



「それは良い考えですね。今度からベルギルマではそういう感じに女神さまへの感謝を伝えることにします」



 まさに多神教の始まりっぽいが、まあ別に変なことにはならないだろう。



 私がとりあえず納得しているとリッカさんが切なそうな顔をしていた。



「リーンからかぐらで捧げられた人々は女神さまが回収してくれたと聞いてはいたのですが、それでも自身の生まれ故郷に帰るという者も一定はいたようで……」



「それは……」



 帰ったところで。という結末だろうな。



「はい、わたくしたちが知っている中でもそういう人々はいました。けれどその後ひどい迫害に遭い、それどころか身近な者たちが直々に――ということもあったようです。そこまで行くとわたくしたち女神は手が出せなかったので、歯がゆい想いをしていた女神もいましたね」



「何とも勝手な話だね」



「女神の傲慢、なんて評する人もいるくらいですから」



 ルナちゃんが顔を伏せてしまったから、私は彼女を抱き寄せてあやしてあげる。

 すると屋敷の入り口の方からいくつかの気配を覚える。



「あら、やっと帰ってきましたか」



「まったく男衆には困ったものですね」



 私とリッカさんでお茶をすすると、大きな足音を鳴らしてガンジュウロウさんが稽古場に飛び込んできた。



「リッカ! 無事かっ――」



 稽古場にガンジュウロウさんが足を踏み入れた瞬間、先代キサラギ当主様は一瞬顔を引きつらせ、動きを止めているシラヌイの面々に目をやったのが見えた。



「あなたっ、怖かったわぁ」



「えっ?」



「えっ。とは?」



「あっいや、その……」



 顔を逸らして滝のように脂汗を流しているガンジュウロウさんに、私も笑みを向ける。



「こんなか弱い乙女を置いて、皆様はどちらにいらっしゃったのですか」



「乙女――?」



 一々反応するガンジュウロウさんの頬に空気を弾いた弾と夜の先の正体不明(やいば)が掠めていった。



「あなた?」



「……」



 リッカさんに腕を掴まれたガンジュウロウさんの顔がどんどん青白くなっていくのを横目に、私とルナちゃんはため息をついてお茶をすするのだった。

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