夜を被る魔王ちゃん、騒がず焦らず的確に
「ん~?」
「リョカさん?」
「また派手にやってるな。もうちょっと慎ましやかに動けないものかね」
「竜が飛んでいきましたね」
シパシパする目をこすり、私はキサラギの稽古場で目を開けた。
昨夜からずっと夜を生物に変化させてあちこちに放っていたけれど、やはりこんな時間までやっていれば集中力が切れる。
夜たちはそのまま維持させ、私は大きく伸びをした。
「気分転換にご飯を作ったけれど、それだけじゃ足りないね」
「大丈夫ですか?」
今は月神様の姿でいるルナちゃんが、胡坐をかいている私の膝の上に乗ってきて上目遣いで気遣ってくれている。
私はそのまま彼女を抱き寄せ、ルナちゃんの頭に鼻を押し付けて思い切り息を吸い込む。
「きゃぁ~」
「ルナちゃんの可愛さでやる気十分ですよ~」
そうやって月神様を可愛がっていると、稽古場の入り口から人の気配、私はそちらに意識をやるとリッカさんがお茶と茶菓子を持って微笑んでいた。
「本当に仲がいいのですね。うちは女の子がレンゲしかいなかったから、そういうことをしてこなかったのですよね。私もたくさん触れたり撫でたりしたかったのですが」
リッカさんがそう言って私の隣に腰を下ろし、お茶を手渡してくれた。
私はルナちゃんと顔を見合わすと、月神様が私から離れ、リッカさんにバッと手を広げたポーズをとったのを見て、笑い声を漏らす。
「まあっ、よろしいのですか?」
「はい、ばっちこいですよぅ」
リッカさんがルナちゃんをフワとした手つきで抱き寄せ、まさに絹を抱くように、花を愛でるようにルナちゃんを撫で始めた。
「わふ」
「ルナさんは暖かいですね。いつの間にか子はあんなに大きくなってしまって、終ぞ腕の中で揺らすことも出来ませんでしたが、少し夢が叶いました」
「今からでも遅くないのでは? レンゲちゃんはこうして甘やかされるの、好きそうですよ」
「それはいいことを聞きました。次に帰ってきたときにでも提案してみます。ところでリョカさん――」
相変わらず撫でる手は優し気。しかしリッカさんの瞳が一瞬鋭くなり、屋敷の外に意識をやっているようだった。
「……今日は随分と静かですね。他のキサラギの方はどうしましたか?」
「それがうちの旦那ったらひどいのですよ。何か様子がおかしいと門下の者を連れて街の見回りに出ていったのですけれど、屋敷は私とリョカさんがいるから大丈夫だろう。なんて」
「あ~それはひどいですね。こんなか弱い女の子たちを残していったい何が大丈夫なのでしょうね?」
「ええ、昔はどんな困難な状況でも私を背に隠し、絶対に守ってやるなんて格好つけていたものなのですけれど」
わざとらしく肩を落として、艶めかしく吐息を漏らしたリッカさんだったが、彼女の言う通り、今この屋敷にはここにいる3人とあとは給仕の者たちだけらしく、普段より人が少ない。
少ないと言えば今日は朝から足りないものがもう1つ。
最近は鬱陶しいほどにミーシャたちやキサラギにまとわりついていた火の姿がなかった。
しかしどういうことか、盛ったキャンプファイヤーのように轟轟と鳴らす気配がこの屋敷を囲っている。
今はまだ日中なのだから火なんて危ないだけだろう。ましてやキャンプファイヤーなんてこんな時間にやっても情緒も何もない。
「男の人にはいつまでも格好つけていてもらいたいですよね。しっかし、まだ火をともすには随分と明るいですね」
「ええ、まったくです――」
リッカさんがため息をついたと同時に、稽古場の襖を破って数人が飛び出してきた。リッカさんはそちらには目も向けずに、近づいてきたおよそシラヌイの刺客たちにその指を弾いた。
一瞬の破裂音ののち、飛び込んできた刺客たちは一瞬で頭を打ち抜かれ、技を繰り出す暇もなく飛んで行った。
そして私がお茶に手を伸ばして一息つくと、蹴破られた襖からよろよろとした刺客が数人現れ、そのまま倒れ込むのを横目に映す。
「こんな天気のいい日に夜に脚を突っ込むから」
「火を上げたかったのでしょうね」
「ああ、確かに夜なら火もよく映える」
リッカさんがおもむろに自身の指先に息を吹きかけ、何もないはずの指を弾いた。
しかしその指は空気を穿ち、銃弾にも劣らないほどの質量を以って次々湧いてくる刺客たちの眉間を打ち抜いていった。あれ指弾かな? とぐろ弟はこっちだったか。
私たちは終始のんびりとした空気感で、わらわらと湧いて出てくる刺客たちを再起不能にしていくのだった。




