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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
43章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、しばしの休息。
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箱庭の不知火さんと世界を拒絶する破壊の不知火

「……」



 私は両手いっぱいに持たされた紙袋に入った雑貨その他可愛らしい品々に目を落とし、先ほどまでことあるたびに撫でられていた頭に意識をやった。

 何とも暖かな時間だった。



 ケダモノの聖女、その人柄は聞いていたよりもずっと清廉で優しく、誰よりも私という存在をまっすぐに見つめてくれていた。

 あの方が私の宝――カナデと一緒にいてくれたのだと思うと安心に頬が緩む。



 けれどそれと同時に、あのような方たちだからこそ早急にカナデを連れてこの国から出て行ってもらいたくなる。

 ミーシャさんは私のことも――なんて考えをお持ちのようだったけれど、それはきっと叶わない。



「……」



 私はそっと自分の手の甲に目を落とし、そこに刻まれた炎が連なる意味を持つ紋章を見つめる。



「……私には、もう、自由なんて――」



 箱庭の中でなら、私は幾分もマシに動き回れる。けれどそれは所詮、あの男の手のひらの上でしかない。こうやって視線をかいくぐってテッカ様やミーシャさんに会うことは出来る。でもそれだけだ。

 私には何もできない。あの男はそれがわかっているのだ。



 だからせめて、カナデもテッカ様もミーシャさんも、金色炎さんも未だ見ぬ銀色の姫君も、そして女神さまも――あの男に目を付けられる前に、生きてこの国から出てほしいと願うことしかできない。



 ミーシャさんから頂いた紙袋に改めて目をやる。

 女性らしい小物や服、私が今まで接してこなかった普通の人の、普通の幸せの形――誰もが手を伸ばせば得られるものを、私は今日初めて手にした。



 この当たり前を身にまとったら、彼はどんな顔をしてくれるのだろうか。

 私の初めての感情――あの時、あの場所で、幼かったあの子とカナデを抱く私、刻印(・・)だけは刻まないようにとあの子を連れて逃げ出したあの日、風が、私を救ってくれた最速の風が、頬を撫でた。



 周りには敵しかいない。そう思っていた、けれどあの日、私は敵だったその人に守られた。

 言葉を交わすことはしなかった。

 カナデを置き去りにしてからもずっと考えていた。

 なぜ、どうして――。



 カナデのことを考えない日はなかった。それと同じくらいずっとずっと焦がれていた。

 あの子は元気にやっているのか、どうして助けてくれたのか。

 あの子にも友だちが出来たのだろうか。私たちは殺しあう定めではなかったのか。

 あの子は普通の幸せを知ることが出来たのか。私を見る目がそれほどまでに優しかったのはなぜ。



 答えの出ない問いを何度も何度も繰り返し、宝と憧憬に思いを馳せた。



 だからなのだろうか――あの男からカナデが戻ってきたと教えられた時、その理由も何もかもを飛び越して安堵してしまったのは、生きていたということが何よりも喜ばしかった。

 そしてあの子を捜そうとあちこちを駆け回っている最中、風を感じてしまい、あの人に接触してしまったことで、私の中で何もかもが、想像の中でだけだった普通の私に色が付いた。

 想像(ゆめ)(げんじつ)になった。



 こんな私でも、夢を見ることが出来た。

 あの子と、あの人と……。



 頬に朱がさすのがわかる。

 体は熱を持ち、心がぼんやりと浮つく。



 紙袋をぎゅっと抱きしめる。



 このまま、この微睡みをいつまでも感じていたい――でも。



 突如あたりの気温が上がった気がした。

 いや、凍えるほどの恐怖(・・)、しかしてそれは確かに炎の中にある。



「カグラ――」



「……」



 ふと顔を上げると、そこには元凶であり、私が最も恨むべき災厄であり、私の父親であり、そしてカナデの――。



 その男と連なるいくつもの炎、我らがシラヌイの根底を成す力を持った者たち。

 私はただ、彼らをにらみつけ、紙袋を守るように抱きしめる。



「この世は歪んでいる。人も、神も――そうは思わんか、カグラ」



「……」



「俺に喰らいつくか。それもまた良し」



 斬ることを目的とした先端が半円を描いている巨大な剣を肩に担ぐ大男、金色炎の勇者様よりも大きく、巨人を彷彿とさせるほどに圧倒的な存在感。

 この世界のあらゆる加護を弾いているのか、常に男の体の周辺ではパチパチと火花が舞っており、世界を、女神さまを拒否した唯一無二。



「ここ最近、どうにも羽虫どもが嗅ぎまわっているようだな」



「――」



「まあいい。俺には届かないだろう」



 あまりにも不遜なその絶対までの自信。

 いやそうではない。事実そうなのだ。



 早く、早くカナデを見つけ出し、みんなを――。



「カグラ」



「――っ」



 手の甲が疼く。

 私はもう侵されている。逃れられない手枷――カナデにはまだ刻まれていない。あの子……弟も魂にまでは届いていない。

 けれど私はもう、この箱庭から出ることも叶わない。



あれ(・・)は最高傑作だ」



「――っ自分の……」



 私は下唇を噛み、ただただにらみ上げる。

 そして理解した。これは最終勧告なのだろう。好き放題動き回る時間はもう終わったのだと、これ以上好き勝手にするのならカナデを箱庭に押し込むと言っているのだろう。



 私は顔を伏せ、静かにうなずいた。



「さあ、我らの炎が幻と消える(・・・・・)前に、この世界に滅び(ほのお)をあげよう」



「……」



「我らはシラヌイ――夢現の炎」

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