夜を被る魔王ちゃんとミニデート
「ほれヨリ」
「……うん、ありがと――」
依頼達成の報告もせずに、僕とツキコとバッシュくんで街を散策中。
その途中、市場の一角にある屋台では氷菓……というより、果物や木の実を使っている辺りジェラードに近いだろうか。そんな氷菓子を売っている屋台の前で、バッシュくんがその氷菓子の入った木製の容器を手渡してきたのだけれど。
彼は僕が手を伸ばすとさっとそれを避け、爽やかなニヤケ顔でわざとらしく考え込むような仕草をした。
「トルコのアイス屋か!」
「それはちとわかんないけど、これじゃあ面白味もないからな。お前の菓子を食べたうえで、ここの氷菓子ならお前にも勧められるんだが……」
つまり美味しいということだろう。それならさっさとくれればいいのに、と、僕が軽く彼を睨むと、バッシュくんは木製の小さな匙にアイスを乗せ、それを僕の口元に近づけてきた。
「ん」
「――」
もう恥ずかしがらないぞ。僕はこれでも彼の二回り以上生きている。こんなことでコロッと行くほどチョロくない。
「ほれ」
「……」
あっ駄目だ。あっちでもこっちでも、同い年にこんなことされたことなかったわ。
「余裕面が崩れてるぞ。さてはお前、こういうことあんまされてないな? モテそうなのにな」
「ば、馬鹿言っちゃいけないよ。そりゃあもう国に帰れば僕だってモテモテだし――」
「さっきから思ってたんだが、一人称変わってるぞ」
「あ――」
「隙あり」
僕が驚きに口を開けてしまうと、そこにアイスを放り込まれた。
フルーツ、ベリー系だろうか。よく完熟した酸味より甘みがはっきりと感じられる口当たりに、あとからナッツ系の香ばしさが追いかけてくる。
確かにおいしい。
喉を鳴らしてアイスを飲み込むと、すぐに彼がもう一口寄こしてきて、僕はそれを再度口で受け取るのだけれど、どうにもアイスがすぐに溶けてしまう。
顔が赤くなっている。
「全部食べさせたほうが良いか?」
「……自分で食べるから」
「そうかい? ほれ」
随分と呆気なくアイスの容器を手放すバッシュくんに、どういうわけか頬を膨らませてしまい、彼から容器を受け取った僕は、彼からもらったアイスとは別の味のアイスを今度は自分で口に運んだ。
これは家で売り出しても売れるかもしれない。
そんなことを考えていると、バッシュくんに肩を叩かれ、振り返った僕に彼が口を開けて待っていた。
「――っ」
「そっちの味、食べたことないんだよ。一口くれよ」
「ああもうっ」
バッシュくんに匙に乗せたアイスを口に運ぼうとするのだけれど、突然腕を引っ張られ、それは目の前にきたツキコに取られてしまった。
「……ツキコ、お前にも氷菓子やっただろ?」
「これだけは譲れませ~ん」
がっちりと僕をガードするツキコに、バッシュくんは苦笑いを浮かべ、そっとツキコを横にずらした。そして僕が食べようとしたアイスを横からかすめ取るように――。
「あいたたたたた、頭いた! というか誰!」
と、突然バッシュくんが頭を抱え始めた。
この感覚、神託か? すこしだけ感度を伸ばしてみると、どこか聞き覚えのある複数の声が信仰乗って聞こえてきた。
「ランファちゃんとスピカ、フィムちゃんまで――というか見てるのかあの子ら」
「フィリアム、よくやりました。これからもバンバンやっちゃっていいです」
女神様的にそれは大分まずいのではないだろうか。
私はため息をつき、頭を支えているバッシュくんに手を差し出す。
「ほらっ、案内してくれるんでしょ。エスコートよろ」
「……冷静になりやがって。もうちょっと見てたかったんだがな」
「私を動揺させるにはまだまだ精進が必要だね」
「おう、次の機会までにはもうちょっと磨いておくぜ。そんじゃあバッシュさんのおすすめを案内してやるから、楽しんでくれな」
「うん、それじゃあよろしくね」
終始バッシュくんの空気だったけれど、神託の驚きで全部ふっとんじゃった。
まあこういう休日も悪くはないと、ミーシャに出会わないことを祈りつつ、私は今日1日は彼に付き合うことを決めるのだった。