夜を被る魔王ちゃん、不意打ちを食らう
「ふぃ~、終わった終わった。やっぱお嬢さん方と一緒だと楽できるな」
「その割には随分頑張ってくれてたね。もっと楽してくれていてもよかったんだよ」
「サボってたら無理難題押し付けてくんだろうよお前さんは。いい性格しているのはもうわかっているからな」
「人聞きの悪い。こんなにも妹を甘やかしている美少女が性格悪いわけないでしょ」
「きゃぁ~」
私とツキコ、バッシュくんが受けた依頼を片付け、今はシートを敷いて昼食タイム。
依頼は今の彼らでは簡単な討伐以来であり、正直バッシュくん1人でも十分なものであった。フワップペントンの討伐で、大量に増えたハムスターの様な魔物を退治するものだった。
この間までは4人いても撤退一択だったのに、今ではあの時の焦りようはなくバッシュくんの重力操作で簡単につぶしていた。
もちろん、私とツキコでフワップペントンを誘導はしたけれど、集まったハムずに止めを刺したのはバッシュくんだ。思った以上の成長が見られて私もかかわった甲斐があったというものだ。
「よく言うぜ。俺の見立てでは、お前さんは心情的に出来る出来ないじゃなくて、能力的にこのくらいはできるからここまでなら大丈夫だっていう予測で追い詰めるとみているぜ。人の心を汲んだふりして能力でしかものを見ない、外面のいい詐欺師みたいな奴だろうに」
「……なんでそんなひどいこと言うん」
「褒めてんだよ。それができる奴は稀だからな」
一切褒められた気のしない評価に私がジト目を向けると、バッシュくんがからからと笑い、私が作ったサンドウイッチを口に運び、上機嫌で空いた手をツキコに伸ばして撫で始める。
「商人……とも違うな。最初はでかい商家の娘だと思ってたけど、在り方がだいぶ違う。根っこにあるのは自分の力を信じて疑わないやつのそれで、それにさらに商人のような、詐欺師のような、はたまた信心深い信者のような、そんなもので蓋をしている」
「なに、私のことを知りたいの?」
「そりゃあな」
悪意を持って聞いているわけではないと思う。現に敵意は見られないし、むしろ好意的な声色ですらある。
この子、意外と鋭いんだよなぁ。正直今バッシュくんが言った私のついての考察、思うところはあるし、間違っているわけでもない。
「お前隠し事多すぎなんだよ」
「秘密は乙女をさらに可愛くするんだよ――」
「ミーシャ=グリムガントたちとお前知り合いだろ。いや、よくわかんないこと言うんだが、お前のことは知っているはずなのに、顔は知らなかったみたいだな? そうじゃなきゃあの時戦いはしなかっただろ」
「……今日は随分と突っかかってくるじゃん」
疑いの目を向けられているのだろうかと、私は少しだけ声のトーンを下げて言うと、バッシュくんが姿勢を正して私に体を向けてきた。
「お前は、このまま俺たちとずっとパーティーを組むわけじゃないだろ」
「……そう、だね」
「何の目的でここにいるのかはわからないし、俺たちと一緒になったのも多分偶然だ」
どこか微笑んでいるバッシュくんに私が首を傾げていると、膝の上のツキコがクスクスと笑っており、この月神様は彼の意図が理解できるようだ。
「あ~その、なんだ、感謝してんだわ。レンゲのことも、サジのことも、それにコークも俺も――礼を言いたいのによ、俺たちはお前のことなんも知らねえんだよ」
「……」
これはつまり――こうやって興味を持ってもらうことは初めてかな。しかも私は今彼らに根本的な嘘をついているから、出来るだけ情報は出さないようにしていた。
だからなのか、バッシュくんは挑発気味に聞き出そうとしていたのかな? 正攻法じゃ聞き出せないと思わせてしまった。
これは、うん、私が悪い。
「お前さ、なんだか突然いなくなりそうでな。こういう機会じゃないと話もしてくれないだろ」
「……そんな不義理なことはしないよ。ちゃんとお別れは言うさ」
「言ったな? できればそうしてくれ。レンゲなんて多分泣くぞ」
「それは困るね。うん、約束する。まあまだ目的も達していないし、しばらくはいるつもりだけどね」
「目的って――ギンさんが関わってるのか」
「……」
本当に鋭いなぁ。気づかれた素振りは見えていない。結構うまくやっていると自負していた。
「心配すんな、コークもレンゲも、ギンさんも気が付いてないよ。でもお前、ギンさんと話すとき、普通にしすぎなんだよ。ギルドの連中だってアホじゃない。上位の何人かはギンさんの実力が読めないことに懐疑的だ。それなのに実力者であるお前は、まるであの人が何か知っているかのように普通なんだよ」
「ありゃ、ギルドもギンさんに不信感を持っていたんだ?」
「不信感っつうかな、あの人もお前と同じで隠し事が多いからな。頼りにはしているし、裏切るとも思ってはいない。でも俺たちとは違うってことはわかっているってだけだ」
すこしリックバックのギルドを甘く見ていたか。
しかしギルド上位陣が知っていることをあのひよっこだったこの子は察していたのか。
力をつけすぎたかな。
「最初はキサラギかと考えてたんだけどな、レンゲの感じからそうじゃないっぽいし、そもそもスキルを使っているところも見たことないからな」
「……バッシュくん」
「ん~?」
「それ、本人の前で言わないようにね」
「弁えているさ」
「それならいいよ。まあギンさんが関わっているというか、私はあの人が関わっていないに賭けたからね。これ以上ギンさんを詮索はしないさ」
「ふ~ん」
「彼は良い人だからね。だからこの選択をした以上、もし何かが起きたら私が解決するさ」
「そういうことね。で、正体はわかってるのか?」
「わかってるよ、でも教えない。知る必要もないからね。いや、そもそも君たちが彼らについて知っているはずもないのか。火の影は君たちにとってはただの明かりだからね」
「わかったわかった、これ以上聞かないよ。で、お前のことは教えてくれるのかい?」
「――知りたきゃ自分で知りな」
「なるほど。うしっ」
バッシュくんが立ち上がるから、私は小首を傾げるのだけれど、彼が手を取って引っ張ってきたからそのまま立ち上がり、そのまま手を繋いで街のほうへと彼は足を向けた。
「そんじゃあ付き合え。あっ、ツキコは先に帰るか?」
「絶対帰らないですよっ! お姉ちゃんは死守するのです」
「しゃあねえ一緒に行くか」
バッシュくんの意図がわからぬまま、私は引っ張られるがままに彼の背について歩く。
ツキコが不機嫌なことからこれは――。
「――」
私はそれに気が付き顔を赤らめてしまう。
「なんだよ随分かわいい顔できるじゃんか」
「……僕はいつも可愛いですぅ。このロリコンめ」
不意打ち過ぎてつい顔に出してしまったけれど、今後はこんなふうに油断することはないと宣言しておこう。
バッシュくんがこういうタイプとは測れていなかったからこうなっただけで、それがわかったのなら僕にミスはない。
よっしゃばっちこい! もう不意打ちも効かないぞ。
僕はそんな決意を抱いて、手を繋いだままバッシュくんを追い越すのだった。




