聖女ちゃんとキサラギの裏ボス
「……」
「……」
「……」
大の大人2人が正座させられている光景を、あたしとアヤメ、ガイルが眺めている。
昨日の戦いが終わり、さっき朝食をとってリョカを見送ったのだけれど、テッカがいつまで経っても来なかったから、アヤメとガイルと一緒に捜しに来た先で見つけた光景がこれだ。
「あ~……テッカの母ちゃん、だよな? 昨日は言い忘れてたんだが、その、随分と様変わりしたというか、なんだ、うん」
「あらガイルさん、おはようございます。テッカはあなたの下で良くやっていましたか?」
「ああうん、相棒としてよくやってくれてたぜ」
「そうですか。私もやっとまともにスキルが使えるようになりましたから、体の調子がいいのですよ」
「体の調子っつうか、若返っていないか?」
確かに、聞いた話だとテッカの母親は50を超えた方だと聞いていた。しかし実物は20代の女性にしか見えず、あたしも首を傾げているのだけれど、アヤメがため息をついたのを見て、この子の言葉を待つ。
「リッカは、あれだ。呼吸法での若作りが――」
「神獣様?」
「あっはいすみません。もともと若い方でした」
アヤメに向けられた鋭い殺気、実力だけならガンジュウロウよりも上だろう。
それと聞いた話だと昔はリーンおばさんと行動を共にしていたとか、ゆえの実力者なのだろう。
「ミーシャちゃん、昨日は挨拶も出来ずにごめんなさいね。ちょっと優先すべきことがあったから」
「それなら仕方がないわ。存分にやりなさい」
テッカが非難の目を向けてきたけれど知らんぷり。そもそもこうやって叱られているのはレンゲたちについてのことだろうし、あたしが口を出す義理はない。
「昔のリーンと話しているみたい。それよりもシャーラは元気ですか? あの腹黒に嫁いでから交流が少なくなったので」
「母さん? ええ、いつも呆けているわよ」
「……ああ、相変わらず目に――いえ、そうでしたか」
「? うちの家とも交流があったのね」
「ええ、シャーラは妹みたいなものですから。でもまさかあの子の子がこうして私の下にいるのも感慨深いですね。あの子、基本的に甘えん坊でしょう。だから来るのを待っているといつまでも来ないのですよ。お前が来い。があの子のモットーでしたから」
あたしの母親は一体どんな風にみられているのかしら。
まああまり自分のことを話す人でもないし、聞かせなかったってことは知る必要もなかったということだろう。
リッカがクスクスと声を漏らし、改めて指を弾きながらテッカとガンジュウロウに近づく背中を横目に、アヤメに目をやる。
聞かなくてもこの子は自分で話し出すでしょう。
「……え? 何それ知らん。シャーラはシャーラだよな? あいつは確か、あの3人組が旅している途中、喫茶で出会った村娘、それをレッヘンバッハが見初めて――違うの?」
「さあ、どうだったでしょうか」
振り返ったリッカが相変わらず微笑んでおり、その指をガンジュウロウの脳天に弾いた。
「ぐわぁぁぁっ!」
「お、親父……」
正座しながら地面に埋まるガンジュウロウが涙目になっており、隣のテッカが体を震わせていた。
「り、リッカ、そろそろ許してもらえると」
「あら、ご自分の娘と息子には言の葉を紡がなかったのに、命乞いは随分と饒舌なのですね」
「ひぇっ」
「……お袋、こんなんだったのか」
「あなたには伏せっている姿しか見せたことがありませんでしたものね、これが母の本性ですよ。テッカがこんなに口下手に育った原因は私にもあります。今から正しますので、そのつもりで」
「……はい」
強い。
彼女からは歴戦の戦士の気配がする。アルフォースやバイツロンドとも違う。でも強者の匂い。それも特大の、人間の強者だ。
あたしはつい、チリと殺気を漏らしてしまう。
「――っ」
「人の戦いをそぎ落とした荒々しい殺気、暗殺者には向かないけれど強者の風格はある」
まるで刃の洞窟を全裸で歩かされている鋭い殺気、動いたら刺されるような感覚に脚が、体が動かない。
リッカの口が空気を吸うようにゆっくりと動いた。
その動作を目に留めて頭で記憶した時にはもう、彼女の指が目前に迫っていた。
「――ッ!」
上体を後ろの逸らして倒れ掛かるように地面に手を置き、そのまま回転して体勢を整えるのだけれど、リッカが指を弾くとそれは衝撃となって眼前を通り過ぎてキサラギの家の塀が粉々に吹き飛んで行った。
リッカの攻撃を躱したあたしはそのまま四つん這いになって牙をむき出しにする。避けたはずなのに頬から血が流れる。
全身から戦闘圧を放ち、バチバチと圧を鳴らす。
しかしリッカはふっと体から圧を消し、微笑みを浮かべてあたしの頭に手を置いた。
「お見事です。これ、初見殺しなんですよ。ミーシャちゃんは強いですね、うちにほしいくらい」
「……あんたがいれば十分でしょ。攻撃されたのに、いつまで経っても避けた感覚が薄いのは初めてよ」
「無意識に体が動いたのですね。あなたは獣でありながら、その体に戦いを常においているのですね。武人が目指す道の1つです。そのまま獣でいるのもいいですけれど、人であることは忘れないようにしてくださいね」
「心に留めておくわ」
今のあたしたちのやり取りを見て、さらに震えを強くするテッカとガンジュウロウのそばで指を鳴らして2人を見ているリッカを横目に、あたしはため息をついた。
「……ありゃあつええな」
「ええ、あんたならどう戦う?」
「最高火力をぶち込むしかねえだろ。俺もお前もそれしかできねえし」
「そうね。ああいう戦いする奴は正直骨だわ」
「それなぁ」
「まあ仕方がないわよ。年季が違うし、母様の下にいたから厄介ごとが常に舞い込んでいたからな。あの親子、2人揃ってトラブルメーカーなのよね」
「強化のスキルかぁ? 全然挙動を追えなかった」
「『風喰』っていう呼吸の長さや深さ、頻度によって強化する部位と威力を変えるスキルよ。使い勝手が悪いというか、使いこなすのに半端ない労力を有するというか、超上級者向けのギフトね。でもその分強力よ。しかもリッカはその腕一本で荒くれ者たちを跪かせてきたからな、スキルの扱いに関して言うのならリョカ並みだ」
リョカ並みにスキルの扱いが長けていて、アルフォース並みに武に通じている。当たり前のように強いわけね。
「俺も強化のギフトほしいんだよなぁ。なあアヤメ」
「無理よ」
「……いやではなく無理とは?」
「だってあんた、別にもう1つギフトを得られる権利はあるけれど、ランドのせいでみんな尻込みしちゃっているのよ。あの太陽神に誰も絡まれたくないの」
「お前なら大丈夫だろ! なあ頼むよアヤメぇ」
「いやよ面倒くさい。お前は女神からの恩恵を期待しないほうが良いわよ、それだけ面倒を抱えているんだもの。強くなりたいのならもうリョカに頼りなさいよ」
「俺勇者、あいつ魔王」
「今さらでしょうが。相談するだけしてみたら? ヒナは気にしないだろうけれど、あいつはクレインにしか興味ないしなぁ。だから女神では力になれないわ」
「なんで俺勇者なのに女神の祝福が受けられないんだよ。最近では俺の力、ほとんど魔王の力だぞ」
「セルネよりマシでしょ」
そうしてうな垂れるガイルをあたしは眺めるけれど、あたしに出来ることは特にないし、そろそろあたしたちは部屋に……いや、少し街にでも繰り出すか。
リョカから聞いた話ではカナデは今、ジンギと一緒にいるみたいだからそれを探しつつ、1つのことが解決できたから少しだけ羽を伸ばそう。
「ガイル、ちょっと付き合いなさい」
「んあ? どこ行くんだ」
「街。ジンギが捕まるかもしれないでしょ」
「なるほど――じゃあテッカ、俺たちもう行くからごゆっくりな」
「お前ら、助けろ――」
「テッカ?」
「んぐ、いや、その」
リッカに睨まれたテッカを置いて、あたしたちは屋敷から出るのだった。