魔王ちゃんと家族問題一区切り
「は~レンゲちゃんかわよ」
「……お前」
まるで化け物でも見るかのようなアヤメちゃんからの目線を受ける僕――はい、魔王です。
酒と肴と菓子を囲んで絶賛上映会を開いている僕たちは、テッカが負けを認め、レンゲちゃんの本心を聞いたところで、改めてキサラギ一家と不器用な風切りについて話しているところだ。
そんなレンゲちゃんをじっと見ていたアルマリアが、少し涙ぐんでおり、こういう状況に思うところがあるのだろうと彼女が口を開くのを待つ。
「レンゲさん、ずっと頑張ってきたんですねぇ。この家、というかテッカさんもですけれど、ガンジュウロウおじさんもうちの父と同じように武術アホですからね、基本的に父親に向いていないんですよぅ」
「……アルマリア、そういうことは言うものではなりませんよ」
ロイさんが深いため息をつき、僕と同じようにそっと背後に意識をやる。
まあアルマリアの言い分もわからなくはない。そもそもこう大きな家で、さらに特殊な家柄、そしてリッカさんとレンゲちゃんとサジくんの母親の2人の妻。
特殊な環境だからあまり強くは言えないけれど、聞いた感じだとガンジュウロウさんはリッカさんにつきっきりだったようだ。
背後でミシミシ音が鳴っていることには無視するとして、僕はそっとロイさんに目をやった。
「私はテッカの気持ち、わかりますけれどね」
「え~、エレがグレますよぅ?」
「……私は、成功したとは自信を持って言えませんが、男ですからね、ここまで来た道のりを誤ったとは思いたくはないのですよ」
「う~んぅ?」
「ああ……」
「私たちはここまで間違っていない。だから正しい道を進んでいる。だから、大事な人にも進んでほしい――どこに道を伸ばしてくれてもいい。ですが道だけは私たちに作らせてくれ。こんなところでしょうか」
どこまでも勝手だ。でも、その勝手が優しさでもある。それ以外の道を知らないんだから、知っている道をたどってくれたほうが良い。そうすれば失敗しない。
これは覚えがある。僕――私のことではないけれど、私を育ててくれた人たちは確かにそんな感じだった。その道を進んだ結果、あのざまなんだけれどね。
「親って言うのはよくわからねぇわ。俺、物心ついた時には親いなかったしな」
「え、そうなの?」
「言ってなかったか? 両親はとっくに死んじまってる」
「――」
するとロイさんがそっとガイルの頭に手を伸ばしたのが見えた。
「おいやめろ」
しかしガイルに手を払われてしまったロイさんが、行き場をなくしたその手を見た後、アルマリアを撫で始めた。
このパパ魔王は誰のお父さんにもなろうとするな。
「しっかしテッカとレンゲはよく似てるな。素直じゃねえところとか、ああやって爆発させるまでため込むところ、暗殺者なんてやってると、口が付いていることを忘れちまうのかね」
「基本的に喋っちゃダメなことが多いからねぇ。でもこれ見る限り、アルマリアが言うようにテッカも父親適性が薄いね。これを機にもうちょっと人を汲んだ生き方をしてくれるといいんだけれどね」
「お前に言われるとは、テッカも可哀そうにな」
「あんだとコラ」
失礼なことを言うガイルに膝打ちしていると、アヤメちゃんが呆れたような顔を僕たちに向けてきた。
「そういうお前らも向いてないでしょ」
「それは自覚してる。俺が誰の親やって、誰の旦那になれるっつうんだよ。戦いについて来られねえ奴はそもそも却下だ」
「それは……ほとんど無理なのではないでしょうか? わたくし、人の恋や愛などに闘争は必要ないと思いますよ」
「じゃあ無理だ――あ、そうだ。リョカもらってくれや」
「やだよ。うんな雑なプロポーズがあってたまるか」
「ミーシャさんに殺されますよぅ」
ルナちゃんにポコポコされているガイルを横目に、僕は改めて今の戦いを思い出していた。
バッシュくんとサジくんはスキルに関しては言うことなし、でもやっぱりああいう格上の相手にはどうしても戦闘の技術が必要になってくる。
コークくんとレンゲちゃんは割と早い段階でテッカの臣下宣言を防いだけれど、決定打がまだまだ足りていない。
きっと4人とも自分の課題に関しては自覚できたんじゃないだろうか。
「しかしリョカ、お前の臣下宣言どうなっているのよ。テッカのあれは――」
「レンゲちゃんが言っていた通り意識の先行なんでしょ。脚を止めている間に思考したままの時間を張り付ける。随分とテッカ向きのスキルでしょ」
「俺も改めてテッカと一回戦っておかねぇとな」
「あっ、私が先ですよぅ。ぼっこぼこにしてやるんですから」
「今、あの時みたいに3人でかかってこられたら勝てるかわからないですね」
「その時はあたしがサポートに入るよ。あたしもルナとアヤメみたいにスキル使ってみたいし」
女神さまも交えた企画を考えてもいいかもしれない。
カナデを連れて帰ってからまた少し考えてみようかな。
そして僕は屋敷にかけていた絶界を解き、僕とルナちゃんに改めて眩惑の魔王オーラを使用する。
私はヨリに、ルナちゃんはツキコになったところで、内包していた世界が割れ、テッカ、それにレンゲちゃんとコークくん、バッシュくんとサジくんの姿が正面に現れた。
「本当にどうなって――ってあんたら、なに宴会してんだ?」
「おうお疲れ、中々に見ごたえがあったぜ」
「しかも見てたのかよ」
「お酒の肴にされてたみたい」
バッシュくんとサジくんがジトっとした目を向けてきているが、私たちはそれを躱し、奥にいるテッカと、彼にそっと起こしてもらっているレンゲちゃんに目をやった。
レンゲちゃんは鼻を鳴らしながら袖で目を拭っており、赤くはれた目元と鼻をした顔で、頬を膨らませていた。
するとレンゲちゃんとサジくんが驚いたような顔をして私たちの背後を見ていることに気が付く。
さっきからそうなのだけれど、今の戦いをこの2人も見ていた。
しかし勝気に鼻を鳴らした我らのリーダー、コークくんがレンゲちゃんの手をつかむと、バッシュくんもまたサジくんの手を引いて屋敷の出口へと足を進めた。
「うん? コーク、バッシュ?」
「あ~――それじゃあそろそろ口だしますね」
テッカが首を傾げて2人を見るのだけれど、コークくんが胸を張ってレンゲちゃんを抱き寄せた。
「ちょ、ちょっとコーク――」
「色々言いたいことも言えた。確執もそれなりになくなった。それはそれとして、レンゲはもらっていきますね」
「……は?」
「――」
バッシュくんが笑いをこらえながらサジくんの背中をバシバシ叩いており、当のレンゲちゃんは顔を真っ赤にしてまるで石になったかのようにぎこちなく体の動きを止めており、テッカは額に青筋を浮かべ、背後にいる2人――その内のガンジュウロウさんもまた、静かに殺気を放ち始めた。
「……コーク、そこまでは認めてない」
「え? でもレンゲにはパーティーにいてもらわないと困る――」
「そうだよなぁコーク、お前が一生レンゲの面倒見んだもんなぁ」
「え、ああ、うん?」
喉をくつくつと鳴らし、笑みを浮かべるバッシュくんがサジくんの肩に手を伸ばして、ポンポンとしていた。
あの子も相当いい性格しているな。
でもその言葉に、キサラギのお兄ちゃんとお父さんが待ったをかける。
2人揃ってさっきよりも鋭い殺気を纏わせて、並んでコークくんに向かって歩き出した。
大人げないにもほどがある。
しかし――。
「『百華』」
背後にいたもう1人――リッカ=キサラギさんがキサラギ現当主と先代当主の背後に一息で移動し、その首筋に指を添えた。
「え――」
「はっ――」
「『荒音萌煉』」
リッカさんが見た目では一度指を弾いたのだけれど、耳に入る音はまるでバースト射撃のような複数回響く射撃音。
キサラギトップ2人が成す術もなく吹き飛んでいき、屋敷の塀に頭を突っ込んで、そのまま動きを止めた。
呆然とする面々をよそに、リッカさんがレンゲちゃんとサジくんに近づいていき、2人の頭をそっと撫でた。
「あぅ、その、奥様――」
「ん~? 私、レンゲとサジのことをスミレさんから任されていますのよ? 生みの親にはなれないし、育ての親にもなれていなかったけれど、これから先、どんなことがあっても味方でいるつもりよ。奥様、なんて呼ばれるのは少し寂しいですね。ママとか」
「え~っと」
リッカさんに圧倒されているレンゲちゃんたちだったけれど、私は一つ気になったことがあり、改めてリッカさんをまじまじと見る。
あの人、なんか若返ってない?
1日ほど目を離しただけでだいぶ血色がよくなって、しかもどう見ても20代にしか見えない可憐な女性になっていた。
するとサジくんがおずおずとリッカさんに向かって口を開いた。
「えっと、ま、ママ?」
「はい、ママですよ。サジは本当に素直でいい子ですね。それで――」
リッカさんがジィ~っとレンゲちゃんに詰めると、彼女は顔を赤らめて、顔をそらし口先を尖らせながらも口を開いた。
「ま、ママ――」
「も~、本当に2人は可愛いわ。テッカはまったく可愛げがないから、私、子どもをこうやって甘やかしたかったのです」
レンゲちゃんとサジくんの2人を抱きしめるリッカさんに、当の2人は顔を見合わせて、照れたようにはにかんでいた。
そんなリッカさんが2人を抱きしめながら次にコークくんとバッシュくんに目をやる。
「コークさんとバッシュさん」
「は、はいっ」
「うっす!」
さっきの超絶首ピンを見たからか、コークくんもバッシュくんもどこか緊張した様子でリッカさんに応えていた。
「2人と仲良くしてくれて本当にありがとうね。コークさんもバッシュさんも、またキサラギの屋敷に遊びに来てください。病気で伏せっていた私は、若いあなたたちの顔を見られるだけで、嬉しいのですよ」
そう言うリッカさんに、コークくんとバッシュくんが顔を見合わせて頷き、そしてリッカさんの目を見て大きく返事をした。
頼りになるお母さんだ。あそこで壁尻している野郎どもとはカリスマ性が違う。
「うっし、お~いヨリ、ツキコ、俺たち先に帰るけど」
「私たちは片付けしていくけど……後でギルドで食事を用意するからお腹空かせておいてね」
「わかった。俺はちょっと寝る」
「バッシュさんもそうするわ。さすがに疲れた」
「……ヨリ――あ~っとその、え~っと、ああもう、後ででいいわ。あとでね!」
「俺もゆっくりしよぅ。お姉ちゃんちゃんと着替えてお風呂にも入ってね」
4人の背中を見送っていると、奥からミーシャが歩んできて肩をすくませた。
「及第点」
「判定厳しいなぁ。頑張ってたでしょ」
「それはそれ。よ。結局あんたの武器頼りだったじゃない」
「持ちうるものをすべて使って得た勝利でしょ。あの子たちは立派だったよ」
「でもまだあたしと戦うには――」
「おい俺の聖女様よ、自分と戦わせるために後続を育てたっつうRPG中盤で味方がボスになるムーブ止めてくれや」
「最序盤で、まだまだだなって言って仲間になるニヒルな奴ですね」
「あんたたちわかる言葉で話しなさいよ」
私たちの目的はまだ解決できていないけれど、1つの懸念が解決されて私は満足だ。
今日からまた、シラヌイに専念できるだろうし、ジンギくんとカナデのことについては追々どうにかするとして、とりあえず今日得ることのできた安寧に身をゆだねるべきだろう。
私は大きく伸びをして、このリックバックの街に意識を伸ばすのだった。