風穿つ獣ちゃん、最速不動に挑む
「サジ、バッシュ……」
ミーシャに担がれていった2人に目をやっていると、コークがあたしの前に立って小さく意識を寄せてきた。
「レンゲ、今の見えたか」
「……見えるもなにも、テッカ=キサラギは動いていない」
「お前にもそう見えたか。だが実際バッシュもサジも切られている。あれなんだ本当」
短剣を構えてこちらの様子を窺っているテッカに、あたしは奥歯をかみしめる。
遠い、あたしの記憶の中のあいつよりもずっと強くなっている。しかも使ったスキルは聞いたことも見たこともないもので、多分……。
きっと何の考えもなしに、ただの善意で力を与えただろう見たこともない魔王にあたしはため息をつく。
「どうした、来ないのか?」
「……あたしは」
「ん?」
「あんたを絶対に許さない」
「――そうか」
突然帰ってきて、今さらなんなんだ。
自分だけ外に出て、望んでもいないことを押し付けて、自分だけは他国でよろしくやって――本当に腹立つ。
「裏如月――」
「レンゲ!」
コークの制止の声を振り切って、あたしは飛び出した。
1から4までのスキルを重ね掛け、それと同時に腕が悲鳴を上げるから、ミーシャに教わった硬化の術で腕を壊さないようにしつつ、テッカへと切りかかる。
「『連弁喝坊』」
テッカとの間合いを瞬時に詰め、強化が最高潮に達したところで短剣を振るい、防御態勢をとったテッカの武器とあたしの武器が火花を散らせる。
「相変わらず、お前は綺麗に技を繰り出すな」
「――」
あたしは奥歯をかみしめた。
涼しい顔をしてあたしの技を受け止めて、それでもなお、あの日と同じように笑って言う。
あたしの技は未だこの男にも届いていない。当然だ、年月が違う。でも、それでも――。
「ああぁぁ!」
「――っ。ミーシャの馬鹿者め、誰がここまでやれと言った」
サジとバッシュからの攻撃で傷ついていて、やっとあたしの攻撃でひるむ程度。冒険者としても、戦うものとしても……キサラギとしても格の違いを実感する。
「如月流――」
テッカの技が来る。あたしがそれに備えようとすると突然背中を引っ張られて体勢を崩す。
「あほレンゲ! 今お前がそれを受けてどうする! 『廻れ回れ風の目となれ』」
「コーク」
「『疾風三式・風鈴』」
あたしが元居た個所に、見てわかるほどの風の奔流。風が集まって球になってあたしの目の前で弾けようとしていた。
しかしその風の球にあたしを引っ張ったコークの大気を纏う槍が突き刺さる。
テッカの風がコークによって貫かれて、行き場を失った暴風をコークの『廻れ回れ風の目となれ』がさらに巻き込んで打ち放つ。
風と風の激突によって、暴風は破壊の衝撃へと変わり、あたしはコークに頭を抱かれてその場に倒れこんだ。
「……やはり良い仲間に恵まれている」
「そう言ってくれるのはありがたいですけれどねテッカさん、そちらのせいでレンゲが捻くれたってことに自覚は持ってくださいよ。こうやって頭に血が上ったこいつを止めるのも一苦労なんですから」
「それは悪かったな。だが生憎、サジはそうではなかったが、基本的にキサラギは激情持ちだ」
「それを誇んないでください。よっ!」
コークがあたしを抱いたまま脚に大気を纏わせて、そのまま勢い良く飛び上がった。
「ちょ、ちょっとコーク――」
「少しは頭を冷やせ!」
「あたしは冷静よ!」
「あれで冷静だと思ってんなら、お前もう一回ミーシャさんに鍛えられたほうが良いぞ」
「なんで――」
「なんで負けること前提で戦ってんだ! 俺たちはここに勝ちに来たんだ! お前の言いたいことを言いに来たんだろうが!」
「……」
コークの言葉に、あたしは声を発することが出来なかった。
またあたしはその距離に、届かない背中におびえている。
あたしはコークの腕の中で数回の深呼吸をすると、そっとテッカに目を向けた。
「――」
そのテッカはニッと笑みを浮かべるだけで、少しだけイラ立つ。
「……コーク、もう大丈夫。降ろして」
「俺のいる意味、ちゃんと考えてくれよな」
「うん、ありがとう」
頭から血が引いていくのがわかる。コークの言う通り、だいぶ頭に血が上っていたようだ。こんなんじゃ技が届かないのも当然だ。
あたしはコークの腕から降りて、息を吐いて集中する。
その間に、コークは『廻れ回れ風の目となれ』と『風流る幾千の残響』で風を足場にしてあちこちを飛び回っている。
1人でなんか届くわけない。そんなのわかりきっている。でも、サジとバッシュがテッカの脚を奪った。さっきの戦闘でテッカは足を引きずるようになった。
あの子たち、本当にいつの間にあんなに強くなったのかしらね。知らないスキルも使っているし、きっと彼女の……。
あたしは首を横に振った。
戦闘中に余計なことを考えるのはあたしの悪い癖だ。
今はあたしの師匠の言葉を思い出すべきだろう。むちゃくちゃだったけれど、それでも結果は出ている。
彼女の言うとおりにしていれば、きっとまだ届かせられる。
もっと獣を、もっと牙を、爪を――内にあるケダモノを。
もっと頭を柔らかくしろ、頭で理論を立てるな。もっと感覚を研ぎ澄ませ、本能で理解しろ。
『ギフト由来の力の源は信仰。あたしが使っているのはあたし由来の戦闘圧。アヤ――神獣の加護は大体それを引き出すものよ。ってリョカが言ってた』
まったく意味がわからない。
でも、でも……ミーシャの言う戦闘圧、殺気とか戦闘意欲、それが力になるのなら使ってやる。
神獣様の食物連鎖はその入り口になるって。
「ん――?」
「『瞬間暴発全開放』」
『刹那の疼き』の最終スキル。
全身に力が巡る。これは女神さまの加護、そこから神獣様の加護を入り口に、戦闘圧を可視化していく。
両腕を黒く染め、あたしの戦闘圧がバチバチと音を鳴らす。
「『獣・如月』――」
「神獣様の――いや、聖女の祝福か」
地を踏み込めば瞬時に届く。
両手の剣を牙に見立て、その牙をテッカへと届かせる。
「『牙我壬』」
テッカの上空から刃を立てて叩きつける。
これで終わるなんて当然思っていない。現に普通に防がれているし、あたしの実力じゃここいらが限界。でも――。
「良い技だ。だが――」
「ええ、まだよ」
あたしは舌をべっと出しさらに腕に力を込めて、テッカがあたしから離れられないようにする。
そして意識を背後――限界まで伸びた『風流る幾千の残響』を足場にしているコークに向けた。
「これが俺の最高速です。『廻れ舞われ嵐となれ』」
「――っ!」
コークの槍が届く直前、攻撃の手から力を抜き、そのままテッカと鍔迫り合っていた刃を土台に、上空へ飛び上がる。
驚くテッカへと大気を纏うコークの槍が伸びる。
しかしほぼ不意打ちだったにもかかわらず、さすがの反射神経のテッカ、半身をずらして攻撃をかわそうとしたけれど、槍を中心に廻る空気はその敵さえも引き寄せる。
全速力での戦闘域の離脱。
あたしは少し離れたところでコークの大気によって引き寄せられ、直撃は免れたものの、それでも高威力の衝撃がテッカを吹き飛ばすさまを見ていた。
大気の衝撃によって吹き飛ばされたテッカがあちこちに体をぶつけた後に動きを止めたのだけれど、すぐに体を引きずるようにして起き上がり、傷だらけの体で顔を伏せていた。
「……」
さすがにここまでやればいくら風切りといえども、多少の痛手は与えられるはず――。
「っ!」
「……あの攻撃を受けて笑うのか」
顔を上げたテッカは嗤っていた。
ミーシャ然り、ガイル=グレッグ然り、そしてヨリもそうだろう。上位の実力者は、こうやって嗤う。あたしたちがどれだけぬるい環境に身を置いていたのかよくわかる。
「ああ、忘れていた感覚だな。学園に務めるようになって忘れていた。楽しいな、なあ?」
さっきより傷ついているはずなのに、今のほうがずっと鋭く圧倒的な戦闘圧。
どこまで駆けるつもりだ。
「冗談じゃないっつうの」
「やっぱ強いな。レンゲぇ、そろそろ言いたいこと言えよなぁ」
「いやよ。まだぶっ飛ばしてない」
「それでいい。まだ終わるつもりはないからな――『神装・百壊』」
テッカの背後から現れる巨大な骨、それが同じように現れた巨大な剣を手に取り、あたしたちに向かって投げてくる。
「コーク! 全力回避! 足を止めるんじゃないわよ!」
「わかってる! まだこんなスキルが――」
飛んでくる剣を躱しながらあたしとコークは足を動かし続ける。もし脚を止めたらそのまま串刺しになるだろう。
けれどふと、百壊を使ってからのテッカが動きを止めていることに気が付いた。
まるでこれ以上動かないと言っているかのように体中から力を抜いて――。
「『臣下宣言・速度即ち静止=怠惰』」
「――」
さっきサジたちに使ったスキル。そうだった、あたしたちはまだ、これを攻略していない。
まったく動いていないのにサジとバッシュを切りつけた正体不明のスキル。今もまだ動く気配すらない。このまま近づけるのならすぐにでも切りつけに行けそうだけれど、百壊がその道を妨害している。
もしかして動けない? でもあの最速馬鹿がそんな選択をするだろうか? やはりあのスキルは速度を重視したスキルなはず。
あたしがそうやって思考していると、ふとテッカの意識がコークに、『風流る幾千の残響』に脚を乗せて風の帯が伸びきるほんの一瞬、その一瞬は足を止めるだけの隙がある。
常人では隙とも思えないようなほんのわずかな穴。
そのコークに、テッカが意識を向けた。
「――っ! コーク!」
「え――」
あたしは瞬時に体を反転させ、コークの前に武器を構えて躍り出た。
その瞬間、動く気配すらなかったテッカの体があたしの刃に刃を奔らせた。
攻撃の衝撃に、あたしはコークを巻き込んで吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられる。
「いやいや、やっぱ動いてないぞ」
「コーク! 走って」
「はあっ、何言って――」
「常に最高速、『風流る幾千の残響』での停止時間を今よりも短く!」
あたしの言葉にコークがうなずき、あたしもまた体前進、スキルをすべて使って最高速を維持する。
本当に冗談ではない。
「理不尽にもほどがある」
「おいレンゲ、どういうことだ!」
「……意識の先行」
「は?」
「コーク、テッカと目を合わせちゃダメ、テッカに見つかってはダメ。あのスキルは――」
「気づいたか」
あたしとコークが重なった瞬間、テッカの刃があたしたちに伸びてくる。その攻撃をコークと2人で受け止めたけれど、無理な体勢から再度吹っ飛ばされてしまい、あたしたちは揃ってふらつく足取りで立ち上がる。
「テッカは動いていない。でも、意識上ではあたしたちをとらえている」
「……いやお前、何言っているんだ。そんなスキル、あってたまるか。そんなの、避けようが――」
「そうでもないさ」
あたしとコークは突然目の前に現れたテッカに、あたしは短剣を、コークは槍を放つ。
しかし一瞬すっと力を抜いたテッカがまた姿を消し、あたしたちから離れた場所で、剣を構えていた。
「今見た通り、俺は動けなくなるからな。この脚は使えないし、高速戦闘をするにしては致命的な隙になる。それに絡繰りに気が付けば今レンゲがやったように止めることもできる」
何が今あたしがやったように。だ。あれは本当に偶然だ。まさかと剣を構えてみたら勝手にテッカの剣が当たっただけ。止めようとしてやったわけではない。
「風切りにそんなスキル、理不尽にもほどがある」
「ああ、その理不尽の塊からもらった力だからな」
テッカが剣を構えなおして嗤う。
「さあ、リョカ風に言うのなら第2ラウンドだ。お前たち、ちゃんとついて来いよ」