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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
42章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、風断ち掬い立つ新芽。
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最速不動の勇者の剣と遠い背中

「『廻れ回れ風の目となれ(フュリップトップギア)』」



「『繋がり紡ぐ浮き魂(アークコア)』」



 コークによる大気を纏った槍を使った突進攻撃、中々に速い速度での突きだがまだまだその程度では俺に追いつきはしない。

 だが、問題はバッシュ――『繋がり紡ぐ浮き魂(アークコア)』確かギフト『大地を踏み惹かれる者(ジオ・ド・アース)』俺の記憶ではあの球体に周囲の土やら岩を集めて攻撃する……はずなのだが、奴は見慣れない武器を構えており、俺の直感が告げている。侮るな、奴はリョカから稽古をつけてもらっていた。策の1つや2つ、きっと授けられているだろう。



「如月流疾風三式――『天歩(あまのほ)』」



「っ!」



「後ろ――」



 コークは俺を追えるか。だが追えたところですでに遅すぎる。

 俺は振り返って2人から上がる血しぶきに目を向けたのだが、すぐに体に違和感を覚える。



「……?」



「――俺の脇を通ったな? その足、落とさせててもらう。『1,2,3で跪け(グラビアッシュ)』」



「これは――」



 足に突然かかる重み、持ち上げるのも困難なほどで、まるで脚そのものに巨大な岩を乗せられているかのようだ。

 なるほど、俺は勘違いしていたのだろう。『大地を踏み惹かれる者(ジオ・ド・アース)』とは世間一般では弱い部類のギフトであるが、それがそもそもの間違い。

 あの魔王様にかかればこれほどの力を発揮するギフトだったか。



「コーク!」



「溜まってる! 『廻れ回れ風の目となれ(フュリップトップギア)』」



 先ほどよりも強く引き寄せられるほどの風圧――風をためたか。

 ここで使うか(・・・)。いや、まだまだ遠い。



「『絶影・転』」



 伸びてきた槍を纏っている風ごと上に弾き、転で瞬時にコークとの距離を詰める。



「はやっ――」



「重力かけてこれかよ! コークよけろ!」



「まだまだ遅すぎる。とりあえず退場していろ」



 殺すつもりはないが、それなりの攻撃はさせてもらおうとコークに短剣を奔らせるのだが、このひよっこ冒険者の姿が突然ブレ、まるで煙のように霧散した。



「なに――」



「コークさん、交代です。『花妖精の悪戯(ピクシーコール)』」



 いつの間にか現れた数々の小人――いや妖精か。サジが短い棒を振って妖精を操っている。

 そいつらが俺の周りを飛び回り、小さく笑い声をあげていた。

 俺はすぐに辺りに短剣を振るうのだが的が小さく、そもそも当たるのかも定かではない。



「『妖精楽園会エーテルリンクリッシュ』――わっ!」



 サジが棒を振りながら口に空いた手を添えて声を上げた。

 その瞬間、突然俺の体に衝撃が走る。



「なんだ――」



 さして痛い攻撃ではない。殺傷能力どころかむしろくすぐったいほどだ。

 だが衝撃がすごい。あちこちから放たれる衝撃に、体だけが後退する。これは――。



「声か」



 サジの声を皮切りに、周囲の妖精たちが一斉に声を上げ、その声が衝撃となって何度も何度も俺の体に奔っていく。

 前に出ようにも衝撃が邪魔をしてどんどんと後退してしまう。とはいえこう距離を取られたところで一瞬で間合いを詰めればいいだけだ。

 衝撃の間隔を見極め、少しでも隙を見せれば――。



「――っ」



「サジ、十分だ」



 体にありえないほどの負荷がかかる。俺は振り返って体の向きを変え、この重さの原因だろうひよっこに目を向ける。さっき食らったものとは比べ物にならないほどの重さが俺の体にかかっている。



「悪いなキサラギ、ここから先は、俺の間合いだ――『小さき英傑の詩歌(エクストラソング)手に負えない悪童ジャックレイバッドガイ』」



 これはリョカ――魔王の福音か。いや、こいつらにとってはヨリのとっておきか。



 バッシュが俺に近づいてくるたびに体が重くなっていく。近づけば近づくだけ重さを付与する力――これはもう、認めるしかない。このバッシュというひよっこ、俺の天敵だ。



「――」



 バッシュが見たこともない武器を振り上げる。

 それはひどくゆっくりとした攻撃であるが、それでも俺は動くことが出来ず、彼の武器を短剣で受け止めた。



「ツっ――」



 重い。ただゆっくりと伸びてきた武器を受け止めただけなのに、体が悲鳴を上げるほどの重量が腕にかかる。

 しかしふと気が付く。

 攻撃を受けているのは俺だ。だがバッシュの拳から、体から血が噴き出し、よくよく見れば彼は体中に力を込め、どこか無理をしているように攻撃をしてきていた。



「お前――」



「気づいているかもしれないけどよ、このスキルは近づけば近づくだけ重力を大きくかけ、そんで俺の放つ攻撃は最重量級になる。でもよ、見てわかる通りその重量は俺にもかかるんだわ」



 リョカの与える力にありがちなことだ。何かしらの欠陥を持っている。あいつの与える力は完ぺきではない。あいつの性格故なのか、それともどこかで制御してしまっているのかはわからないが、あいつは絶対(・・)を与えることはしない。

 それ抜きにしても強力な力であることは確かだが、相変わらず一癖も二癖もある力を人に与えている。



「……なあキサラギ、俺は別にあんたに恨みなんてない。むしろ感謝している。いろいろ暗躍してミカドにも対応してくれたし、俺の仇――ヤマトのくそったれもあんたが倒してくれた。本当なら今すぐに握手して礼をしたいほどだ」



「……」



「でもよ、それとは別に、俺の仲間が、俺の友だちが、あんたに一言言いたいんだとよ」



「それは、お前が傷ついてでも成し遂げることなのか?」



「――ああ、当然だろ。サジにもレンゲにも、前向いて幸せになってもらわねぇと、バッシュさんは困んのよ! あんたは知ってるか? 体ばかりでかくなった小心者はよ、いつも人と人が離れないようにその縁を繋ぎとめるために必死になっていることを。あんたは見たことあるか? 素直じゃない小さな女の子は、傷ついているのを隠して泣いているのを! コークのアホは鈍感だからよ、俺が知っていなくちゃなんねえだろうが!」



 ああ、なるほど。

 俺はそっと首を動かし、驚いた顔をしているサジと、顔を赤らめ頬を膨らませているレンゲに目をやった。

 こんなことで血の繋がり(・・・・・)を覚えてしまうとはな。



「キサラギは、どうにもおせっかいに好かれるらしいな」



「あんたもその口か。頭でっかちなのは血筋か?」



「そうかもしれんな」



 薄く笑いながらもバッシュの攻撃を受け止め、体がきしむ音に耳を澄ませながら意識を背後にやる。

 するとバッシュが勝気に笑うから俺もつられて鼻を鳴らす。



「……時間稼ぎに付き合ってもらって悪いな」



「なに、これでも風切りなんて呼ばれているのでな、このくらいいくらでも付き合ってやるさ」



「サジ!」



 状況は最悪、体もろくに動きはしない。そんな状態で背後から覚え慣れない圧があり、これがミーシャたちに出会う前だったのなら潔く負けを認めていたかもしれない。



 無理やり首を回し、背後に少しだけ目を向けると、そこではサジが大量の妖精を纏わせて短い棒を振っていた。



「『小さき英傑の詩歌(エクストラソング)――妖精を導くその名は(プロフェッサー)O(オー)』」



 スキル発動と同時にサジの周囲にいた妖精たちが一斉に一か所に集まり、徐々に徐々にその姿を変えていく。

 妖精の集まりは1つの人と同じくらいの大きさの妖精に変わり、その巨大な妖精がサジの棒に合わせてお辞儀をした。

 その瞬間、俺の周囲には妖精が描かれた紋章があちこちに発生し、逃げ道すらふさがれてしまう。



 俺が肩をすくませると、背後のサジと目が遭い、あの子は決意を固めたような瞳で息を思い切り吸ったのが見えた。



「に――テッカさん」



「ん」



「あの、その……」



 俺はじっとサジの言葉を待つ。

 よくよく考えたらこうして立ち止まって会話をしたことはなかったのか。我がことながら、なんとも情けない話だ。



「えっと――あの、お姉ちゃんがテッカさんのことをどう思っているのかはわからないです。でも、俺は、その、俺はね、えっと」



「……」



「い、いつも見守ってくれてありがとうございました!」



「――」



「キサラギの人がいると、お姉ちゃんが機嫌悪くなって表向きには手は出せなかったんだろうけど、それでも俺は知っていたから。キサラギの人がいつもいつも見守ってくれていたってこと。俺、それがすごく嬉しくて。でもやっぱり顔は見せてくれなくて――」



「……本当ならしっかりと俺がお前たちに話を聞きに行くべきだったんだろうがな」



「ち、違うよ! その、恨んでいるとかじゃなくて、テッカさんが国を出たことは知っていたし、ヤマト=ウルシマを一緒に倒してくれたガイル様に恩を返そうとしていたのも知ってたから、俺はその」



「サ~ジ、言える時に言っておけ。俺はコークに同じようなことを思っても絶対に言わないからな。そういうもんだ、だから言っておけ」



 バッシュの後押しに、サジが小さく微笑んだ。本当にあの子たちは良い仲間に恵まれた。



「――そのね、うまく言えないけれど、ヤマト=ウルシマを倒したことも、その恩を返すために国を出たことも、風切りと呼ばれて世界中の人に名前が知られたことも……俺にとっては、誇りだから」



「――っ」



 一体俺は、何から逃げ回っていたのだろうな。

 弟にここまで言わせて、やっと兄であることの自覚を持つとは――これはミーシャに胸ぐらをつかまれても仕方がないな。



「えっと、テッカさん、その、ね。お願いが、あって、その」



「なんだ?」



「えっと……兄さん、って、呼んでもいいですか?」



「――」



 バッシュからの高重量の攻撃を受け止めながらも、俺は小さく噴き出してしまう。

 体は大きくなったが、随分と可愛らしいお願いをするものだ。サジがここまでまっすぐに育ったのもレンゲやバッシュ、コークの影響も大きいだろう。

 俺はサジに笑みを向ける。



「当たり前だろう。俺はお前の兄だからな」



「――」



 サジが息をのみ、喜びを前面に顔に出していた。また菓子でも持って行ってやるか。

 そんな俺とサジに、バッシュがにやけ顔を向けてきた。



「それじゃあいい加減終わらせようぜ。まだまだ重力はかかっていくぜ!」



 さらに重くなるバッシュの攻撃、そして背後で頷いたサジの召喚した紋章が光を放つ。

 よい連携だ、バッシュが動きを止め、サジの妖精の力での一斉攻撃、並の相手では抜け出すことすらかなわないだろう。

 だが俺は、並の相手ではない。



「そうだな――サジ、お前は強くなった。キサラギの技がなくとも随分と立派になった。俺はお前が小さい時にキサラギの技が上手く使えずに泣いていたことを覚えているからな、それ以外で力をつけたことが本当に嬉しい」



「――うんっ」



「バッシュ、お前は俺の天敵だよ。まさかここまでやるとは思ってもみなかった。このままその力を磨けば、いつか女神さまにも見初められるほどの英雄になれるかもしれない。そんな素質をお前に見たよ」



「そいつはどうも。やれることはやってみるさね」



「だが――」



 俺はバッシュの攻撃を受ける腕から力を抜いた。そしてそのまま短剣から手を離すと、バッシュの武器が俺目掛けて振り下ろされた。



「なに――」



「だがまだだ。まだ俺の背は見せられんよ――『臣下宣言(エクストラコード)速度即ち静止=怠惰(フォーミュラガンマ)』」



 サジの妖精紋章から光線やら風やら炎やら、様々な攻撃が放たれ、バッシュの武器が俺の顔面に落ちるその瞬間、俺は体から一切の力を抜いた。



 妖精紋章の攻撃はすべて外れ、俺に攻撃を振り下ろしていたバッシュも驚いたような顔を浮かべながらも倒れ掛かる。



「馬鹿な、まったく……いや、攻撃なんていつ――」



 少し離れているサジもまた、体を傾け、大地に伏せようとしていた。



「その場から一切動かない(・・・・・・)ことこそ最速なんだよ。俺は動いちゃいないさ」



 俺は瞬時に体を動かし、サジとバッシュを肩に担いだ。



「ミーシャ、2人を頼む」



「……ええ。あっちの2人はちょっと派手だから少し離れておくわね」



「ああ、頼む」



 呆然としているレンゲとコークを正面に、俺は短剣を構える。



「さあ、お前たちも好きにかかってこい。全力で迎え撃ってやる」

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