風切る剣さんと見極められた速度
「……」
突然襲撃されたキサラギの家。
俺が親父をお袋のいる隠し部屋に移している最中、その見知った殺気をばらまいて奴がやってきた。
魔王襲撃を経験した者ですらその殺気に驚き、戦闘態勢に入ったのもつかの間、視界に彼女を入れただけで泡を吹いてぶっ倒れ、またいつものかと慄いた門下の者たちもすぐにぶっ倒れた。
あの聖女は。と、呆れたのだが、奴が、ミーシャ=グリムガントが連れて歩く面々に、さらに俺は驚かされた。
いくら何でも早すぎだろうという驚きと、その1人――レンゲがケダモノの聖女と同じように、圧を放つだけで門下を気絶させていた。
神獣様の加護か。俺も人のことを言えないが、周囲の者たちがレンゲたちを甘やかしているのは確かだろう。
こんな平屋の屋敷であいつらを相手にするのは非常に骨なのだが、終わったらリョカに修復を頼むか。そんな些細な悩みに頭を悩ませていると、我らの聖女様と目が合った。
ミーシャは俺を見つけると歯を見せて笑い、ケダモノのような圧で俺と対峙した。
「……一応、聞いておいたほうが良いか?」
「どうぞ」
「なんのつもりだこの馬鹿者」
「あんたらの歩みが独特すぎて鬱陶しい。どいつもこいつも手を差し出しているくせに、握ってもらいたいくせに、誰も彼もがその手を引っ込めあっている。アホじゃないの?」
「余計な世話だと言われるぞ」
「あたし聖女だけど?」
「……なぜそれで誰もが納得すると思っているんだお前は」
「するでしょ。聖女だもの」
相変わらず勝気に笑う聖女は惚れ惚れするほどに勝手で、聖女である自分を信じて疑わないさまは目を覆いたくなるほどの惨状――眩しさで、一緒に来たはずのレンゲとサジ、それにコークとバッシュといったひよっこ冒険者たちも、あまりにも一方的であり、圧倒的な聖女論に口をあんぐりとさせていた。
俺が頭を抱えていると、屋敷の風景が変わった。
月の昇る青々とした草原で、星々がきらめき、その2つを包む夜が世界を覆っていた。
「ってなんだこれ!」
「転移のスキル?」
「……違うわコーク、あたしたちは移動していない。でもこれは」
「妖精さんがおびえている? それにこの感じ、自分の知っている場所じゃないみたい」
「リョカの絶界ね。余計なことを」
本当に余計なことをしてくれた。これでは本当に逃げられない。
覚悟を決めるべきなのだろうな。
「ミーシャ説明」
「局所的世界の生成だったかしら? まあなんにせよ、この空間の中ならどれだけ暴れても外に影響はないわよ」
「……本当にあの子は、規格外もいい所ね」
レンゲの絞り出すような呟きだったが、あいつさては気が付いているな。
しかし、これだけの舞台を整えてもらったのだが、一体俺はどんな顔をしてあいつらと対峙すればいいんだ。
「――うしっ! そういうことなら」
「だな」
レンゲとサジではなく、最初に動いたのはコークとバッシュだった。
よく練られた戦闘圧、驕りのない良い顔だ。ここ数日でとんでもなく鍛えられたのだろうな。
レンゲもサジもよい仲間に恵まれたのだと安堵する。
「悪いなキサラギ、不躾で申し訳ないが、俺の仲間があんたに言いたいことがあるんだそうで、ちと力不足なひよっこの俺たちが道を作ることにした」
「テッカさん、俺たちの相手じゃ退屈かもしれませんけれど――押し通らせてもらう!」
「……」
ああ、若い世代だ。
いつか俺たちを追い越し、いつか追われる側になる世代――。
「っ!」
「ッ!」
を、指咥えて享受するほど年老いたつもりはない。
どいつもこいつもあまりにも自覚がなさすぎる。名前を盾に驕るつもりはない。だが、だが――それでも俺は勇者の剣であり、キサラギの家に生まれた風切り。
それを前にしているのだと、理解していないというのであれば……。
「お前たち、当然俺が何なのかわかっていて喧嘩を売っているわけだな?」
「――」
「――」
刃を手にした。それだけでコークとバッシュの肩が上がる。
ああそうか、やっとわかった。
ロイに若いと言われるわけだ。
俺が歩んできた速度……当然、誰もが駆けることのできる速さだ。
ああその通りだ、強さなどもう必要ない? 馬鹿だな俺は。
俺が通った道を、俺が駆けてきた速さを、誰もが持っている。ならばこそ、この領域にもあいつらも、こいつらもすぐに駆けてくるだろう。
それなのに、強さはもう必要ない? いるだろうが! こんなにも速く駆けてくるこいつらに、ゆっくりと歩む背中など見せてやらん。
ああそうだ、俺はこいつらの速さを見極めていなかった。すでに高みにいると勘違いをした。
「……金色炎の勇者の剣、この国で最も速く駆ける如月の影――風切りのテッカ=キサラギ、お前たちが望むのなら駆けてやろう。ただし覚悟しろ、俺の速さは、俺の背中は、簡単には見せんぞ」
リョカから渡された金色の風と銀を散りばめた影を纏う一対の短剣、風と影が刻まれた魔王からの贈り物。
俺が構えると同時に、俺に挑む若い風が戦闘の圧を体に纏った。
そしてケダモノの聖女が愉快そうに笑ったのが横目に映る。
「ハっ、やっとシャキッとしたじゃない」
「おかげさまでな」
「そっ、あとはあんたが選びなさい。いい加減、歩くのにも飽きたんでしょ? 次はその見極めた速度の中で、あんたの最速を見せてみなさいよ」
「これが終わったら次はお前だ。いい加減、俺の前を走るのも苦痛だろう? 次はその不遜な顔、もろともぶっ飛ばしてやる、よく見ておけ」
ミーシャが嗤う。俺も嗤ってやる。
腑抜けたままではいられないこいつらの速度の中で、俺は今、つけなければならないケリを――。
レンゲとサジに目を向けて、まっすぐと2人を見つめる。
「……」
「……」
「言いたいことがあるのならその技で示せ! もう逃げはしない、もう情けない面など晒さない。だから――かかってこい!」
どんな言葉も、想いも受け止めよう。それが俺の義務だ、あいつらの兄としての当然の権利だ。
久々に、吹く風が心地よい。
俺は剣を構え、目の前のひよっこたちに全力の圧を奔らせるのだった。