鍵師ちゃん、精一杯頑張る
「よっ、ほっ――いやはや、これはこれは大量だね」
私が知っている中で、最もやりづらく組み敷くことが困難な魔王様が年相応な笑顔で、サッチャーを切り刻んでいく。
この場面だけを切り抜けば恐ろしい魔王に見えるかもしれないけれど、リョカ=ジブリッドさんをそれだけで計るのはとても危険なのではないでしょうか。
彼女は私のギフトも、私の実力もいつも認めてくれている。スキルの扱いが上手だと懐っこい笑みで言ってくれ、私が努力していればそれを称賛して頭を撫でてくれる。
けれど――。
「……スキルの扱いに関しては、リョカさんが一番ですよ」
指を鳴らし、次々と不可視の刃をあちこちに飛ばしながら魔物を倒す様は、同い年とは思えないほど洗練されており、まるで舞うように敵を殺す姿は、同じ人間とは思えないほど恐怖すら超えて幻想的であった。
「私も負けていられません」
少しズレた眼鏡をかけ直し、私は大きく息を吸う。
「いきます――『六つに別れし扉の弐』六門の弐、腕に縋る畜生たち、救いも忘れたその心、我が為に駒として動け」
私の2つ目のスキル、地に描かれた紋章に鍵を刺しこみ、異界からの化け物を召喚する。
現れたのは四足の様々な獣たちや羽の生えたものたちやらの動物らしきもので、一般的な動物と違うのは、どうにも肉が削げていたり、眼球が飛び出ていたりと不気味な見た目をしていた。
いや、最早これは魔物なのでは。と、私が召喚するもの全てが魔物寄りと言う事実にため息を溢す。
そもそも、鍵師と言うギフトは使用者によって召喚されるものが全く違う。
父の紹介で昔見たことがある鍵師はそれはもう美しい獣を召喚しており、その時のことが忘れられず私も鍵師を選んだのですが、いざふたを開けてみれば、美しいとは程遠い怪物ばかり。
一体、私はどんな世界からこれらを呼びだしているのでしょうか。
「っと、愚痴を言っても始まりませんね。メルフィル魚を狙うサッチャーを殲滅しなさい」
獣らしい声を上げた召喚物が統一のとれた動きで、次々とサッチャーに襲い掛かっていく。
「おお、今度は見事に畜生どもだね。というかソフィアの召喚って六道がモデル?」
私が獣たちに指示を出していると、リョカさんがやって来て聞きなれない言葉を使った。
「りくどう? もでる?」
「ああ気にしないで。ということはあのイカは餓鬼か。それで今回は畜生。2つ目までのスキルが三悪道って、中々にエグいなぁ」
私の召喚物に心当たりがあるのか、リョカさんが興味深そうに獣たちを見ていました。
「ソフィア、あれが六道を基にしているのなら獣たちにはもっと種類があるはずだよ。戦闘を有利に進められるように考えてみな」
「あ、は、はいっ」
手を振って去って行くリョカさんの背中を見送り、私はさらに紋章を開き、獣を召喚する。
すると、彼女の言った通り、数種類の魚らしき怪物が召喚されたのですけれど、その内の数種類が陸地に召喚してしまったために、その場でピチピチと跳ねまわっていた。
「わ、わ、ごめんなさいお魚さん」
他の獣に魚系を海へと運ばせるのですが、何故か浮いている魚もおり、混乱してしまう。
けれどこの状況であるために、困惑は顔には出さずに、いたって冷静に指示を飛ばす。
私の鍵師としてのギフトなのですが、リョカさん曰く数で押す戦略が強みだと言ってくれました。
他の鍵師は強い召喚物を一体、二体ほどしか召喚しないのに対し、私のスキルでは一体一体の力は弱いのですが、大量に呼ぶことができ、どのような状況でも数で押すことができます。
「あ、そうだソフィア、それだけ数がいるんだから、種類ごとに名前を付けて小隊運用にした方が良いと思うよ」
「小隊運用、ですか」
遠くから助言をくれたリョカさんに頭を下げて礼を言い、私は怪物たちを見ながら思案する。確かにその方が指示が出しやすく、現に第1スキルのことを私は、リョカさんが言っていたイカという名称で呼んでいる。
「リョカさん! もしリョカさんならなんて呼びますか!」
「え? う~ん、四足の子たちはワンちゃんかな。それで飛んでるのはピヨちゃん、魚っぽいのは……顔はないけれど、シーマンとか?」
「それ採用します! ワンちゃんたちは一体ずつ囲んで攻撃! ピヨちゃんは顔を出したうっかりさんを空からついばんでください! シーマンは海中からサッチャーを追いかけてワンちゃんピヨちゃんまで追い込んでください!」
「うんうん、やっぱソフィアは賢いね。それじゃあ頑張ってね」
そうして自分の仕事に戻って行ったリョカさんに再度礼を言い、私は的確を心掛け、怪物たちに指示を出す。
そうして、ある程度この運用方法を試行錯誤して、やっと周りに目が向けられるようになったころ、ふとオタクさんたちに目を向ける。
彼らはぎこちない動きで、サッチャーと対峙しており、どうにも実力が発揮できていないようでした。
私は彼らに、初めて依頼を受けた時の私を重ねてしまい、そっと近づいて行く。
「クッ、そっちに行ったぞ!」
「わかっているでござるよ! こいつら意外としぶといでござるな」
「タクト、この魔物はあんまり力がないんじゃなかったの!」
「そのはずだ! でも、俺が知っているサッチャーより強いような」
オタクさんたちは数体のサッチャー苦戦していて、私は彼らと話をするために、申し訳ないと思いつつ、ピヨちゃん隊をけしかけ、海の魔物の頭をくちばしで貫かせた。
「あ、えっと――」
「ごめんなさい、少しあなたたちのことが気になりましてお節介に来てしまいました」
「い、いや、助かったでござるよソフィア嬢、拙者たちでは日が暮れてしまうところだったでござるよ」
「……ああ、まさかこんなに強いとは思わなかったですぜい。助太刀、感謝する」
「いいえ。あの、少しよろしいですか?」
「え、ええ、えっと」
返事をしてくれたクレインさんだったけれど、焦っているのか、視線が海へと向いており、早く倒しに行きたいという気持ちが見ただけでわかる。
私はクレインさんの傍により、背伸びをして手を伸ばし、彼の頬に両手を添えて私に意識を向けさせた。
「焦っては駄目ですよ」
「ふぇあ?」
「私も、初めて受けた依頼では何もできませんでした。リョカさんとミーシャさんについて行くのがやっとで、いつの間にか私の初体験は終わっていました」
「……」
「あの時こうすればよかったとか、ああしていればよかったとか、その時はそんなことばかり考えていました。でも、リョカさんとミーシャさんはあの時はあれで良かったと言ってくれます。最初はお2人が優しいからだと思っていたのですけれど、リョカさんが言ってくれたのです。あの最初の依頼の時、私は一度もスキルを失敗しなかったと、ちゃんと自分のことを褒めているか。と」
あの依頼で、私は、私の出来なかったことができるようになっていたのです。そう言われるまで、私はその事に気が付いてすらいなかった。
「オタクさんたちのことは、多分リョカさんが一番わかっている。そもそも実力が足りなかったらこの依頼を受けていないはずです。だから、焦らず、落ち着いて、あなたたちが出来ることをすればいいのではないでしょうか」
少し生意気な言葉だっただろうか。私は急にお節介が過ぎたのかと恥ずかしくなってしまい、クレインさんを見上げる。
すると、クレインさんが顔を真っ赤にして私を見つめており、つい首を傾げてしまいます。
「クレインさん?」
「あ、いや……えっと、うん、ありがとう、その、そ、ソフィアさん」
「いいえ。それでは、私は戻りますので、皆さま頑張ってください」
私は小さく手を振って彼らに背を向けて最前線まで歩いて行く。
けれど、どうにもクレインさんが呆けていたように見えたのですが、何か粗相でもしてしまったのかと心配になりましたけれど、私は頭を振り、今は依頼に集中することだけを考えるのだった。




