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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
42章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、風断ち掬い立つ新芽。
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風と影の教員さん、駆ける風に身を任せ

「……」



 まだ間に合う。か。

 俺はまだほんのりと熱を持った手のひらに目をやり、羞恥やら何やらと表情をころころと変えながら強く拳を握った。

 真昼間の往来で俺は何をしていたんだ。



 ため息をつき、夜が近づく帰路に着き屋敷へと帰ってきた。



「ただいま――」



 親父とお袋に相談してみてもいいかもしれない。

 リョカたちは――何を言われるかわからないか。



 いつも集まっている部屋の襖をあけようと手をかけるのだが、どうにも部屋の中の気配が多く、ガイルとミーシャ、神獣様はいない。ならこの2つの気配を――。と考えて明らかに知っている気配だったために、俺は呆れたように襖を開けた。



「おかえりなさい」



「おかえりですぅ。相変わらず辛気臭い顔をしてますねぇ」



「こらアルマリア」



「……お前らいたのか」



 そこにはアルマリアとロイがおり、揃って俺に目を向けてきた。

 俺はリョカに文句の1つでも言いたくなったが、彼女に手渡された茶を口に運び、そのままその言葉と一緒に飲み込むことにした。



「7日間毎日来てましたよ。ただ普段はこの時間になれば帰っていたのですけれど、今日は仕事もなく、エレノーラもラムダ様と一緒にソフィアさんの部屋に泊まりに行ってしまいましたから、今日は時間があるのですよ」



「相変わらずマナとオルタさんが帰ってきませんけれど、セルネさんとクレインさん、タクトさんがギルドの運営をやってくれているので、今日は私も時間ができたんですよぅ」



 リョカが連れているということはサジたちに修行をつけているのか。ミーシャに預けるよりはずっと安心だが、レンゲもサジも、一体何を目指しているんだ。



 あいつらが強くなりたいというのなら、俺を頼ってくれても……いや、レンゲのあの態度、俺には頼りたくはないか。

 自分で考えて気分が沈みかかり、俺は再度茶を口に運ぶと、アルマリアがキラッキラな顔で俺に顔を近づけてきた。



「テッカさんテッカさん、カグラさんのお手々、柔らかかったですかぁ?」



「ぶぅうっ!」



「ぎゃぁっ! お茶がぁ!」



 俺が噴出したお茶を顔面に浴びたアルマリアがゴロゴロと床を転がり回った。

 そして俺はリョカとロイに目をやると、2人揃って顔をそらしており、顔が熱をもつのがわかる。

 いったいどこで見ていたんだこいつら。



 と、俺が顔を引きつらせていると、隣にトテトテとやってきたルナ様が月とは思えないほどの輝く瞳で俺の袖を引っ張ってきた。



「あのあのテッカさん、とても、とても素敵な光景でした。わたくし、その場にいなかったのに、とてもドキドキして、この感動をみなさんにもぜひ知ってほしかったので、いろいろな人に見てもらいましたぁ。皆さんとても喜んでいましたよ」



 発生源ここか――っ!

 いや待て、みんなって誰だ? この月神様は今日のことを一体誰に見せたんだ。



「……少なくともこの屋敷中のキサラギ、それと、お母さんとお父さんには筒抜けです。ごめんね、ルナちゃんからあまりにも悪意を感じなくて止められなかったよ」



 俺はテーブルに思い切り顔を突っ伏し、顔が赤くなるのを無理やり隠そうとする。



「あっ、テッカさんテッカさん、わたくしのスキルで写真にも出来るんですよ。ほら、テッカさんこんな穏やかな顔で――むぐぐ」



「ルナちゃん、それくらいで」



 リョカが写真を回収し、ルナ様の口をふさいで抱きしめた。

 本当に助かる。



「あ~……テッカ、その、元気を出してください。恥など一過性のものですよ」



「……ああありがとう。俺が一体何をしたというんだ」



 俺が顔を上げられないでいると、リョカが手を叩きみんなからの視線を集めたから、俺も渋々と顔を上げた。



「ま、まあ今日の夕食はテッカの好物にしたから期待しておいてよ。リッカさんにも好きなものを聞いておいたから完璧だよ」



「うん? お前お袋に会ったのか?」



「ああそうだ、リッカさんの病気治しておいたから、あとで会いに行きなよ」



「は?」



 今この魔王は何と言った。おふくろの病気を治した? どの聖女でも神官でも、ましてや月神様に聞いても治し方がわからなかったおふくろを治したといったのかこの魔王は。



「詳細は後で話すけれど、リッカさん、あとはリハビリ……体にいい食事と筋力を戻すための軽い運動を続ければもう歩いたり走ったりもできるようになると思うよ」



「……」



「テッカ?」



「ああいや、もうおふくろは治らないとばかり思っていたから、突然のことで混乱している」



「ガンジュウロウさんがぶっ飛ばされてたよ」



「親父何をしたんだ」



「レンゲちゃんとサジくんが元気でやっているって嘘ついていたから、それで」



「……ああ、なら俺もぶっ飛ばされるべきだな」



 俺が顔を伏せると、リョカが心配げな顔を向けてきて口を開くのが見えたが――。



「ねえテッカ、ちょっと相談したいというか、戦ってほしい子たちがいるというか――」



「帰ってきたわよ。テッカ! ちょっと話があるわ!」



 リョカの言葉を遮るようにして我らの聖女様が帰ってきた。

 しかしこの魔王様はいったい何を話そうとしていたのやら、戦ってほしいとか言っていたような。



「なんだミーシャ、相変わらず騒がしいな、少しは落ちついて――」



「テッカ、明日レンゲとコーク、それとリョカの方の2人があんたを襲うわ。負かしてやるから覚悟なさい」



「……いや、突然なんだ」



 リョカに目をやると初耳なのか彼女も困惑しており、また聖女の独断かとミーシャに目をやる。



「レンゲが全然素直にならないから、あんたを倒させることにした。舞台は用意してあげたんだから、あとはしっかり話しなさい」



「お前そんな勝手に――」



「こうでもしないといつまで経ってもあんたが逃げ回るでしょうが」



「……誰が逃げていると?」



 聞き逃せない言葉に、俺はミーシャをにらみつける。

 しかし彼女が近づいてきて俺の胸ぐらをつかんだ。



「うるさい! なら戦って勝ちなさい。逃げていないというのなら真っ向からあの子たちを受け止めなさい! 風切りだか何だか知らないけれど、あんたはそんなに偉くない!」



「……」



 手を離したミーシャが相変わらず勝気に、それでいて不遜に、強引というよりは誰よりも先頭に立つまぶしいその瞳に、俺は顔をそらしたくなる。

 だがしない。

 どいつもこいつも俺を止まらせようとはしないらしい。



「あ~テッカ、ミーシャほどいきなりじゃないけれど、僕の方からも――サジくんと戦ってあげてくれない? あの子は強くなったよ、だからあの子の声を聞いてあげて、そしてあの子の気持ちを知ってあげて」



「……まさかお前から人の気持ちを知ってと言われるとはな」



「サジくんはちゃんと言葉にしてくれたから」



「そうか」



「あたしはそんな生ぬるいことしないわよ。レンゲもコークも、魔王種100体を倒し切ったんだから、それなりの力を身に着けたわよ。今のあんたじゃ――痛いわ」



「お前レンゲに何しているんだ。頼むからあいつらを危険な目に遭わせないででやってくれ」



 俺がため息をつくと、ミーシャが考え込み、どこか納得したようにうなずいた。



「……そういうことね」



「ミーシャ?」



「テッカ、あんたは多分、よかれて思ってやったんだろうけれど、それじゃあ報われない(・・・・・)



「どういうことだ?」



「明日レンゲに聞きなさい。あんたがどれだけ残酷なことをしたのか、しっかりと焼き付けなさい」



 そう言って、ミーシャが部屋から出ようとする。



「リョカお弁当、今日は2人に最後の追い込みをかけるから豪華にして」



「はいはい。相変わらずミーシャは人の心を察するのが上手いね」



「誰の幼馴染やっていると思っているのよ」



 ガイルと神獣様がいないところを見るに、あの2人にも手伝わせるつもりか。

 俺的には2人の元気な顔が見られるだけで十分なのだが……まあ戦えというのなら戦おう。

 俺も兄としてあの子たちの前に立てるのならそれに越したことはない。



 そんなことを考えていると、ミーシャが何とも言えない顔をしてこちらを見ており、ため息をついた。



「……なんだ?」



「いいえ、同じ速度で並んでいればそれも美徳なんだけれどね。あんたはあんた以外の速度に目を向けていなさすぎよ」



「お前もリーン殿と同じことを言うんだな」



「あたしとおばさんが正しいってことよ。明日は本当に覚悟しておきなさい、潰れはしないだろうけれど、あんた気にしいだし」



 ミーシャがそんな警告を発し、そのまま飛び出して行ってしまった。



「ちょっとミーシャ、お弁当まだできてない!」



「あとで届けて」



 嵐のような聖女様に、俺は頭を抱えた。

 するとロイが俺に微笑みを向けてきており、視線を返す。



「お前も俺に何か言いたいことでもあるのか?」



「いいえ、なんとなくですが私も背景が見えてきたので」



「ぜひ聞きたいところだが……どうせ教えてはくれないのだろう?」



「ええ、これは私が話しても仕方のないことですから。ですが――テッカ、あなたの決断は、とても優しいものです。正しいか誤りか、その2択しかないのであればきっと正しい選択であったとは思います。サジくんたちの話を聞いたうえで、それだけは覚えておいてくださいね」



「……ああ、心にとどめておくよ」



 そうして、リョカが俺たちの食事を並べ始めたところで、一旦思考を放棄するのだった。

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