夜を被る魔王ちゃんとただ伝えたい願い
「うん、どんなものかと思ったけれど何とかなったみたいだね」
「ミーシャさん、実は人を育てる才能がありますよね~」
「いやあれは、育つ見込みがあるからそうなっただけって感じだけれどね」
僕――私たちは動かなくなったガンジュウロウさんが起きるまで時間をつぶすことに決め、リッカさんと別れ、ロイさんが見てくれているバッシュくんとサジくんに会いに来ているところで、ミーシャたちの状況をツキコに写真にしてもらい、それでコークくんとレンゲちゃんが魔王種を大量に討伐した場面を見て、感心していた。
「あんな変なスキルの使い方をして、コークくんが真っ当に育たなくなったらどうするんだ」
「りょ――ヨリさんがそれを言いますかぁ?」
私はニコと微笑みを浮かべてアルマリアを撫でると、彼女は嬉しそうに身をよじった。
そうして私とツキコ、アルマリアで草原を歩いていると、正面にロイさんの分身を作り出すスキル『豊かに芽吹く血思体』数体と戦っているバッシュくんとサジくんが見え、彼らを近くで見ているロイさんに手を上げて近づく。
「そこまで――少し休憩にしましょう」
「あ、ありがとうございました」
「……あ、ありがとうござますた」
肩で息をするバッシュくんとサジくんが、ロイさんへ礼を言うとその場にふらふらと倒れこみ、息を何度も吐きながら空を見上げていた。
「お疲れ。ご飯持ってきたよ」
「うぃ、いつも悪いな」
「お腹すいたよぅ」
「たくさん食べて大きくおなり。ロイさんも休憩にしましょう」
「ええ、では」
そうして私は敷物を敷いて、みんなの昼食を用意していると、起き上がったバッシュくんがふと山のほうを見ていた。
「なあヨリ」
「なぁに?」
「ここ数日さ、山の方からアホみたいな気配があったんだけれどさ、あれなに?」
私はバッシュくんから顔をそらし、お茶を淹れてみんなに手渡す。
「こっち見てくれよぅ! コークとレンゲは大丈夫なのか!」
「……まあ大丈夫みたいだよ。これさっき撮ったもの」
コークくんとレンゲちゃんの写真をバッシュくんに渡すと、ロイさんとサジくんも並んで写真に目を落とした。
「中々面白い戦い方をしますね。腕の硬化、ほかの人も使えるのですね」
「いや何やってんだコーク! 何と戦ったらこんな戦い方になるんだよ」
「……お姉ちゃん、なんかもう腕の振りが見えないんだけれど」
「魔王種100体はやりすぎだよねぇ」
「あいつら良く生きてたな」
バッシュくんが苦笑いを浮かべて山を遠い目で見つめていると、ひょことアルマリアが彼の前に顔を出す。
「いや、その魔王種100体を瞬殺する人にあなたたちは鍛えられていますよ~」
「――」
ロイさんが笑みを浮かべて2人に手を振った。
バッシュくんとサジくんがブルと体を震わせて、ロイさんからそっと顔をそらした。
「いやほんと、ロイさん何者ですか? アルマリアさんだけでもやべぇのにこんなところで俺たちみたいな木っ端に教えを授けててもいいんすか?」
「本当、こんな実力、下手したら国の大英雄とかの立場の人ですよね」
まあ事実2人ともグエングリッターでは大英雄だけれど、それを言ってもしょうがないだろう。と、私がうなずいていると、呆けた顔を浮かべていたロイさんとアルマリアが途端に私を指差した。
「負けました」
「勝てませんねぇ」
「……嘘だろヨリお前、まだなんか隠してんのか」
「ヨリさん本当に自分たちと同い年? まさかヨリさんのほうが英雄とか? 強さが本当にわからないよぅ」
「参考になるかわかりませんが、ヨリさんは少なくとも2つの国の偉い方に認められているだけの力がありますよ」
「……お前の正体も本当にわからねぇ」
「え~っと」
ロイさんとアルマリアを軽く睨むのだけれど、2人ともどこ吹く風とキャッキャと昼食をとっていた。
「私はほら、可愛いだけの女の子ですよ」
「へいへい」
「可愛いってなんでしたっけ?」
サジくんにとっての可愛いがぶれ始めてしまったじゃないか。まったく子の2人は。と、私がため息をついていると、バッシュくんが妖精さんに花の蜜を与えているサジくんをじっと見ていた。
「バッシュさん?」
「ん~……でどうだサジ? テッカ=キサラギのことは殴れそうか?」
「う~ん」
バッシュくんはパーティーのお兄ちゃんだな。
私はサジくんのお茶にお代わりを注ぎ、彼に話しかける。
「言いたいこととかは何かない? ほらあの人、なんとなくだけれど自分で結論出して勝手に動いちゃう感じがするからさ、サジくんも言いたいことがあるんじゃない?」
「ありそうだな。サジ、言えるときに言っておいたほうが良いぜ。今のうちに言いたいことをまとめとけよ」
「……うん、あるかも」
サジくんが考え込み、何事かを思いついたのか手を叩いた。
「言ってくれなきゃわからない!」
「ああわかります~。あの人こっちを気遣ってくれているのか判断に困る時があるんですよね~」
「アルマリアさんテッカ=キサラギのこと知ってるん?」
「あとはぁ……何かするにしてもお礼させてほしい!」
「彼、そういうところがありますよね。娘が1人でいたらそっと見守ってくれていたのですけれど、私が来た途端礼を言わせずに立ち去っていきましたからね」
「……なに、ここ関係者しかおらんの?」
バッシュくんがメキメキとツッコミとして成長しつつあるなぁ。
しかしサジくんは本当にいい子だな。こんな子にこんな風に言わせてあの男はもう。
そんなサジくんがどこか照れたように微笑み、そして息を吸っておずおずと口を開いた。
「……お兄ちゃん――兄さんって呼ばせてほしいな」
私もツキコも、バッシュくんもロイさんもアルマリアも、みんなでサジくんを撫でた。
見た目はとぐろ弟だけれど、この子はまだ15才だ。兄弟を大事にできる年だし、何よりも甘えてもいい年でもある。ここまで素直に育ったのもきっとレンゲちゃんや周りの環境がそうさせたのだろうな。
「サジさん、でしたらもう少し続けましょうか。強くなってテッカを驚かせましょう」
「ですです~。私もいい加減あの年上ぶった面にイライラしていたので、思いっきりぶん殴ってあげましょぅ」
「だねぇ。弟にこんな風に言わせるなんて、可愛さの欠片もないお兄ちゃんの度肝を抜いてやろう。ツキコ、そっちに入ってバッシュくんとサジくんをサポートしてあげて」
「はい、どんなケガをしても僕が治すので、思い切りやっちゃってください」
「ツキコがそれを言っちゃうの? しゃあねえな。ダチのよしみだ、バッシュさんも最後まで付き合ってやるよ」
「……うんっ!」
私とロイさん、アルマリアが圧倒的な戦闘圧を発生させる中、バッシュくんとサジくんは額に脂汗を流しながらも嗤った。
ミーシャ好みかもしれないけれど、あの子のように彼らを獣にするつもりはない。
あくまで人として、女神さまの信徒として、この世界を生きる当然の権利として――。
そうして私は、彼らに夜を差し向けるのだった。