魔王ちゃん、海のギャングと対峙する
「ふんふんふ~ん」
ゼプテンの海岸で、僕は鼻歌交じりに現闇を球体にしてリフティングしている。
この海岸には見知った冒険者も、見ず知らずの冒険者も、そして市場で見かけたことがある漁師の方々がおり、一様に僕に目を向けていた。
目立つようなことをしているつもりはない。
ぜプテンでの僕の名はそれなりに響いており、彼ら彼女らが僕に興味を持っているのは納得出来るけれど、この街以外から来た冒険者にまでそんな目を向けられるいわれはないはずなのに。と、僕は肩を竦ませる。
僕が先生から貰った薬巻を口に咥えて火を点けると、緊張して体を強張らせていたオタク3連星が近くにまでやってきた。
「準備はしてきたんでしょう? それなら腹を括ろう。君たちは少ない時間の中で最善を選択してきたんでしょう?」
「……はい、みんなと相談して必要なもの、心持ちを何度も何度も話しました」
「ですが、まだ足りない気がしますぜ。どれだけ俺たちが頭を捻っても、まだ何か忘れているんじゃないかと不安になりますぜい」
「どれだけ頑張っても、過ぎ去った時が後悔を引っ提げて大波みたいに襲ってきているようでござるよ」
「ダメダメ、時が引いて行く様で大波を予感して、その波に乗ることを楽しまなきゃね」
緊張をほぐすために極めて明るく言ったけれど、彼らは苦笑いを浮かべるだけで海岸で上下に揺れる波を眺めていた。
これは中々に苦戦してしまうかと僕は思案してみるけれど、彼らにとって訪れてほしくはない時間が始まろうとしていた。
漁師たちが気合を入れるように大声を上げ、その場にいる冒険者たちに礼を叫びながら海に向かって網を投げた。
「さてはて、どうなるかなぁ……おや?」
しかしふと、街の方から見知った顔が歩んできたことに気が付き、僕は手を上げて彼女を呼んだ。
「あ、リョカさんいました」
「ソフィアどうしたの? 聖女様が手を付けられないほど暴れだしたとか」
「いいえ、実はセルネ様がいらっしゃったのですけれど、リョカさんがオタクさんたちと依頼を受けると聞いたミーシャさんが、それならギルドで待つと。ちなみにカナデさんとセルネ様はお留守番です」
「セルネくんお酒で具合悪くなっちゃったのに、カナデと2人きりにしたのかあの聖女は」
「看病を頑張りますわと元気いっぱいでしたよ」
「それで? ソフィアはどうしてここに」
「ああ、マナさんにリョカさんが受ける依頼を聞いたのですけれど、メルフィル魚関連の依頼と聞いて、私も受けてきました」
「ありゃ、ソフィアってあのお魚好きなの?」
「いえ、その」
言い淀んでいるソフィアを僕はジッと見つめる。
すると彼女は諦めたように口を開いた。
「あの、私が冒険者登録証を貰えたのは、やはりリョカさんたちがいたからだと思うのです。ですから私はもう一度自分の実力にあった依頼で力を試したかったといいますか、その……はい」
真面目な心構えを照れたように言うソフィアの頭を撫でる。
きっと彼女は依頼の目星を付けていたのだろうけれど、そんなことせずともソフィアの実力は大したものだ。
少し前にスキル暴走を起こしたとは思えない成長速度でスキルの扱いを磨き、真っ当なスキル運用では学年随一のコントロール力を誇っており、実力も先生曰く僕とミーシャに次ぐほどだと褒めていた。
とはいえ、真面目なソフィアだからこそ、あの依頼で得た信用に納得が出来ていないのだろう。
今度は自分の手で、自分を納得させるために冒険者としてスタートラインに立とうとしたのだろう。
「リョカさんその、ご迷惑でなければたま~に、私のことを見てくださいませんか?」
「もちろん、ソフィアに関しては何も心配はしていないけれど、僕が見ることで君が輝けるのなら喜んで」
クスクスと上品に笑うソフィアに僕も笑みを返した。
すると、このやり取りを見ていたオルタくんとタクトくん、クレインくんが握り拳を作り、大きく息を吸ったのが見える。
「我らリョカ様から承ったっ!」
「オタク3連星っ!」
「リョカ様に仇なす敵を討つ!」
そう声を上げ、気合を入れるように各々が体の一部を叩き、戦いの気配を纏い始めた。
彼らも彼らなりに覚悟を決めたようだ。
そして、漁師たちの怒号にも聞こえる激しい声が放たれたことで、この海岸に戦場の色が塗られ始める。
「さて、ソフィアは何も言わなくてもわかっているだろうから言わないけれど、オタクたち、さっきも言ったけれど、僕は僕の立場で君たちには手を貸さないよ。君たちは君たちの戦い方で、しっかりと自分たちを顧みながらこの依頼に臨みな。こういう状況でもしっかりと判断できるオタクたちになるんだ」
3人が大声で返事をした。
僕はその心強い返事を受け止め、漁師たちが網を引き始めるのを横目で眺める。
海岸には屈強な漁師たちの気合の籠った声が響くだけで、冒険者たちは静かに、そして激しくその心に闘いを塗りつぶしていく。
網が引っ張られ、徐々に姿を現す魚群――そして一尾のメルフィル魚が飛び跳ね、虹色の体がまるで宝石のように煌びやかな光を放つ。
その刹那、まるで虹を追いかける幼子の白昼夢にも似た狂気が海から飛び出してきた。
サッチャー、単体ではそれほど戦闘力はないけれど、ギフト・バーサーカーにも劣らないほどの圧倒的な執着心に、カタログスペックでは計れないほどの力を発揮する。
そのサッチャーが網を追いかけるように大波を作って押し寄せてきたことで、やっと冒険者たちが心に潜航させていた闘気を解き放った。
漁師の気合の怒号と、サッチャーの執着による怪物らしい声、そして冒険者たちの戦いを生業とした圧倒的暴力の咆哮。
それらが混じり合い、僕たちの受けた依頼が始まった。
「さぁ、せっかくだ。精一杯に楽しんでいこう」
僕は笑い声を上げるのだった。




