夜を被る魔王ちゃんと惑星の中に愚か者
「バッシュくん行ったよ!」
「……よし、俺はやるぞ。俺は後衛じゃない、前衛で戦えるんだ」
私たちはギルドで依頼を受け、アンバイルキッドをみんなで討伐した林に来ているのだけれど、サジくんを後衛に置き、バッシュくんを前に立たせて、討伐予定の魔物――ブレイジーギッシュと対峙していた。
私とツキコはもちろん手を出さない。
するとぶつぶつと呟いていたバッシュくんが大きく息を吸い、スキルを発動させた。
「『繋がり紡ぐ浮き魂』」
いつもだったら彼はアークコアに土やら何やらを纏わせて攻撃していたけれど、今回はそういう利用方法ではなく、バッシュくんの周囲をそのエネルギー体が飛び回っている状態である。
そして普段は前に出て殴り合うなんてことはしないバッシュくんだけれど、今回……というより、これからは前に出て戦ってもらう。
武器はほとんど使ったことがないと言っていたから、私が昨夜の内に作っておいた大きなスパナを渡しておいた。あんな格好しているから似合うかなと思い、これからはあれで頑張ってもらいたい。
「サジ、支援頼む!」
「うん! バッシュさん頑張って」
今回討伐に選んだブレイジーギッシュだけれど、Bランク相当の魔物で基本的には一体で行動している。と、いうより、討伐が出されるほどのブレイジーギッシュは一体だけ。というのが正しいだろう。
そもそもこの魔物、見た目は2足歩行の私の世界で言うゴブリンの様な見た目をしている。
しかしこの魔物、群れでいるときは基本的に温和で、花など摘んで冠や首輪を作っており、しかも食事も野草中心のベジタリアンというまったく害のない魔物だ。
けれど一たび縄張りに入り、群れに害をなした時、群れのリーダーが本来の力を発揮する。縄張りに入ってきた者をどこまでも追いかけてきて命を狙ってくる。
もちろん魔物の生活圏に入った者が悪いけれど、こうして人の領域に侵入してしまえばそれは討伐対象にしかならないのだ。一般の人が巻き込まれる可能性も出てくるし、ギルドとしても放っておけない。
そもそもこの魔物、戦うとなるとそれなりに強い。
ラムダ様の影響で、使う能力はバーサーカーと闇伝いと似たような力を使う。
つまり、正気をなくして強化された魔物が闇に消えたり闇を武器にしたりして襲ってくるのだ、厄介なことこの上ない。
そしてブレイジーギッシュが目の前で武器を構えるバッシュくんを敵とみなした。手に持った棍棒を振り上げ、彼に突撃を始めた。
「――」
魔物のこん棒がバッシュくんへと伸びると、彼は周囲に浮いている球体をブレイジーギッシュの背後に移動させ、そしてスパナを振った。
本来なら先に魔物の攻撃が当たるタイミングだけれど、アークコアの引き寄せる力によって魔物の腕が引っ張られ、攻撃のタイミングをずらすことで、バッシュくんの攻撃が先にヒットした。
けれど今の一撃で怒りで顔を真っ赤にしたブレイジーギッシュが地団駄を踏みながらスキル『闇集発斧』のような力で、闇を武器に変えて再度襲い掛かった。
「『花妖精の悪戯』ヒヨ、ブラン! 好きに悪戯しちゃって!」
サジくんが呼んだ2体の妖精さんが魔物にまとわりつくと、すぐにブレイジーギッシュがうつろな目を浮かべ、くろくらとしながら明後日の方向に闇武器を振り下ろした。
サジくんは花の意味を頭に叩き込んでもらうところから始めたのだけれど、まあ最初は全部を覚える必要はなく、よく使うスキルに合わせて覚えていけば。なんて話していたんだけれど、彼は本当にまじめで、今日にはそれなりの数の花を覚えてきて、さらに普段一緒にいる妖精さんには名前まで付けていた。
今使用した妖精さんも、およそ幻や幻惑といった意味を持つ花から生まれた妖精さんなのだろう。
「サジ、上!」
「任せて! ネス、思いっきりぶっ飛ばしちゃえ!」
ふらついたブレイジーギッシュの足元にネスと呼ばれた妖精さんが、ふんすと胸を張り、ばんざいするように大きく腕を振り上げた。
次の瞬間、魔物の足元からとんでもない量の風が吹き、魔物を空へと打ち上げた。
「『雁字搦めの領域』」
バッシュくんが習得した第2スキル、魔物の背後から彼のそばに移動した球体が外側に歪な形の膜を張り、それをあちこちにどんどん広げ、その膜の中に魔物を取り込んだ。
雁字搦めの領域、アークコアの効力を外側まで広げるというスキルで、その範囲に入った者を、いわゆる惑星の中と同じにするという効果がある。
つまりこの領域の中だけはこの世界の引力の加護が変わってくる。
そしてバッシュくんはニヤと笑みを浮かべ、ブレイジーギッシュの真下でスパナを構えた。
今アークコアで発生している重力がどれほどのものかは専門でないから知らないけれど、龍の球で出てきた重力部屋みたいなものだろうか。それを今あの魔物にかけている。
きっとすごい勢いで降ってきて――。
「あっ」
私が思った通り、ブレイジーギッシュがとんでもない速度で落下してきた。
そしてそれを待ち構えているバッシュくんがスパナを落ちてくる魔物に向かってフルスイングした瞬間、ものすごい音と魔物の体がつぶれる音、そして何かが折れる音。
私はため息をついてツキコに目をやった。
「バッシュさんすごい! バッシュさん?」
魔物を討伐した喜びに、サジくんが声を上げたけれど、肝心のバッシュくんが体を震わせてうつむいていた。
「バッシュくん、重力っていうのは質量が大きければ大きいほど大きくなるんだけれど、今君に降ってきたブレイジーギッシュは一体どれだけの重さだったんだろうねぇ」
「……腕が折れました」
「でしょうね」
「わぁ! バッシュさん大丈夫!」
泣き声で話すバッシュくんにツキコとサジくんが駆け寄り、2人によって手厚い看病を受けており、私はただ、まだまだ教えることが多そうだとため息をつくのだった。