聖女ちゃんと黒を授ける
「ちょっと腕出してみなさい」
「え、あの、えっと……」
「殺気、出せるわね?」
「で、出ません」
コークが体をプルプルと振るわせて顔を引きつらせている。
あたしが彼の腕をペタペタと触っていると、隣のレンゲがむくれ顔を浮かべており、なかなかの殺気が漏れ出ていた。
「あんたそれを維持していなさい」
「は――?」
あたしはすかさずレンゲの手を取ると、その腕に『あらゆるを満たす暴食』と『聖女が紡ぐ英雄の一歩』を使用し、彼女が放つ殺気を固める。
「って、ちょっと――いたたたた! 痛いって!」
「我慢なさい。痛みなんて風のようなもので、放っておけばどこかに行くわ」
「行くわけないでしょ!」
少しずつだがレンゲの腕が黒く硬化していく。アヤメがドン引きしている。
「え、それ人にも使えんの?」
「聖女のスキルよ?」
「え、自覚あったん――いったぁ!」
アヤメを引っぱたき、コークにも目をやる。
できればこいつも殺気やらの戦闘圧を出してほしいだけれど、どうにも場の空気に飲まれているようだ。
あたしはため息をつくと、彼に提案する。
「レンゲを全力でぶん殴れば殺気出そう?」
「全力でやるのでちょっと待ってください!」
コークが意味もなく力んでいる姿を横目に映していると、レンゲが何か言いたげにあたしを見ていた。
「なに?」
「……あなた本当に聖女?」
「見ればわかるでしょう? それに『聖女が紡ぐ英雄の一歩』が他でも使えるというのならぜひ教えてほしいわ」
「これ『聖女が紡ぐ英雄の一歩』で固められてるの! あたしの記憶だと守護の力だったはずだけれど」
「攻撃は最大の防御って言うでしょ」
「え? お前の守護それで発動してるの? 誤った信仰はスキルの能力下がるはずなんだけれどなぁ」
「なら間違っていないってことよ」
納得いかないのか、アヤメが体ごと首を傾げており、空いた手で撫でていると、やっとコークからも戦闘圧がわかるほどになり、彼の手もつかむ。
「痛い痛い痛い」
「我慢なさい。しばらくはあたしが助力してあげるけれど、慣れてきたら何とか頑張って固めなさい」
「え、いやちょっと待って。なんか、このまま修行つけてくれるみたいになっているみたいですけれど」
「そのために来たんでしょ?」
「いやえっと……」
「A級冒険者がどんなくらいか見に来ただけ」
「なら一緒じゃない。こんなのよ」
「……こいつ全く話が通じないんだけど」
顔を引きつらせるレンゲの腕を少し強めに握ると、彼女は忌々しげな顔で睨んできた。
まあそれにこいつらにそもそも選択肢はない。
「別に帰りたいなら帰ってもいいけれど、あんたたちどうやって帰るのよ」
「え?」
あたしはあたりを見渡す。
この渓谷のある山はそれなりの数の魔物がおり、今まで武器に頼って戦ってきたこいつらの手に現在武器はない。
帰りたいのなら帰るのを止めはしないし、もしかしたら死ぬ気で魔物から逃げ回っていたらそれなりに戦えるようになるかもしれない。
「いや、その、送――」
「るわけないでしょう。なんであたしがあんたたちのお守りをしなければならないのよ」
コークとレンゲが顔を見合わせ、額から冷や汗を流し始めた。
「しばらく帰れないのだから、暇つぶし程度に付き合いなさい」
呆然としている2人に、あたしは思い出したことを口にする。
むしろこの子たちにとってはこっちのほうが問題かもしれない。
「食料は自分たちで調達してきなさい。そこいらにいあるでしょ」
「……え? それも」
「……ついてくるんじゃなかった」
「頼むよレンゲ見捨てないで」
コークの懇願する声に、レンゲがため息をつき、黒くなりかけている腕に集中し始めた。
最初から素直に聞き入れておけばいいのに。と、2人の顔を改めてみる。
「ああそうだ、あたしはミーシャ=グリムガントよ。よろしく」
「この状況で自己紹介かよ……え~っと、俺はコークです。よろしくお願いします」
「……レンゲ=キサラギ。あなたが一緒にいたテッカ=キサラギとは親族よ」
「こっちはアヤメ、しんじゅ――」
「と~~っい!」
「……なに?」
アヤメがとびかかってきて、腰をペシペシしてくるからあたしは訝しんだ。両手がふさがっているから、拳骨を落とすことも撫でることもできない。
するとアヤメがコソと耳打ちしてきた。
「ルナがあっちにいるんだから、そういう類は言う必要ないでしょ。いいから黙っていなさい」
なるほど。と、思案し、あたしは改まってアヤメを紹介する。
「妹よ」
「姉妹とか兄弟で旅するのが流行ってるのか? ヨリもツキコもそうだし」
「気は楽よ。ほら、あんたも集中しなさい。せめて今日のご飯にありつけるくらいには形にしないと本当に死ぬわよ」
はっとした顔を浮かべたコークが集中力を高めたのを確認し、あたしもこの暇な時間を有意義に過ごそうと思考を働かせるのだった。