聖女ちゃんと獣の芽吹き
「……」
あたしは敷物から立ち上がって改めて構えなおし、コークとレンゲと対峙する。
「ちょっ、ちょっと待って――」
「なによ、そのために来たんでしょう?」
「……駄目よコーク、言葉が通じない。典型的な拳で言い聞かせる部類の人間よ」
失礼な。言葉を聞く耳も持っているし、拳に口はついていない。
それに言葉を発するよりも――。
「っ!」
「……こんな殺気放つのが聖女だっていうんだから、世の中おかしいわよ」
一睨みで足を下げるレンゲに、あたしは肩をすくめる。
なまじ知っているから差を明確に自覚する。テッカと同じだ。キサラギは相手の力を簡単に測るからすぐ慢心するし、すぐ諦める。
まあもっともテッカに限って言えばガイルと一緒にいたおかげか随分とマシにはなっているみたいだけれど。
そうしてレンゲを睨んでいると、彼女の正面に体を引きずりながらコークが出てきた。
震える体を何とか鼓舞して、拳には空気を纏わせている。
「ハっ」
まだ脆い、まだ弱い。吹いたら消える程度の力しかもっていない。
けれどその瞳の奥底にケダモノの一端を見た。
あたしはつい嗤い声を漏らした。
拳に戦闘圧を込め、さらに信仰をチャージする。
「103連」
コークが足を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながら涙を流し、それでもなおあたしに大気を纏わせた拳を向け続けている。
牙も爪も研がれていない。
未熟な精神に、幼い意思――だが爪を立て、牙をむく。
「獣王――」
拳をコークへと放つその瞬間、それは遮られた。
「『獣を縛る六つの戒律』」
コークを守るように2本の鎖、あたしの拳を4本の鎖が巻き付いて信仰殺気その他もろもろが霧散していき、同時に鎖が砕け散る。
その鎖を放っただろう獣を半目で睨む。
「……途中で止めるつもりだったわよ」
「やりすぎ。衝撃でぶっ飛ぶわよ」
あたしは深くため息をつくと、改めて敷物に腰を下ろし、アヤメが頑張って淹れてくれたお茶を口に含んだ。
リョカと比べると雑味の感じられるお茶だけれど、程よい苦みに頭が冴えていく。
あたしは敷物を叩き、2人にも座るように目をやるのだけれど、どうにも足を動かすことができないようだった。
「並の魔王ですら慄くお前の殺気を受けたんだ、こいつらじゃ一歩も動けないわよ」
「でも、気を失わなかったわ」
「ん~……」
アヤメはそう唸り、2人揃ってその場にへたり込み、いつの間にかレンゲに頭を抱えられているコークに近づいた。
そして未だ震えているコークに手を伸ばし、その腕に触れた。
「いい戦いだったわ。お前もこの国の子だな、根っこにある獣はちゃんと飼いならしなさい」
「……」
「ああそれと、もうミーシャはお前たちを襲わないから楽になさい」
コークとレンゲが、アヤメの子どもっぽい顔に顔を見合わせ、おずおずとした空気感でゆっくりと敷物までやってきて、そっと彼女が用意していたカップを手に取った。
そんなに怖がらなくても取って食いはしないのに。と、あたしは目をやるたびにビクつく2人に肩をすくめるのだった。