聖女ちゃんと大気と如月
「ここ、だよな?」
そんな声が外から聞こえてきた。
門番がいたはずだけれど、どういうわけかキサラギの面々が姿を消しており、あたしが首を傾げると、一緒にいたアヤメが呆れたように肩を竦ませた。
外には2つの気配、知っている気配のような気がするけれど、誰だったかしら?
「よ、よし! た、たのも――」
「うっさい!」
「ぐえぇぇぇ!」
門をぶん殴ると、その先にいた見覚えのある青年が門と一緒にぶっ飛んでいった。
あたしは首を傾げると、その男と一緒に来た女の子がすれすれのところで門を躱しており、あたしと視線を合わせた。
「あんたは――」
「……あいつ、また面倒を押し付けやがって」
つまりリョカの差し金だろう。いったいこの子たちをここによこしてどうしたいのやら。
そうしてあたしがその、確かレンゲとかって言ったわね、その子を軽く睨むと、彼女は肩を跳ね上げた。
「――っ」
「強敵に出会ってから構えるまでが遅すぎる。あんたキサラギなんでしょう? 出会う人すべて殺す気概で常に生きなさい」
「お前のそれは聖女の言葉じゃないのよ」
引きつった顔をしている彼女に目をやっていると、男のほうが門を抱えて戻ってきた。確かコークって言っていたかしら? リョカはそれなりにいいもの持っているとか話していたけれど、さて――。
「それ、そこいらに捨てておきなさい」
「え~……」
「えっと――」
「なに? 用があるんでしょう、上がりなさい」
「……」
しかしレンゲがキサラギの家屋を見上げて、嫌悪感をあらわにした。
正直あたしには関係ないけれど、このままここで突っ立ってられるのも鬱陶しいし、あたしはため息をついてキサラギの家からそのまま出て、2人を見ることなく歩き出す。
「ちょ、ちょっと」
「……」
「来るの? 来ないの?」
あたしは前を向いたまま口に出しそのまま足を動かすと、戸惑ったような気配の2人がおっかなびっくりした雰囲気でついてきたのがわかる。
「お前の足取りは相変わらず強引ね」
「世界を歩く意思だけあっても、聖女と足並みすら揃えられないなら歩くのはやめたほうがいいわ」
アヤメの呆れたような声を聞き、コークとレンゲの2人を連れ出した。
のがさっきの話。
あたしは今、リックバックの街から草原に出て、山を登って渓谷になっている場所でアヤメを抱き上げて風を踏んで空中で腕を組んでいる。
「なんでぇぇぇ!」
「コーク! あの聖女頭おかしいわ! 何にも言わずにここまで連れてくるし、挙句の果てにジールジオイグと戦わせようとしてくるし!」
ジールジオイグっていうのねあの魔物。
この間ガイルたちと回っているときに大物の気配がしていたから、暇な時倒そうと思っていたのよね。
「ミーシャお前……」
「あによ」
「加減してやりなさいよ」
「こっちに回してきたってことは、リョカもこのくらい想定済みでしょ」
「限度があるわ」
あたしの腕の中でアヤメが拳の裏を胸に軽く当ててきたから、そっとこの獣を撫でるとコークとレンゲに目をやる。
あたしは谷を滑り降り、そのまま2人がついてきたから途中で風を踏んで宙に浮き、2人が下りたタイミングで生命力の塊をあの巨大な魔物――グランドバスラ―よりは小柄だけれど、竜に手足のついた……リョカがトカゲと教えてくれたことがある生物によく似たジールジオイグという魔物が巣にしている場所に蹴り放った。
するとあの魔物が飛び起き、縄張りに入り込んだコークとレンゲを敵とみなして追いかけ始めたところだ。
「無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ!」
「死にたくないのなら死ぬ気で生き残りなさい」
「死んじゃったら元も子もないでしょうがぁ!」
コークとレンゲが悪態をつきながらも追いかけてくるジールジオイグに意識を向けていた。
これで少しはあの子たちの戦いがみられるでしょう。
「コーク!」
「ああクソ! これならヨリに鍛えられたほうがマシだ! 空気は溜まってる、あとは機会だけだ!」
「時間は作る」
逃げ切れないと判断したのだろう。
2人が揃って急停止し、レンゲがジールジオイグの正面で短刀を構えて、その後ろでコークが槍を構えながら何ごとかを口にしていた。
「あれは……空気?」
「『風の中心で渦を巻け』空気を扱うギフトよ。そんであれは『風よ大気よ巡り留まれ』で溜まった空気を『廻れ回れ風の目となれ』で放とうとしているわね」
「ふ~ん」
コークの戦い方はある程度理解できた。といっても出来ることが少なすぎて戦い方も少ないみたいだけれど、それに比べると――。
あたしはレンゲに目をやると、ジールジオイグの前足が彼女に迫っていた。
しかし彼女は大きく息を吸い、瞬間的にかかる強化をそのまま連続して体にかけ、強化の幅が最高数値に届いた瞬間に合わせるように迫る前足にその短刀を奔らせた。
「『裏如月――流弁坊』」
ジールジオイグの前足を流すように逸らしたレンゲだったけれど、その一回で彼女の腕から鮮血が噴出し、苦悶の表情を浮かべた。
しかし続く二撃、三撃と攻撃をそらし続けていく。
「コーク――」
「待たせたレンゲ!」
レンゲが体中を傷だらけにしていく中、コークを中心に空気の渦ができており、それを見たレンゲがさらに大きく息を吸い、声を上げた。
「あぁぁぁっ! 流弁坊!」
それなりに大きな戦闘圧と気合の雄たけびとともにレンゲが大きくジールジオイグの前足を弾き上げ、武器は耐えられずに粉々になったけれど、コークのために隙を作った。
トカゲの魔物は前足を上げることでその胴体を半身だが晒し、そのいかにも柔らかそうな胴体に向け、コークが槍を向き放った。
「『廻れ回れ風の目となれ』」
こちらが引っ張られるほどの大気の渦、それが全て槍を中心に回っており、なかなかな威力だとわかる。
コークがその大気をジールジオイグの腹に向かって放つと同時に、槍は粉砕し、そのまま空気の渦がトカゲの魔物へと直撃した。
爆発を起こしたかと見間違うほどの衝撃が辺りを包み、ジールジオイグも砂塵に隠れた。
「……」
「……」
肩で息をしているコークとレンゲ、2人があたしを見上げて睨んできていたけれど、あたしの目は2人ではなくその砂塵に向いていた。
「……? どこみて――」
「コーク!」
レンゲが飛び出すとコークの頭を抱きしめ、その場で倒れこむ。
それと同時にジールジオイグの前足の爪が紫の光を放ち、それぞれが巨大な剣のように伸びており、その爪を2人に向かって放とうと飛び出してきていた。
「ミーシャ――」
アヤメに言われるまでもなく、あたしは瞬時にジールジオイグとの間合いを詰め、振り下ろしてきたその前足を片手で受け止めて魔物をにらみつける。
「――」
ジールジオイグが口から泡を吹きだし、クラと倒れ掛かるとあたしは圧を纏わせた黒色の拳を握り、あたし目掛けて倒れてくる魔物の顔面にその拳を打ち放った。
トカゲの魔物は体を浮かせて渓谷に直撃して呆気なくその命を落とした。
「――」
「――」
呆然としているコークとレンゲにあたしは目を向け、肩をすくませた。
「この程度、スキルなんて使わなくても倒せるようになりなさい」
「……嘘だろ」
「……コーク、ヤバい。あの黒い腕、純粋な殺気よ。あたしなんかよりずっと殺し屋に向いているわよ」
アヤメがカバンから敷物を敷いてお茶を淹れたからあたしはそこにどっしりと腰を下ろすのだった。