夜を被る魔王ちゃんと一から冒険者指導
「いやぁおかわりまでもらって申し訳ない。2杯目は真っ赤なものが出てきたから大丈夫かと思ったけれど、程よい辛さと口の中が痺れる感覚、これもまた美味かった」
「お口に合ったならよかったですよ」
ギンさんにはナスっぽいリンクトの実に麻婆を絡めた物をどんぶりにして出し、コークくんたちみんなとマクルールさんには大皿でチンジャオロースみたいなのを作った。
そしてツキコに親子丼を作り、それぞれが食べ終えたところで、私はツキコの口元を拭っていた。
「むぐむぐわふ」
「あ~もう腹いっぱい」
「ヨリの嬢ちゃんがマジで万能すぎる。俺らも戦い以外でも学ばなくちゃなぁ」
「ですね、ヨリさんのおかげで、自分もやってみたいこと増えました」
「案外、どこかの国の超大物だったりしてね」
そんなみんなからの称賛を受けていると、他の冒険者たちから「ぐぎぎ」という歯ぎしりが聞こえてきており、彼ら彼女らはこちらを睨みつけたまま、手元の食事を口に運んでいた。
「今作った料理のレシピ――作り方は残したから、今度作ってもらいなよ」
湧き上がる冒険者たちに苦笑いを向けた私だったけれど、そろそろ本題というか、ギンさんに視線をやり、何があったのかを尋ねる。
「それで一体、どうしてそんな様で帰ってきたんですか?」
「ん、ああ……」
ギンさんが深くため息をつき、普段なら絶対にやらないだろうに机に突っ伏した。
相当お疲れらしい。コークくんも心配げに見ており、みんなして彼の言葉を待った。
「情けない姿ですまないコーク」
「いえ、でもそんなになるなんて本当に何があったっすか?」
「……コーク、バッシュ、それにレンゲとサジ、君たちは凄いな。よくあのせい、せい……せい――」
「ああ」
私とツキコは何があったのかを察してしまった。
絡まれたんだろうなぁ。どんな絡まれ方をしたのかはわからないけれど、随分と詰められたらしい。
「なあみんな、1つだけ答えてくれ。あれは本当に聖女だったか?」
「あ~……」
「あの激ヤバ嬢ちゃんかぁ」
「あんなのが大量にいるはずはないと思うけれど、少なくともあの聖女っぽいなにかは、一緒にいたテッカ=キサラギよりも重い殺気を放っていたわ」
「しかもあのスキルですよぅ。聖女ってあんなスキルが使えるんですね」
「んにゃ、あれ第1スキルが元らしいよ。彼女の噂はよく聞くからね、ここにもゼプテンから来ているだろう冒険者が顔を青くさせているでしょ?」
辺りを見渡すと、ゼプテンで会ったことがある冒険者たちが体を震わせていた。
そんな冒険者たちに、マクルールさんがここから声をかけた。
「どんな聖女様なの?」
そんな問いに、冒険者たちはガタガタと歯を鳴らし、大地に埋められると声を振り絞った。
「埋め――」
驚くマクルールさんに、冒険者たちはさらに続ける。
初めて会った依頼主はまず殴る。2発目を貰ったら財産も何もかも消し飛ばされる。いつも顔面ばかり狙ってくる。新品の剣がパンチ一発でへし折れる。食事の邪魔をすると顔面を殴られる。それどころか彼女が嗤っただけで近くにいた者が泡を吹いてぶっ倒れる等々のetc.を戦々恐々と語る彼らに、マクルールさんだけでなく、コークくんたちやギンさんも顔を引きつらせていた。
「……ちなみに、グエングリッターに私がいた時、少し前にその聖女様がいたようで、色々な人に話を聞かせてもらったんだけれど、そのぶっ倒れるのは神獣様のお力を借りているんだってさ」
「――」
ギンさんの考え込む素振りを横目に、コークくんたちをニヤケ顔で見る。
「今のみんなじゃ、一睨みで倒れちゃうかもね」
「……なあヨリ、A級冒険者って、そんなに強いのか?」
「そうさねぇ、私はまだまだ全国を回っているわけじゃないからどこの国がどれほど強いかなんてことは言えないんだけれど、グエングリッター、それにここ、あとはサンディリーデの王都に行ったけれど、強い冒険者が揃っているのはゼプテンかなぁ」
ここのA級冒険者をまだ見たことはないけれど、少なくともソフィアよりは弱いだろう。
「ガイル=グレッグさんもテッカ=キサラギさんも所属しているんだよな、どんな魔境だよ」
「ここのA級を目指すのか、コークくんが納得出来るA級を目指すのか、それは誰に決められるものでもないからね。もし気になるのならその聖女様に会いに行ったらどう?」
「え?」
「A級の力、見てみたいんでしょう? なら丁度いいんじゃない」
「……」
「……コーク、正直に言うと私はお勧めしないかな。何というか彼女は、根底から私たちとは違う。差を自覚してしまうだけなんじゃないかと」
ギンさんの言葉に、私も頷いた。
けれどこの子はそれを通したいのだ。差などいくらでも埋められる。
とはいえ、あんまり深く悩んでも仕方のないことは確かだ。
「まず軽く見るだけ見て来れば? ギンさんの言わんとしているところもわかるけれどね、私はコークくん、目標に進み続ければ届く子だとは思っているよ」
「……」
「ヨリお嬢さん、君もまた進み続ける者なのか」
「――?」
「……確かに、私ではコークの歩みを止めてしまいそうだね」
先ほどの疲れとは違う、どこか諦めの色の出た顔をギンさんが伏せた。
私は彼に「止まってしまったのか」と声をかけようとしたが、コークくんが自身の頬を叩いた。
「うん! ちょっと会ってくる。A級って呼ばれる冒険者がどんだけ高いのか、やっぱり見てみてぇ」
「……いいわ、あたしも付き合ってあげる」
「それじゃあバッシュくんとサジくんはもらおうかな。こっちはこっちで別次元の戦い方って言うのを教えてあげるよ」
「え? なあなんで俺たち強化するみたいな流れになってるん?」
「さっきマクルールさんが言ってたでしょ、このランク帯は余裕かって。みんなのランク上げたいんじゃないのかなって」
「……ヨリちゃんに隠し事は出来ない感じですね。おっしゃる通りです。最近のコークくんたちの活躍は目を見張るものがありますから、近い内にCランクへの昇格が打診されているんですよ」
「だ、そうだよ。私の力どうとか言っていちゃあ昇格なんて夢のまた夢でしょう? ここはいっちょ、私の力なんてなくてもCランクやっていけるくらいになっておかない?」
全員がそれぞれ顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
まあ色々探りたいことはあるけれど、今はまだ動きもないみたいだし、さっきの話で彼がどう動くのかも確認したいしで、ちょうどいいタイミングだ。
それにコークくんとレンゲちゃんは私が何か教えるより、実戦でつかみ取った方が実になる方が気がするし、ここはミーシャに投げてしまおう。
私はそんなことを考え、コークくんたちの輪に入るのだった。