魔王ちゃんと拗ねる月
「帰ってきたぜ我が拠点! いやぁみんな元気にしているかなぁ? もう1週間以上空けちゃったからさぞ僕の帰還を心待ちにしているに違いない」
僕はリックバックにあるひときわ大きな屋敷――この街の住人からは領主さまのお屋敷と表向きには呼ばれているその屋敷の前できわめて明るく言い放つ。
門番をしている2人にヘラヘラとした顔を向け、会釈をして屋敷へと顔パスで入っていく。
時刻は朝食を食べたかな。くらいの時間で、きっとみんなも朝ご飯を終えてのんびりとした時間を過ごしているに違いない。
まずはルナちゃんを撫でてあげて、その後にアヤメちゃん、たまにはミーシャをまさぐるのも良いかもしれない。
そんなことを考えて屋敷の奥、見知った気配のする部屋に足を進めていく。
いやぁ久々に会うから緊張しちゃうなぁ。小まめに報告しておけばよかったかもしれないけれど、中々に忙しい毎日でそうもいかなかったんだよね。
僕は何度も頷き、額からチョロと流れる冷や汗を振り払って、みんながいるだろう部屋のふすまを開け放った。
「やあみんな! 可愛いリョカちゃんが帰ってきたよ!」
「……」
「……」
「……」
案の定、みんなは朝食を摂っている最中で、ルナちゃんとガイル、テッカが僕にのそっと視線を向けた後、箸を置いて座ったままこちらに体を向けてきた。
「……どうも、金色炎(笑)です」
「風斬り(笑)だ」
「は、はは……わぁ2人ともどうしたのさぁ表情硬いぞっ。可愛いリョカちゃんが帰ってきたんだからもっと嬉しそうにしなよ」
僕のことを半目で睨んでくる3名。ガイルとテッカはともかく、ルナちゃんのジト目が可愛くてたまらん。
「あいつメンタル強靭すぎるだろ」
「この状況でルナを可愛がろうとしているわね」
「いやぁミーシャとアヤメちゃんもただいま。僕のいない間大事はなかった?」
「……大惨事にはなっているぜ」
「あんたばっかり楽しそうにしていてズルいわ」
「いやぁこっちも結構大変だったんだよ。色々と信用を得るためには根回ししなくちゃならない箇所が多くてね」
「こっちの根回しをしていないせいで信用だだ下がりなのはどう挽回するんだ?」
「ハッハッハ、アヤメちゃん僕がみんなを裏切るような真似するわけないでしょ? 可愛い僕がそんな可愛くない真似なんてしないし――あっ、ガイルさんこちら良いお酒が手に入ってですね、お酒飲むかなぁって購入しておきました。テッカさんにはこちらですよ、なんと僕手製のちょい長い短剣プレゼントしちゃいますよ。ルナちゃんにはねぇ――」
「このまま泳がせておけば何でも貰えるんじゃないか?」
「良いわねそれ、搾り取りましょう」
「君たちもっと人の心持って」
そうして僕はみんなからの視線に耐え切れず、その場で勢いよく正座して、畳に頭を擦りつけるように下げた。
「すんませんでしたぁ!」
頭を下げた後、チラと上目遣いで辺りを見渡すとガイルとテッカがため息をついた。
「ったく、随分と活きの良い冒険者がいると思ったら結局お前だからな」
「まったくだ、俺たちはいつもお前に振り回される」
「……勝手に関わってきたのはそっちなのにさぁ」
「あんだって?」
「なんでもありませ~ん」
僕は昨夜手に入れた金糖果とは別の金糖果を取り出し、これでおやつでも作るよと伝える。
しかしガイルの視線がルナちゃんに向いていることに気が付き首を傾げる。
「俺らは別にもう良いけどよ。こっちは自分で何とかしろな?」
「……」
プクと頬を膨らませて明らかに拗ねている月神様。
「はぁ~かわええ」
「……お前」
「もう少し寄り添え。教員目線になるが、お前に足りないのはそう言うところだぞ」
ガイルとテッカからの呆れたような言葉に、頭にクエッションマークを浮かべていると、ちょんとルナちゃんが僕の袖を掴んできた。
え、なに可愛い。
「……」
「え~っと?」
「アリシアの、ギフト」
「え?」
なんだ、なんだかルナちゃんが物凄く拗ねているぞ。
甘いもので解決できなさそうな気配がする。
それにアリシアちゃんのギフト? 確かに使っていたけれど、女神的にはやはり問題なのだろうか。
「違うぞリョカ、ルナはそこに拗ねているんじゃないんだわ」
「違うんですか?」
「別にヴィヴィラとアリシアのギフトを使うことは何の問題もない。そんなこと一々女神は気にしないわよ。でもなリョカ、お前は誰の信者だ?」
「月神様ですが」
「即答できるんなら最初から汲んでやりなさいよ」
「――?」
「ルナ、グエングリッターでも言ったけれど、この阿呆にはちゃんと伝えないと駄目よ。伝えてもダメなことあるんだから、伝えなきゃそもそも頭にも置かないわよ」
「……」
ルナちゃんが少し泣きそうな顔でまん丸と頬を膨らませていて、食べごろ果物のように果肉がつまりよく熟したもう可愛いとしか言いようのない月神様に僕は手を伸ばした。
モチモチとした肌に、頬を押し込めば中にため込まれた空気が指を弾き返してくる。
ここ最近控えていたからすぐに抱き締めてしまった。可愛いの補充である。
「相手の心がわからないにもほどがある」
「そういうの無視して可愛いという感情が先行しているだけよ」
「テッカ、今度ヘリオスに人の心を説く授業でも提案しようぜ」
「もう必須だろうこれ」
散々なことを周りが言ってくれているけれど、一体僕が何をしたというのか。
そんな僕の疑問に答えるように、腕の中のルナちゃんが口を開いた。
「……多分、眩惑の魔王オーラで真っ新になったから新たなギフトを押し込めたのだと思います」
「はい、魔王のギフトも一旦リセットされますからね。ですのでシラヌイを欺くためにも別のギフトを使用したかったんです」
「それは、わかります。でも……わたくしに一切の相談もなく、しかもアリシアのギフトなんて。確かにアリシアのギフトは有用です。わたくしのギフトなんかよりず~~っと使い勝手は良いのでしょうね」
「え?」
僕は額から脂汗を流す。
いや違う違う違う。そんなつもりでアリシアちゃんからギフトを賜ったわけではない。
「ち、違いますよ! 2人ともたまたま近くにいたから!」
「……」
「……お前、たまたま近くにいただけの女神からギフトもらったのか? そんな簡単に」
「え? 手を握ってパッと受け取るだけでしたよ!」
「お前は一回テルネに殴られろ」
アヤメちゃんの心底呆れたような声色に僕は困惑するのだけれど、ルナちゃんが見上げてきたから彼女を抱き上げて向かい合って膝に乗せ、そのまま頭を撫でる。
「わたくしのギフトがイヤなわけじゃないですか?」
「そんなはずありませんって! 本当にこの話を思いついた時近くにいたのがアリシアちゃんとヴィヴィラ様だったので、それならついでにと思いまして」
「ついででギフトを得るなバカたれ」
「……わたくし、女神として必要なくなったわけじゃありませんか?」
「はい、いつだって女神様として月神様のことを慕っておりますよ」
「……」
少し考え込むしぐさをしたルナちゃんが、そのまま僕の胸に顔を埋めて腕を背中に回し、足を腰に回してきた。
これは離れてくれそうにないな。
「……スピカにも同じことされてたな」
「こっちはなんとかするから、ルナのことは任せたわよ」
「はい――とりあえず、甘いもの作っちゃいますね」
こうして僕は、ルナちゃんを抱えたままおやつ作りを始めたのだった。




