聖女ちゃんと眩惑は運命を夜に引き寄せる
「バッカお前やりすぎだろ! ちょっと生意気言ったから多少現実って物を教えてやろうとしただけで」
「馬鹿はあんたでしょう、まだそんなこと言っているからあの子に良いように――」
すると前髪が風に舞い、いつの間に現れたのかテッカがあたしの頭にげんこつを落としてきた。
「バカたれ、山1つ消し飛んでいるぞ。それにレンゲとサジはともかく、ギルドになんて報告すればいいんだ。あんなひよっこの冒険者、お前の攻撃をどうにかできるわけないだろう」
「痛いわ」
「あんなものを放っておいて痛いも何もないだろうが。痛いのはこの国だ」
テッカに頭をグリグリとされながらも、あたしはあの子たちがいた箇所から目を離さない。
この2人は終った気になっているようだけれど終わるわけがない。
それに燃料は投下した。あとはあの子がどう動いてくるか。たまにはこういう喧嘩も悪くはない。
「いやお前何まだやる気でいるのよ、あんなもの喰らって無事なわけないでしょう。あのヨリって子だけならともかく、あの数が巻き込まれちゃもう……」
「ガイルさん、守ってくれてありがとうございます。しかしクオン大歓喜ですね、これだけの龍が扱える人、人には多分いないはずですし」
ガイルの背中からアヤメとルナが出てきたのだけれど、2人は呆れたようにあたしが見ている方向に目をやった。
砂塵が巻き上がり、あの子たちがどうなったのかは見えないけれど、あんな程度でやられるわけがないのは知っているし、なによりも最後のあの顔――あたしは一歩踏み出し、その砂塵に殺気を投げつける。
「――」
するとあの子が持っていた大きな刃のついた武器を一閃。その砂塵が晴れ、額に青筋を浮かべるなんて珍しい顔でこちらを見ていた。
「もう怒った、もうキレた――」
ガイルもテッカも驚いた顔を浮かべた物の、すぐに臨戦態勢に移行したけれど闇を脚に纏わせたヨリがいつの間にか金色炎の勇者の背後に現れた。
「なに――っ」
「『幸運不運の裏表』」
先ほどまでは小さな転移のようなものを何度も繰り返していたのだけれど、今やってきたのはずっと姿がぼやけた状態であり、ガイルが反撃したにもかかわらず、ヨリはそのまま消えるように距離をとり、再度彼に向かってコインを弾いた。
「させるか!」
しかしそれにテッカが割り込み、コインを弾き返そうとしたがそれをヨリが睨みつけ、彼の体に突然入る斬撃。
元々近接戦は苦手だと話していたくせに随分と前に出て戦うじゃない。
そんなリョ――ヨリが呆けた顔で棒立ちしているひよっこたち……その中の女の子に向かって口を開いた。
「レンゲちゃん! 一発だ」
「え?」
「一発だけ隙を作ってあげる! だから今日のところはそれで勘弁して!」
「――」
レンゲと呼ばれた彼女が驚いたような顔を浮かべたけれど、すぐに覚悟を決めた顔をして頷いた。
そんな言葉を理解したからか、ガイルもテッカも面白くなさそうに額に青筋を浮かべた。
「おいおい、俺たちも驕っているつもりはねぇが、随分と簡単に言ってくれるじゃねえか」
「誰が誰の隙をつくと?」
「お前らだよこのクソ脳筋ども。散々こっちのことを掻きまわしてくれやがって、覚悟しろよお前ら、もうそっちで探ってたやつらもいないから存分にやれる」
やはりシラヌイのことを気にしていたようね。
そんな彼女がガイルとテッカではなく、あたしに口角を上げた表情で指を上下してきた。
そんな挑発に乗るとでも思っているのかしら、少しあたしを舐めすぎだ――。
「貧乳」
「殺す」
拳に戦闘圧を纏わせて黒く染めて、あたしはヨリに殴りかかる。
あたし、ガイル、テッカの3人の攻撃をあの武器一本で受け止め、3人それぞれの体に入る斬撃。
「『未確定不可逆性未来』」
あたしたちが斬撃に怯んだところで大きく武器を振るって吹き飛ばされ、すかさずその場所にヨリが斬撃を放った。
この攻撃の怖いところは攻撃の先撃ちという優位性ではなく、どこから来るのかわからない攻撃がいつどこで飛んでくるのかわからないという点だ。
それをあの子も理解しているのか、苦手であろう近接戦で放ってきた。
相変わらずよく頭が回る。
あたしはテッカと顔を見合わせ、互いに頷き合うとそのままヨリを囲むような立ち位置で彼女に攻撃を繰り出す。
しかし――。
「『イノセントリップリッパー』」
これが厄介だ。
あたしたちの体をまるで煙が通過するように、するりするりと逃げられる。
「どんなスキルだ」
「わからない。あの闇伝いっていうギフトと同じようなものかしら?」
以前グエングリッターで闇女が使っていた闇伝いの闇蝉とかいうスキルだったかしら? あんな感じかと思ったけれど、どうにも違うようにも思える。
試しにあたしの『あらゆるを満たす暴食』で固めようとしたけれど、どういうわけか固まらない。
量が多すぎるというか、あたしが扱える許容を凌駕していた。あの纏った闇にどれだけ詰め込まれているのか、あたしは計ることも出来なかった。
「退いてろお前ら! 高が1人にこれだけおちょくられて金色炎の名が廃る!」
ガイルが特大の爆炎を拳に込め、それをヨリ目掛けて打ち放った。
しかし彼女は足を止めてジッとガイルを見つめるとおもむろにコインを宙へと放った。
「『福音と飛び立つ青い鳥』」
爆炎がヨリに届くその瞬間、コインは表側を空に向けて大地へと落ちた。
「――」
炎は全てヨリを避けるようにして霧散していき、威力の失ったガイルの拳に手を添えて彼女が嗤う。
「残念、私は運がいいらしい」
「馬鹿な――」
動揺したガイルに武器による一閃を放ち嗤い、振り返る彼女の顔はどことなく死を連想させ、そろそろ世界を夜が支配する風景によく似合っていた。
けれどガイルの言った通り、1人にこれだけ立ち回れては確かに癪だ。
あたしは再度テッカと連携をとろうと彼に視線を投げる。
しかしまたしてもヨリがあたしたちにあの攻撃の先撃ちをするような隙になったことを察し、顔を歪めるのだけれど、それは今しがた斬られたガイルの声によって発動することはなかった。
「だあこら、散々やってくれやがって」
「ぴっ」
ガイルがヨリに飛びつき、その小さな体を後ろから抱き締めた。
その手はまるで幼子の体をまさぐっているようで、ヨリが一瞬だけれど顔を赤らめた。ガイルは後で殺す。
「女の子はもっと丁寧に扱ってよ!」
「知るかボケ! こっちはもう何度も斬られてんだよ!」
ガイルにあたしもテッカも呆れるけれど、今はそれなりに有効な手でもある。
そんなヨリの体がまたぼやける。すぐにガイルの拘束を解くだろうと予想は出来ていた。
だからこそ、あたしとテッカは彼女が飛ぶだろう場所を瞬時に察知し、そこに向かって全力を放つ。
「『如月流疾風秘剣――風鈴』」
「123連――」
移動してきたヨリがひどく驚いた顔をしてあたしたちに目をやった。
「今度は運がなかったみてぇだな! これでちったぁてめえの言葉を反省するだろうがよ」
「……」
しかしヨリは顔を伏せたまま何かを呟いた。
よく聞こえなかったし、攻撃を止める必要もないだろうけれど、ついにあたしの耳にその言葉が流れてきた時、あたしは唖然とした。
「幸運とは、自らが渦中に飛び込んでこそ光り輝くものだ」
その顔は勝気に色塗られており、あたしとテッカは驚くけれどもう攻撃は止められない。
彼女に幾つもの斬撃とあたしの拳が届いた時、彼女の足元には表になったコインと、そして――。
「よく言うだろう? 『転ばぬ先の幸運』ってさ」
指を鳴らすヨリにあたしたちは体を強張らせたのだけれど、それはガイルの絶叫によってあたしたちの意識は逸らさざるを得なくなった。
「がぁぁぁぁっ!」
ガイルの体に走る幾つもの剣跡、そして極めつけはその胴体に明らかに物凄い力で殴られただろう衝撃、あれはあたしの拳だ。
つまり今彼女が使ったスキルは――。
「ミーシャ! さっきまでのスキルが未来を司るのなら、そのスキルは現在を司っている。どんだけ頭回して……ん、だ? あれ――」
アヤメがやっと気が付いたのか、確信が持てていないのかジッとヨリに目をやっており、それに気が付いているのかわからないけれど、彼女がテッカに武器を振るった。
「くっ」
「『未確定不可逆性未来』」
突然の事態に反応が遅れたテッカがもろに斬撃を浴び、そのままその未来を確定させるために同じ場所に武器を振るったヨリが彼の武器を大きく弾いた。その時彼女が大きく口を開く。
「レンゲちゃん!」
「裏如月――」
ヨリとテッカの間に割り込んできた女の子――裏如月、なるほどテッカと因縁が深いようだ。
彼女の筋肉の動きが流動している。およそ瞬間的に体を強化させるスキルの使い手なのだろう。
ミシミシと彼女の握る短剣から音が鳴っている。そこそこの威力を込めた彼女の技がテッカへと伸びる。
「しまっ――」
「『魂殿坊』ぶっっっ飛べ!」
テッカの胴体にもろに直撃したその攻撃、レンゲと呼ばれている彼女の武器が砕け散り、その勢いのまま風斬りをブッ飛ばした。
ガイル、テッカともに吹っ飛んでいき、あたしは2人から距離をとった。
ここまでだろう。
中々楽しかったけれど、もう空も暗くなってきたし、お腹もすいてきた。ここらへんで手打ちにしてくれないだろうか。
そんなことを考えてあたしは空を見上げた。
空、そう、夜……どこまでも深い闇――。
あたしはヨリに目をやるのだけれど、それは膨れ上がった戦闘圧によって遮られてしまう。
「……おいおい、面白れぇじゃねえかお前」
「……ここまでやられて、むざむざもてなしもせずに帰しては俺の沽券にかかわるな」
あのバカたち、頭に血を昇らせ過ぎだ。
そんなのだからいつも魔王に先手をとられることをいい加減自覚した方がいい。
「『魔をも穿つ宿敵の福音』――」
「『臣下宣言』――」
くらりと立ち上がったガイルとテッカ、そして2人ともその身に魔王からの福音を纏わせた。
その瞬間、ヨリはともかくレンゲという子の顔が青白くなる。
「……なによこれ、テッカ=キサラギ、いつの間にこんな力を」
「大人げないってレベルじゃねぇぞこれ――まあ、時間切れだけれどね」
「え?」
ヨリがレンゲの手を掴むと、指を鳴らした。もう隠す気ないわねあの子。
そしてあたしが先ほど抱いた疑問の通り、夜が来た。
「まだまだ終わらせねえぞ!」
「いいや、ここで終わりだ。ここからは私の時間だ。つまり、私たちの勝利だ」
「なにを勝手な――」
テッカの姿が消え、その刃をヨリに放つのだけれど、それは突如として世界を闇が、夜が覆った。
「これは……」
「ったくあいつ、いつの間にアリシアから」
「やはりアリシアの加護ですか。でもどうして――」
「……ルナ、冷静になってよく考えなさい。これだけの力を持った奴、普通はポンポンと現れないのよ。あり得るとしたら、元々強かった奴がもっと強くなっただけの話よ」
「どういう意味ですか?」
ルナはまだ気が付いていないようだけれど、これだけの芸当が出来る者をあたしは1人しか知らない。
テッカの放った刃は完全に夜に解け、ヨリに届くことなく虚空を裂いた。
「『夜に紛れて揺蕩う王』」
辺り一帯が違和感のある夜に覆われた時、あちこちから気配を覚える。
誰の気配でもない。でも確かにそこにいるかと錯覚する。
「――」
しかもその何かが視界の悪い夜の中で死角から攻撃をしてきた……してきたはずだ。
夜という不確かなもののな中で、気配も、攻撃も、何もかもが解けているような、なにもわからない。
面倒なスキルだ。
相変わらずこういう厄介なスキルが好きなのは、性格に難があるからではないだろうか。
「クソ、どこに行きやがった!」
「夜神様のスキルか? あいつ、まだこんなものを――」
「そぉれ逃げろみんなぁ! あの脳筋の馬鹿どもにこれ以上付き合ってやることはない! とりあえず悪口言っとけ! ば~かば~か、こんな小さな女の子に良いようにされてどんな気持ち、ねえねえどんな気持ち! 金色炎と風斬りのあとにカッコ笑いってつけて改名したらぁ?」
「え、え~っと、英雄とか呼ばれたの何年前だと思ってんだぁ!」
「え、俺も? そうだな……キサラギ、影でなんかしているみたいだけど、この国のみんな、お前らのこと妖精さんくらいな認識で、今度子ども向けの絵本として登場するらしいぜ!」
「それ悪口かなぁ。う~んと、自分は――テッカさん、はげぇ!」
「まだハゲていない!」
「馬鹿ねサジ、こういう時はこう言うのよ。死ねテッカ!」
「お前ら俺に怨み持ち過ぎだろう!」
ガイルとテッカが怒りで顔を真っ赤にしている。
けれどこれだけ雑多な気配の中で、あの子たちだけを探すのは至難の業だ。大きな力で辺り一帯をぶち壊しても良いけれど、アヤメとルナを巻き込みそうだし、何よりあの子ならその対策もしているだろうし、これ以上は無駄ね。
ヨリの悪口がどんどんと離れた場所から聞こえてくる。
あたしはアヤメと顔を見合わせる。アヤメが頷いて大きく息を吸った。
「あっ! あっちにチアコスした可愛い女の子が手を振っている!」
「え! どこ――」
「……」
「……」
「……」
ガイル、テッカ、そしてルナが真顔になってその声が聞こえた方角を視た。
どんな姿になっても趣味趣向は変わらないのね。
「やっべ――みんなぁ! 全速力で離脱するぞぉ!」
そうして、あたしたちは月に夜をかぶせる大馬鹿者が去っていくのを見届けながら、全員が疲れた顔をして帰路に着くのだった。