?おうちゃんと翻弄される炎1
「――」
「ああクソ! 転びそうになるは炎は暴発するはで本当にやりにくいな」
「おいガイル、気を付けなさい。あのヨリって子が使うギフト、俺もルナも知らないギフトだわ。何してくるのか全く予想が出来ない」
「それにさっき使ったスキル、あれはわたくしたちが解析も出来ないスキルでした。彼女、本当に何者なのでしょうか」
「はっ、知ったこっちゃねぇよ。久方ぶりの強敵だ、お前ら邪魔すんなよ」
他人の忠告は素直に聞き入れるべきだと思うけれど、あれは最早止まらないのだろう。
ガイルを前に、私は息を吐き、先ほど使ったスキルを使用する。
「『イノセントリップリッパー』」
ゆらりと体が闇に解ける。
それはさながら陽炎であり、飛び込んできたガイルの拳はまるで幻をすり抜けるように通過していく。
私はすかさず大鎌を振り、彼の体に傷をつける。
「クッソ当たんねぇ!」
相変わらず自分が理解出来ないことに対する対処が遅すぎる。
同じようなテッカとあのチビッ子と行動ばかりしていたからごり押しが染みついているのだろう。
このまま煽るだけ煽って時間を稼いでもいいんだけれど――。
「退きなさいガイル!」
真っ黒に染まった拳を彼女――ミーシャ=グリムガントが放ってきた。
「――っ」
私がガイルにやったように闇に紛れて攻撃を躱そうとするけれど、咄嗟にミーシャが拳を止め、一拍子ずらして拳を放ってきた。
その攻撃に私は躱さずに大鎌で受け止めた。
私は舌打ちをして、彼女を蹴って距離をとらせると深いため息をつく。
「攻撃が通った」
「……」
「おいミーシャ、お前何やった」
「わからない。わからないけれど、あたしが攻撃した瞬間、ずらされたわ。あたしなのか向こうなのかわからないけれど、芯がずれてる」
流石だな。
イノセントリップリッパー、所謂一瞬間の無敵時間だ。闇で見えないからこそどうなっていても良い。という程度のもので、私の第1ギフトの第1スキル。
「これだから鼻の利く相手は苦手なんだよ。馬鹿みたいに殴ってくれていれば楽だったのになぁ」
「……」
「言ってくれるじゃねぇかチビッ子、さぞ名のある冒険者なんだろうな?」
「Dランク冒険者で~す」
「嘘つけ」
「本当だよ。昨日2つも上げてもらったんだから」
じりじりと距離を詰めながら尋ねてくるガイルに、私はしけた顔で後退する。
あまり派手に動き回りたくないんだよな。そうでなくとも彼らには厄介な集団がついており、これ以上手の内を明かしたくはない。
けれど手を抜いて勝てる相手でもない。
「……うしっ、しょうがない。ちっとは本気でやるか」
「おいおい、俺ら相手に手を抜こうとか考えてたのか? お前、早死にするぞ――は?」
ガイルの言葉が終わるより先に、彼の体から血しぶきが上がった。
「『未確定不可逆性未来』」
「攻撃の動作が――」
「あるわけないだろう。これは確定した未確定の未来だ」
私はイノセントリップリッパーを使用し、闇から闇に紛れるように距離の短い転移を連続して行なうように、一瞬姿が消える歩行でガイルへの距離を詰め、突然攻撃されて狼狽えている金色炎の勇者に向かって――今彼が攻撃を放たれた箇所に大鎌を振り下ろす。
しかし彼はその攻撃を躱すと、舌打ちをして忌々し気に自身の傷を撫でた。
目標は達成。
「未来はたった今確定した。ってね」
「なにがなんだか――」
「ほらほら、立ち止っている余裕なんて持たせないよ」
イノセントリップリッパーによる闇歩行でガイルを惑わしつつ、私は次々と彼への攻撃を放って行く。
「しゃらくせぇ!」
しかし大人しくやられるほど金色炎の勇者は弱くはない。
彼がその拳に炎を纏わせ、そのまま大地に叩きつけようとしたから、私は硬貨を指ではじく。
「『幸運不運の裏表』」
「なに――」
「残念不発だ。いい加減私との戦いに慣れてもらわなくちゃ困るよ。『未確定不可逆性未来』」
大地に放たれた拳からは煙だけが上がり、彼が顔を歪めて攻撃の体勢を緩めた瞬間に先撃ちの斬撃がガイルの体に傷を作る。
私は再度ガイルとの距離を詰め、また彼に攻撃が発生した箇所に大鎌を振り下ろした。
「……あれは――ガイル、さっきからお前に当てる気のない攻撃が挟まるから気になっていたんだけれど、ありゃあ攻撃の先行設置だ。その場所に攻撃したってことにするスキルね」
獣耳の可愛らしい彼女が私に警戒したような瞳を見せながら言った。本当に抱き締めに行きたい。
「んなもん避けられるわけねえだろ!」
「そういうこと――」
攻撃を次々と阻害され、ガイルの顔にも青筋が浮かんでいた。
やりたいことも出来ずに、貫きたい信念も通せずに、その金色の炎は闇を晴らすことも出来ない。
「ねえどんな気持ち?」
「――っこの」
ガイルの顔が怒りにまみれたと同時に、トリックオアトリートによって爆発の連続攻撃、怒りで自分を見失うことで彼の持つ幸運すらも置いてけぼり。
余裕のない人間に幸運など訪れないのだ。
さてそろそろガイル=グレッグには退場してもらおうかな。と『未確定不可逆性未来』と『幸運不運の裏表』による避けることも出来ない運命に定められた斬撃を繰り出そうと大鎌を構えた瞬間、相変わらず敏いというか、勘が鋭いのか、はたまた獣としての感知能力なのか。
その聖女様が私の前に躍り出てきた。
私の攻撃に勘付いたのか、ガイルが身構えていたけれど不確定の未来は確定された未来に及ばず、金色炎の勇者が首を傾げた。
「……撃てないでしょ?」
「ああ、撃てないね」
彼女に向かって大鎌を振りかざすけれど、あっさりと拳で弾かれてしまい、距離をとろうとイノセントリップリッパーの闇歩行で逃げようとしてもつかず離れずを維持されてしまう。
こういう接近戦で勝てるビジョンが一切浮かばない。
そもそも私の戦闘での立ち回り方がその聖女様には一切通用しない。
相性とか諸々あるのだけれど、なによりもこの聖女様とあまり戦いたくないというのが大きい。
彼女と顔を見合わせて、私はただ、ため息をつくのだった。