?おうちゃんと一服ついでの教え
「ルップクリンは確かこう、ぼてっとした四足歩行の魔物だよな」
「そうそう、微妙に可愛げがあるんだけれど、歯茎むき出しになると気持ち悪いやつな」
「小柄で動きも素早いから見つけるのが大変なのよね」
「ちょっと妖精さんに辺りを探ってもらうね」
「――」
コークくん、バッシュくん、レンゲちゃん、サジくんが手分けして金糖果を見つけようとしている姿を、私は後ろでほっこりとした気分で見ていた。
「……いやヨリ、あなたすっごく大人びた眼であたしたちのこと見ていることがあるけれど、普通に手伝いなさいよ」
「うん? あ~……必要ないかなって。みんなでも見つけられるでしょ」
「おい、パーティーの意味を考えてくれな。それとももしかしてヨリはもう見つけた?」
「う~ん、ならヒント――少しの助言を」
私は辺りを見渡し、現在いる街から出て、農園を過ぎただだっ広い草原のあちこちに意識を向ける。
そしてふと、草原にぽつんと置かれた岩に近づき、鼻を鳴らす。
「ルップクリンの出す糸って言うのは所謂エチレンガス……つまり植物のホルモン――植物が成長をするために出す空気でね、それは少し甘い香りを発しているんだ。元々は毒だったんだろうけれど、ああして自分の食料を美味しくできることに気が付いて適応したんだろうね。だからほら」
私はみんなを手招きして岩に近づかせると、少し近づいただけで甘い香りが漂ってくる。そして岩の一部を指差す。
「これ、岩の一部が糸?」
「そう、外敵から身を守るために知恵を絞ったんだろうね。拠点を幾つか作り、そこに食料をため込むことと緊急時には隠れられるように」
岩に擬態した糸が岩の中の空洞を隠しており、そこから果物のような甘い香りが漂ってきた。
「ここにはないみたいだね」
「マジか、こんな特性を持っていたのか。ヨリお嬢ちゃん凄いな、魔物にも詳しいんだな」
「う~んとえっと、つまりどこを探せば――」
「小柄で、あまり力のない者の立場で考えよう。サジくん、もし君が強敵に囲まれている場所に暮らしているとして、絶対に避けなければいけないことは何?」
「強敵と出会わない?」
「おしいね、強敵の視界に入らないことだよ。出会う出会わないじゃないんだ、出会ったら死ぬからね」
「つまり、ルップクリンは強敵がいない場所を道にしている可能性があるわね。コーク、サジ、この辺りで強めの魔物が縄張りにしているようなところを割り出して」
「あいよ」
「うん」
再度動き出した面々を横目に、私は岩にもたれかかり腰を下ろし、大きく伸びをする。
いい天気だ、こんなところで一服するのも悪くないかもしれない。
私は懐から刻んだ薬草を紙で丸めた、知り合いのマルティエーターに作ってもらった薬巻に火を点すと、それの煙を深く吸う。
すると遠目に、金糖果を大事そうに抱えたルップクリンがこちらを見て固まっていた。まだ私以外の誰も気が付いておらず、私は煙を吐き出しながら手を払うような動作で、魔物に行け行けとする。
「あなたは年下に見えないわよね」
「見た目相応の可愛い女の子ですにゃ」
「可愛いことと底が知れないことは同居しないんだぜ」
「そんなことないよ、それに底が知れないなんて失礼な。ほらバッシュくん、覗いてごらんよ」
ジッと彼の瞳を見つめると、バッシュくんは顔を赤らめて逸らしてしまう。
そんな彼にクスクスと声を漏らしていると、レンゲちゃんが呆れたような顔をしていた。
「実は年齢偽装しているとか? 聞いた話じゃ、どこかの街のギルドマスターは見た目は幼子らしいんだけれど、あたしより年上だって聞いたわね」
「空間越えの鈍器幼女。大丈夫大丈夫、話してみると年下にしか思えないから」
「へ~、あなた色々なところ行っているのね。ランガさんともその時に?」
「そうだね、本当にお世話になったよ。レンゲちゃんは彼と親しいの?」
「……親しいというか、お世話になったことがあるだけ。あのクソ当主があたしたちを捨てた時に、生き方を教えてくれたから」
「クソ当主――先代のキサラギ?」
「現代の当主よ。あの無責任野郎、もし会ったら絶対にぶっ殺してやるわ」
「う~ん?」
私が首を傾げると、バッシュくんが困った顔をしていた。
「レンゲの姉さんが自分の話するなんて珍しいな。俺聞いてても良かったのか?」
「あっ……あ~いいわよ別に。あたしが元々キサラギの出身ってだけ」
「キサラギって、あの元暗殺家業の?」
「そうよ、あたしはそこで色々お仕事をしていたってだけ。幻滅した?」
「まさか、冒険者やっていれば色々あるさ。俺も、特にコークはそんなこと気にしないと思うぜ」
「……別にコークのことは聞いてないけど」
「へいへい、そうですかい」
顔を赤らめてそっぽを向くレンゲちゃんに、私とバッシュくんは顔を見合わせた後、生暖かい視線でニヨニヨと見ていた。
しかし彼女は現当主を嫌っているのか。まあ勘違いされがちな男ではあるからな。
さてさて、妙な空気になったし、少しばかり話を変えようかな。と、私が何の話題を出そうか考えていると、バッシュくんが手をグッパとして自身の手のひらに出した球体のエネルギーに周囲から砂などを集めた。
「俺ももう1つくらいスキル使えるようになったら、もっと役立てるんだけれどなぁ」
「そればかりは女神様の気まぐれでしょ。焦ったって仕方ないわ」
「うん? あのさみんな、もしかしてスキルは女神様が習得させてくれていると思ってる?」
「そりゃあそうでしょ、だってギフトは女神様から与えられる物よ。スキルだって当然そうでしょ」
おやおやこれは……いや、確かに私の知り合いの子たちもスキルに関しては知らないことの方が多かったな。上級の冒険者もなんだか曖昧だったし、知らないことが普通なのだろう。
ならあまり伝えない方がいいのかな。と、私が考え込んでいると、レンゲちゃんとバッシュくんがじ~~とした目線を向けてきている。
目の前で思案し過ぎていたか。何か知っていると取られてもおかしくはない間だったかな。
「……なにか?」
「その口ぶり、あたしたちよりギフトに詳しそうね」
「まっ、ここは何かの縁ってことでちょいと俺たちにもご教授願えないか?」
私は頭を掻き、少しの間思考すると諦めて手を上げる。
「わかったわかった。まず1つ、君たちは基本的に勘違いしている。確かにギフトは女神様から与えられる物だけれど、スキル――う~んと、ギフトって言うのは贈り物で、スキルって言うのはその内容なんだよ。だから女神様から贈り物を受け取った時点で、スキルの所有権は完全に受け取った側にあるってこと」
「つまり、その内容に関しては女神様の管轄じゃない?」
「管轄じゃないというのはちょっと違うけれど、少なくとも女神様はその贈り物の内容を取り出す権利を奪うことはしないよ」
「ふ~ん、それじゃあスキルってどうやって覚えるのよ」
「経験値……使い込みと条件に合った信仰かな」
「と、いうと?」
「ギフトをよく読み解くことで、次に発現するスキルに沿った行動をする。まあレンゲちゃんみたいな強化一辺倒のギフトだと使い込みがたくさん必要になる感じかな。ほら、みんなスキルをトドメくらいにしか思っていないでしょ? 常に使うくらいで良いんだよ」
「マジか。なんだか女神様に面倒をかけるみたいで使うのを控えていたんだがな。だってこの国を治めているのは神獣様だぜ? そんな甘えてばかりじゃなって」
「別にアヤメちゃ――神獣様は怒らないでしょ。人々のことをよく考えてくれる素敵な女神様だと思うよ」
まあ教えたところで別に咎められることもないか。この子たちなら間違った使い方はしなさそうだし、なによりも成長を見られるのは嬉しいものがある。
「スキル習得に女神様が関わっていないっていうのは盲点だったわね。コークとサジにも教えて良い?」
「どうぞどうぞ」
レンゲちゃんが早く2人に話したいのか、強敵の痕跡を探しに行ったコークくんとサジくんのいる離れた箇所に目をやっていた。可愛らしい動作だな。
「しっかし、ギフトって言うのは不思議だねぇ」
「まあね。でもわかってくると結構面白いんだよ」
「そうなん?」
「例えばね、ギフトって言うのは女神様から貰う物だけれど、じゃあそのギフトって言うのはどこから来たと思う?」
「はい? そりゃあ女神様から渡されたんだから、女神様からだろ」
「そうだね、でもそれじゃあ最初の儀式の説明がつかない。あれは個人の才能からギフトを引き出しているよ。つまり人には最初からギフトの種があって、それを才能によって発芽させている。っていうのが私の見解かな」
「なるほど。じゃあもしその種とやらが解明出来たらギフトは使いたい放題だな」
「その通り――まあつまり、才能に反応する異能力の種があれば良いというわけだ」
「そんなもん夢物語だけどな」
「……そうだねぇ、この世界とまったく関わりのない真っ新な体にもしそんなものが埋め込まれたら、空白のギフトとして役に立ちそうだよね」
「なんか企んでない?」
「その企みはもう遠に達成したんだよ」
首を傾げるバッシュくんに笑みを見せると、コークくんとサジくんが探索を終えたのか歩いて戻ってきており、レンゲちゃんが手を小さく振っていた。
私はカップにお茶を注ぎ、2人の報告を待つのだった。