?おうちゃんとベルギルマの特産
「ほらサジくん、いい加減レンゲちゃんのことを姉者って呼んでみてよ」
「いやだよぅ、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよぅ」
「私にはわかっているよ。だってサジくんの見た目と声は、やつをくだくのは技を超える限りない力。って言いそうなんだもの。ほらまたグラサン貸してあげるから、あとこの胸元どんだけあいてんねんっていうジャケットを素肌の上から着てみるんだ」
コークくんとレンゲちゃんたちのパーティーに正式加入して2日目、私は相変わらずサジくんに絡んでおり、周囲の呆れたような目をその身に受けていた。
「ふぇぇお姉ちゃん助けてぇ」
「あ~はいはい、あんたはこんなことでメソメソしないの。ヨリ、あんたはうちの弟をどうしたいのよ」
「100%を超えた120%サジくんが見たいです!」
「……ぜんっぜんわかんないわ」
呆れ顔のレンゲちゃんが、いつも彼女が好んで食べているスルメのようなそれを口に咥えながら、依頼の報告を終えたコークくんとバッシュくんに目をやった。
「相変わらず騒がしいな」
「ヨリのお嬢ちゃんが目立ちたがりだからな」
同じテーブルに着いた彼らはそれぞれに食事を注文すると、依頼の報酬をテーブルに並べた。
私がそれを受け取ると、バッシュくんが何か言いたげにしており、私は可愛い笑顔で迎える。
「……しっかしヨリお嬢ちゃん、本当に強敵以外はあまり手伝ってくれないのな」
「う~ん?」
しかしそんなバッシュくんに、スルメらしきものを噛み千切ったレンゲちゃんが首を横に振る。
「バッシュ、あんたこの2日どれだけ相手に隙を見せたかわかる?」
「は? どれだけって……別に致命傷は喰らってないぜ」
「ええそうね、幸運なことに、あんたは隙だらけな状況でもどうしてか生き残っている。今日の依頼でも魔物が不運にも足を滑らせて体勢を崩さなければ、もろに良いのくらっていたはずよ」
バッシュくんが改めて私に顔を向けてくるから、相変わらず可愛い顔をして手を振り返してあげる。
「……どんなスキルだよ」
「まあヨリは、運命神様? のギフトを使っているって言ってたからな」
「それそれ。俺そんな女神様を聞いたことないんだよ」
「どこの国の女神様なのかしら? あたしも全く知らないわ」
「運命神様は国を持っていないよ。ただとっても素敵な女神様だから、もし何か幸運が訪れたのなら思い出してあげて」
ヴィヴィラ様の宣伝をしつつ、私は辺りを見渡す。
今日は随分と冒険者の数が少ない。
「ああ、そういえば今日は収穫祭の日でしたね」
「収穫?」
私の視線にサジくんが気が付いてくれたのか、その理由を話してくれた。
「今日は街の外れにある大農園で街を挙げての収穫祭があるんだ」
「街を挙げてって、そんな大きな農園があるの?」
「この間の林道とは逆の方角から街を出るとある農園だよ。そんでそこではこの時期、リックバックの名産を収穫するんだけれど、それに結構な魔物が群がってきてね。護衛のために冒険者が駆り出されるんだよ」
う~んと、サンディリーデにあるゼプテンの漁と似たような催しかな?
でもそんな面白そうな依頼なのに、みんなは出ないのだろうか。
「うん? 収穫祭の話だな。ヨリ、俺たちは出ないのかって顔しているな」
「この手の依頼ってそれなりに報酬も良いでしょう?」
「まあそうなんだが、ヨリお嬢ちゃんとレンゲならともかく、俺たちじゃまだ実力不足だぜ」
「それなりに強い魔物が来るからね。俺たちじゃまだ、な。でもそっちに出なくても稼げる機会はあるんだよ」
「というと?」
「この依頼では、ある魔物だけ討伐しないようにするの。それで、わざと魔物に作物を持って行かせるんだけれど――」
そこで私はベルギルマの特産の中に面白いものがあったことを思い出す。
確か果物や根菜など、この時期のそれらベルギルマ産はとても価値が高く、様々な場所で売買されている。
その特徴が、シルキースモーク。果物や根菜を繭のようなもので覆い、そのまま出荷されるというものだ。それが確か魔物の力を活用しているとかだったかな。
「シルキースモーク、果物とかの追熟を促して、さらに保存までしてくれるって言うものだっけ?」
「う~んと、詳しいことは専門じゃないから知らないけれど、多分そう。とんでもなく甘い果物になるのよ」
「その繭のような糸が金色で、この時期のベルギルマの果物は金糖果って呼ばれる高級品になるんだよね。ってまさか」
「そう、俺たちのような低ランク冒険者はそっちを狙うんだよ」
ジブリッドで扱う際もそもそも原価が高く、正直ジブリッドのような庶民向けの商店となるとあまり売れない。
しかし期間限定と称してお菓子の材料に使うことでその価値が上がる。
そういうやり方をし始めて、ジブリッド商会でも取り扱い始めたんだったんだけれど、やはり数が少なく、満足に数を用意できないなんてことがあったっけ。
しかし私の知っている価格としてはトリュフとか、マツタケとか、そう言う類なイメージだ。1つ持って行くだけで、貧乏冒険者がひと月は生活できるだけの収入になるはずだ。
「去年は何度も挑戦して一度も持って帰れなかったけど、今回はヨリお嬢ちゃんがいるからな」
「私?」
「運が良くなくちゃ黄金はつかめないんだよ」
「なるほど」
幸運を頼りにされているってことか。でもなぁ、あまり頼られても後が怖いな。
「それはまあわかったけれど、あんまり幸運にすがると、不運が押し寄せてくるから気を付けなよ」
「……何か怖いこと言い始めたんだが」
「え、駄目なの?」
「駄目じゃないけどね。運って言うのは良いこともあれば悪いこともある。大きな幸運にはそれに伴って大きな不運もやってくるもんさね。何もないかもしれないけれど、何かあるかもしれない。幸運に溺れて脚を掬われないようにね」
そんな忠告だけして、私たちはその収穫祭のための準備を始めるのだった。