聖女ちゃん、ファンを知る
服屋を出てリョカの提案で昼食を取り、あたしは幼馴染に手を引かれるまま街を歩いている。
どこかに行きたいと思っていたわけでも、何か目的があるわけでもなかったけれど、ただなんとなくリョカと2人っきりの時間が最近なかったことがどうにも落ち着かなくて、多少強引だったかと彼女の横顔を覗く。
するとリョカが普段通りの懐っこい顔を見せてきたことで、あたしの思考などお見通しとでも言われているようで、少しだけ頬を膨らませてしまう。
「あ、そうだミーシャ、ちょっと顔を出したいところがあるんだけれどいい?」
「……いいわよ。どこかの冒険者?」
「うんにゃ。最近出来たファンかな。ミーシャとも会ってみたいって言ってたよ」
ファン。とは確か、リョカが言うには熱心に応援してくれる人のことらしいけれど、一体何を応援してくれる人のことなのだろうか。と、あたしは楽しそうなリョカについて行く。
あの子はいつでも楽しそうだ。
あたしの幼馴染曰く、可愛く着飾っているから外に出るのも楽しいらしい。誰かに可愛いと言ってもらえるかもしれないからドキドキしているらしい。みんなが夢中になってくれるのがわかるから飽きないらしい。
そのどれもあたしにはわからないことだけれど、そう話すリョカを見ているのはそれなりに楽しいのだと思う。
ゼプテンに来てからは、ほとんど依頼に時間を費やしており、基本的には制服でギルドに出ていたあたしたちだけれど、そんなに可愛い服で気分が上がるのなら毎回服を変えれば良かったのではと疑問を持つ。
「ん~? なにミーシャ」
「あんた服をたくさん持っているんだから、依頼の時も着て来ればよかったんじゃない?」
「いやいや、一応僕たちは学生で、名目上は授業の一環で冒険者ギルドに来ているんだよ。制服じゃなきゃ駄目でしょ」
「別に誰かが見ているわけじゃないんだから気にしなくても良いでしょ」
「ミーシャ、見てもらわなきゃダメなんだって。ヘリオス先生の思惑はどうあれ、学園側からしたらギルドとの関係修復のチャンスなんだから、僕たちはあくまで学生として聖グレゴリーゼ学園生として恥ずかしくないように心がけなきゃ」
「そういうものなのね」
「それにさ、せっかくスキルを勉強できる学園に通っているのに使う機会もなく、ただ将来になんの希望も見いだせないまま時間を浪費するより、冒険者ギルドを含めた様々なことを経験できるような環境にしたいじゃん。だからこそ、僕たちは周りの人からの印象も大事にしないと。いろんな意味で目立っているんだからさ」
「あんたって、なんだかんだ他人のことばかり気にしているわよね」
「優しくしてもらっている恩返しだよ。みんなが僕を愛してくれるから、僕はそれに応えたいだけなんだよ――っと、いたいた、お~い」
リョカはそう言うけれど、あたしは順番が逆になっている気がしなくもない。リョカだから、みんな優しくしているし、それはそもそも彼女が誰かに優しくしていたから巡ってきているだけに過ぎない。
そんなリョカの在り方に想いを馳せながら、あたしは彼女が大きく手を振った先に視線を向ける。
するとそこにはちんちくりんなガキンチョたちが各々に飛び跳ねており、どうにもパンチ一発で消し飛んでいきそうな儚い存在感に、あたしはため息を吐く。
「あ、魔王のお姉ちゃん!」
「魔王のお姉ちゃんだぞぅ、今日も元気いっぱいだね」
リョカが子どもたちをそれぞれ抱き上げ、輪の中に混じっていく。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、今日らいぶぅ? はしないの?」
「するよ。それより僕のこの格好を見て何か感想はないかい?」
男の子も女の子もリョカをまじまじと見て、パッと咲いたような笑顔になると、口々に可愛いと連呼し始めた。
こんな子どもに一体何を言わせているのかと呆れてしまったけれど、どうにも信仰にも似たキラキラとした雰囲気に、あたしも頬を綻ばせる。
「今日はいつもと雰囲気を変えてみたんだよ。ミーシャがね、僕の服を選んでくれたんだよ」
リョカに背中を押され、子どもたちに晒される。
最初はぽかんとしていた子たちだったけれど、あたしの名前を聞いた途端、瞳を輝かせて飛び跳ねるのを再開した。
リョカが言っていたけれど、人間本当に瞳を輝かせると星のような目を浮かべるのね。
「聖女様だぁ!」
「ですとろいやーせいじょさまだぁ」
「かたすとろふミーシャちゃんだぁ! ほんものだぁ!」
「れいちょうるいさいきょうだぁ!」
あたしは無言でリョカの顔面に拳を放った。
「あっぶね!」
「あんたあたしのいないところで余計なこと言って回っているんじゃないでしょうね?」
「よ、余計なことなんて言ってないよ。今日の出来事とかをお話ししているだけですよ」
言葉の意味はわからなかったけれど、なんとなく馬鹿にされているような気がしてならず、取りあえずその責任はリョカにとってもらうことに決めた。
「ミーシャお姉ちゃんミーシャお姉ちゃん、パンチ、パンチ見せて!」
「良いわよ。ほらガキンチョたち、リョカを捕まえていなさい」
コロコロとした子どもたちが一斉にリョカに飛び掛かり、動きを封じてくれた。
あたしは指の骨を鳴らしながら余計なことを言っている幼馴染の眼前に立ち、腕を大袈裟に回す。
「いやぁ! いやぁっ! 魔が差したんですぅ! みんなが楽しそうに聞いてくれるからつい調子乗っちゃったんですぅ! 人形劇とか紙芝居を大分誇張して最強闘士ミーシャちゃんみたいなタイトルで読み聞かせてます!」
「正直に言えばいいってものじゃないのよ。とりあえず歯を食いしばりなさい」
あたしは拳に信仰を込める。
これは子どもたちのためである。見たいと言われたから仕方なくやるのである。そもそも戦闘でもないのに家を壊すわけにもいかず、この場において最も硬いのがリョカであるために、彼女を標的にせざるを得ないのである。
「おいコラゴリラ! なんで信仰を込める必要があるんだよ!」
「2回しか込めないわよ。いくわよ――」
「2回でも致命傷だよ!」
「ふん!」
魔王オーラで逸らされた信仰は傍の家屋を撃ち抜き、大通りに飛び出て周囲を騒然とさせた。
その威力に子どもたちがさらに瞳を輝かせているのがわかる。
不必要な暴力など存在しない。誰かにとってその暴力が不要だろうとも、あたしが必要だと言えば世界にとっても主にとっても必要なものなのだ。
「本当に当てる奴があるか! セルネくんだったらまた顔の形変わっていたところだぞ! というか人が集まってきちゃったじゃん」
「あんたが余計なことを言うから悪いわ。なんとかしなさい」
「うんなめちゃくちゃな……まあ人を集めようともしてたし、丁度いいか」
「なんかするの?」
「だから言ったでしょ、可愛いの押し売り週間だって。みんなみんな、今からライブするから手伝って」
リョカのライブと言う言葉に反応した子どもたちが彼女の指示のもとに忙しなく動き始めた。
一体何が始まるのかはわからないけれど、あたしはとりあえず黙ってみることに決める。
すると、騒ぎを聞きつけた大人たちが何事だとあたしが壊した家屋から顔を覗かせ始めている。
「うんうん、良い感じに目立っているね。それじゃあ現闇!」
突然魔王の第3スキルを使用したリョカだったけれど、闇が彼女の足元に少し広い台を生成し、さらにはリョカの手には先端が丸い棒が握られていた。
そしてリョカはその先端の丸い棒を口に近づけ、満面の笑顔を浮かべた。
「みんなぁ! 騒がしくしちゃってごめんねぇ。子どもたちと遊んでいた際の事故だから、許してくれると嬉しいな」
甘えた声のリョカに、彼女を知っているだろう大人たちが頭を掻きながら口々に、しょうがないなと声を上げた。
「ありがとーみんなぁ! お礼ってわけじゃないけれど、こないだ歌と踊りを作ったから、良かったら聴いて視ていって」
いつの間にそんなものを作っていたのかと感心しながら、あたしは苦笑する。苦笑する? ふと違和感と言うか、感情が普段とは違っているような気がする。
すると周りの大人たちもそうなのか、どうにも顔が緩んでしまう。
「それじゃあ唄うね! みんな楽しんでいって!」
大きく口を開けたリョカが棒を持っていない手で指を鳴らした。
彼女の傍で揺らいでいた闇が魔王オーラに反応して形を変えて音を鳴らす。
リョカは踊りながら指を鳴らし、あちこちの闇から音を出していくのだけれど、その疾走感のある動きだけで目が奪われてしまっている。
そして、息を吸ったリョカの口から流れるのは軽快な、耳心地のいい歌で、普段大人しい歌を唄う彼女にしては珍しいけれど、聞こえてくるその歌に、体が勝手に動いてしまう。
周りの大人たちもそうなのか、楽しそうにリョカの歌を体全部使って聞いているようだった。
するとリョカが近くに控えている子どもたちに視線を向けているのがわかる。
その視線を受けてなのか、子どもたちが合の手を入れるように、リョカの歌に合わせて声を上げてぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。
大人たちは最初戸惑っていたけれど、子どもたちに倣うように歌に合わせて声を上げた。
「みんな~! 今日は僕のこと、最後まで愛してね!」
歌の合間にそう言ったリョカに、視て聴いていたすべての人が熱気を放つように大声で返事をしていた。
あたしはただ、そんな幼馴染から終始目が離せないでいて、そうして気が付いてしまう。
「ああ、なるほど……これがファンってやつなのね」
あたしに手を振ってくれたリョカに、あたしは小さく手を振り返しながら、すでに夢中になっていた心を、意識したのであった。




