風断つ如月ちゃんとツキに跨るウサギちゃん
本当に変わった子だ。
今までたくさんの人間を見てきて、まったく記憶にない雰囲気の人間。
強者の空気とも違う、だからと言って弱いと聞かれれば首を傾げる。
ヨリフォース――その実力はおそらく高く、しかしその底はいくら注意深く観察したところで計れない。今彼女が使っているギフトだって聞いたこともなければ、そもそも破たんしている。
運任せの攻撃ですって? そんな確信の持てない武器を引っ提げて戦場を歩む者があってたまるか。
でも彼女は……。
「さあここからは君たちの運がどれほどのものかに掛かっているよ。『ツキにお任せ運試し』踵を鳴らすたびに幸運を祈れ」
ヨリの言った通り、魔物たちがその一歩を踏み出すたびに、花が咲いたりぬかるみに転んだり、爆発が起きたり飴が降ってきたり、武器が降ってきたりと良いこと悪いことが入り乱れていた。
こんなバカみたいな戦い方、成立するわけがない。
けれど――。
「なんて楽しそうに戦うのかしらね」
「レンゲ! ヨリを見ていたいのはわかるけれど、こっちにも指示をくれ!」
「っとごめん。ウルドレイクは基本的に防御に特化している、でもあたし的にはあいつの出す音がマズい」
「音? なんかジャラジャラ鳴らしているあれか?」
「そう、あれは――」
ウルドレイクがニヤと口角を上げた気がした。それと同時に、奴が手に巻かれている鎖を腕ごと振り、あたしは飛び出してコークの頭を抱きしめて地面に転がる。
「レンゲ――」
「風切り音!『漂う不可視の脅威』みたいに空気を飛ばしてくるけれど、あれはほとんど刃! 頑張って避けなさい」
「避けろってレンゲの姉さんよ、視えないもんをどう躱すんだ? そんな技能コークにも俺にもないぜ」
「気合」
「お姉ちゃんそれは無茶だよぅ」
「なら体を刻まれて耐えなさい。さっさと倒すわよ!」
あたしの腕からコークが飛び出す。
その槍を振り回し、ウルドレイクに一撃をあびせると、それに続くようにバッシュが大地から作り上げた拳を落とし、サジの妖精たちが次々と攻撃を加えたのだけれど――。
「――っ! カッた」
金属音と共に、全員の攻撃が弾かれる。
明らかな全身を覆う障壁、伝え聞いただけだけれど、魔王の使う絶気のような防御するための術だろうか。
あたしは歯を噛みしめる。やはりこれだけの実力のある魔物だと一筋縄……いや、そもそも届かない。
コークたちはスキルが1つしか使えない。あたしだって2つだ。
ならあの障壁を突破するにはどうしたらいいのか。
そうやってあたしが思考を最大まで回していると、コークの声にハッとする。
「レンゲ!」
「マズ――」
あたしの耳に風切り音が鳴るのだけれど、深く考え込んでいたせいか反応が遅れた。
体が刻まれることを覚悟して痛みに備えるのだけれど、急旋回してきたコークが突然あたしに飛びついて来て、ウルドレイクのいくつもの刃の衝撃を代わりに受けた。
「がっ!」
「――」
頭からすっと血の気が引くのを感じる。
よくもやってくれたな。あたしは呼吸を整え、最小の動きで剣を構える。
「裏如月――」
第1スキルを脚に込め、倒れ掛かるコークに後ろ髪をひかれながらも、ウルドレイクへの間合いを一気に詰める。
そして腕に全力の第二スキル『瞬間暴発二式』をかけ、攻撃終わりの隙にあたしの全力を叩きこむ。
「『風断・大太朗坊』」
ウルドレイクの懐に飛び込んだあたしは2本の短剣をその胴体に向けて放つ。
しかし読まれていたのか、魔物の手がその胴体への攻撃を防ぎ、金属音と共に、ウルドレイクの腕を上に弾くだけで終わる。
「とどかな――」
「いいや、それがお前の運の底だ」
魔物の腕を弾いたあたしの顔を硬貨が通り過ぎる。
時間が遅くなるように、あたしの顔を通過してウルドレイクへと延びる銀貨――その銀色は息を飲むほどに綺麗で、しかしそれでいて圧倒的な力を秘めていて、あたしはつい肩を竦ませる。
「――」
ウルドレイクが困惑にも似た叫びを上げる。
それと同時に銀貨が奴を貫き、覆っていた障壁が音を立てて崩れた。
「――っ全員一斉攻撃!」
あたしの号令に、バッシュとサジがウルドレイクにスキルを叩きこみ、あたしは大きく息を吸う。
もう一撃、もう一撃だけ――。
「『瞬間暴発三式』――『裏如月・獺魂坊』」
あたしの刃はウルドレイクの体を奔り、そのまま胴から真っ二つに斬り伏せた。
魔物を切り裂き、その勢いのまま尻餅をついてしまう。
あたしは呆けた顔で切り分けられた魔物に目をやっていたけれど、すぐに立ち上がってコークに駆け寄る。
「あんたなに無茶を――あれ?」
「あ~……もう少し優しく起こしてくれない?」
「致命傷が1つもない? あれだけ喰らったのに、あんたどんだけ幸運なの――」
そこであたしはヨリに目をやるのだけれど、彼女が片目だけを閉じた顔をして手を振ってきた物だから、つい噴き出してしまう。
「レンゲ?」
「……完敗だわ。あの子、とんでもない子ね」
あたしが呆れていると、バッシュとサジが近くにやってきて、辺りに向かって手を向けた。
「お前の言う通りではあるな。見てみろよこの魔物の屍の数――あのお嬢さん、全部1人で倒しやがったぜ」
「ふぇぇ……これ下手したら、本家キサラギの人たちよりも強いんじゃ」
「キサラギ?」
「こっちの話よ。まっ、あのクソ当主とは良い戦いするんじゃない」
あたしはその場で座り込んでしまい、安堵からか深いため息をつくのだった。