聖女ちゃんと女神への寄り添い
「……」
ある程度形には出来た。か。あたしは大きく伸びをして学園内にあるリョカが作ったダンジョンの扉から外に出る。
「……」
タクト、クレイン、セルネがぶっ倒れている横で、ルナが口をあんぐりしながらあたしの背中を見ており、頻りに口をパクパクとさせていた。
「それじゃあルナ、そいつらの手当てお願いね」
後ろ手に彼女に手を振り、ダンジョンの扉を閉めると、あたしは真っ青な空を見上げる。
さっきまであたしの中に燻っていたルーファの信仰がすっかりと晴れ、スッキリとした気分で歩みを進めようとすると、校舎からロイとエレノーラとヘリオス先生、そしてラムダが震えているピヨ子の背中を押してやってきた。
「編入の手続き?」
「こんにちはミーシャさん、ええそうなのですが」
ロイが苦笑いを浮かべており、何か問題でもあったのかと先生に目をやる。
「実はエレノーラ=ウェンチェスターに関してなのですが、編入にするのか、それとも来期に入学をするのか、どちらがいいのかという話になっていましてね」
「ヘリオス先生に提案されたのですが、今急いで編入という手段をとらなくても来期に入学という形にしてはどうかと勧められていて、迷っているのです」
「別に編入でいいんじゃないの? そうすればあたしたちでエレの面倒も見られるし」
「それですよミーシャ=グリムガント、今編入すれば確かに君を含めたみながエレノーラ=ウェンチェスターのために様々なことを指導してくれるでしょう。でも学園は学びの場です。甘やかす場ではありません」
「ん~……」
「それにすでにある交友関係を継続させては、新たな出会いの機会がなくなってしまう。彼女は一度も学校というものに通ったことがないのだろう? それなら自分の手で、友人を作ると言うこともしなくてはならないと私は考えます」
ヘリオス先生の言うこともわかる。
確かにあたしたち――リョカやジンギなんかは絶対にエレを甘やかす。先生はそれが悪いと言っているわけではないと思うけれど、甘やかされることが確定している場に入れるのはちょっと違うわよね。
あたしはロイの隣で思案顔を浮かべているエレに目を向ける。
「エレはどうしたいのよ?」
「う~んと、エレもミーシャお姉ちゃんたちと一緒に学びたいって気持ちもあるけれど、でも先生の言うように新しい友だちを作るのも素敵だなって、でもでもやっぱり――う~んぅ」
「こればかりは私も中々助言ができなくて。私も若い頃に学園に通った経験はあります。ですがその時は主の教えに従うのに必死で、まともな学園生活を送ってはいなかったのです。そうでなくても遠い日のことですし、正直記憶になくてですね」
「なるほど――まあ別に編入にしろ、入学にしろ、もう少しゆっくり考えてもいいんじゃない? 先生、まだ時間はありますよね?」
「ええ、大事なことですから2人で話し合ってじっくりと考えると良いです。確かに私は提案しましたが、通うのはエレノーラ=ウェンチェスターだ。たった一度の学園生活、後悔がないように選ぶと良いでしょう」
ロイもエレノーラも頷いており、これならこの問題は2人で答えを出せるだろう。外野がこれ以上とやかく言う必要もない。
あたしが満足していると、突然ピヨ子があたしの腰をペシペシ叩いてきた。
「あによピヨ子」
「旦那さま返してぇ」
「ダンジョンの中でぶっ倒れているわよ」
「見ていたから知っているですぅ! あんなボコボコにしなくても」
「……あたしはヒナリアに少し聞いただけで見ていないんだけれど、ルーファの信仰を使ったって?」
「ええ、これならシラヌイにも効くわ。絶対にサシになっちゃうけれど、これならあたしの気も晴れて顔面も殴れて大満足よ」
「そっかぁ……またアヤメ案件かぁ」
呆れたように肩を落としたラムダだけれど、せっかくラムダとヒナリアがいるし、少し聞いてみようかしら。
「ロイ、ちょっとラムダ借りていいかしら?」
「え? え~っと」
「いいよいいよ、あとはこのまま帰るだけだったし、何か用事?」
「ピヨ子も少し付き合いなさい」
あたしはちらと背後を覗くと、そのまま女神からの視界を大量の信仰で防ぐ。別に聞かれても困らないけれど、ルナ辺りが曖昧にして来ようとするだろうから、そのための保険として少しの間視線を遮っておく。
「ミーシャちゃん?」
「ねえラムダ、ピヨ子――アリシアとヴィヴィラは何をしたの?」
「――」
「あ~……」
2人が頭を掻き、ばつの悪そうに顔を逸らしたが、あたしは2人をジッと見つめる。
「……ルナは絶対に話さないだろうねぇ」
「アヤメ姉もルナ姉が話さないなら絶対に話さないですよぅ」
ラムダが肩を落とし、思案顔を浮かべていたから、あたしはリョカに持たされた敷物をロイに敷いてもらい、茶と菓子を取り出して腰を下ろす。
「ねえミーシャちゃん、ミーシャちゃんはそれを知ってどうするの?」
「どうもしないわよ。どうせあの子たちはあたしに助けてなんて言わないでしょう。でも、助けてなんて言わなくても結局巻き込まれるのだから、その時のためにやる気を蓄えておこうと思っているだけよ」
「……なるほど。君たちは、どんな状況になってもあの子たちと一緒にいてくれるんだね」
「当たり前でしょ」
ラムダがはじけたように笑いだし、あたしと同じように敷物に腰を下ろすとあたしの目を見据えた。
「いいよ、あたし目線での話になっちゃうけれど、それで良かったら」
「ラムダ姉」
「大丈夫だよヒナリア、ミーシャちゃんとリョカちゃんは、きっとあたしたちじゃ思いつかないことで女神たちを救ってくれる。女神が人にこんなこと言うべきではないかもしれないけれど――ミーシャちゃん、ううん……ケダモノの聖女様、どうか、どうかあたしの妹たちを、助けて」
「ハッ、誰に物を言っているのよ。当たり前に助けてあげるわ。それが聖女だもの」
満足そうなラムダがそうして口を開き、語り始めるのだった。




