魔王ちゃんと夜患い
「う~ん、どうしたものかな」
テルネちゃんからシラヌイの脅威について聞いた僕は、落ち着いて考えるために1人で外に出てきていた。
まあアヤメちゃんもまだ眠いと話していたのと、テルネちゃんが本を読むのに集中し始めたから、ソフィアに2柱のことは任せ、こうして外の空気を吸いがてら気の向くままにプリムティスの街を歩いている。
そもそも、信仰を届けることが出来ないとか大概女神様に喧嘩を売っている力だな。
強化とか回復は信仰がそのまま体に変化を促すものだから通用しないという絡繰り。そして信仰から変化することで世界の法則に則り、炎や水、風へと変わるスキルはその信仰だけが抜けてしまう。
つまり、僕の『心打つ魂の絶唱』なんかは効かないんだろうな。それにミーシャの攻撃なんかも軒並みアウトだ。
まいったな、これからカナデを迎えに行かなければならないのに、正直僕たちの力がほとんど発揮できな――いや、女神様の信仰は効かない。
「あれ、でもセルネくんは普通にカナデと戦っていたよな。勇者も信仰で――いやあれ勇者自身の信仰か。と言うことは魔王の力……それは当然だ、カナデに『臣下宣言』が渡っているんだ、これも女神様由来の信仰じゃない」
つまりシラヌイの力は本当に女神様だけにしか効果がない。
女神様由来の力でなければいくらでも――いや、だからと言ってどうしろというのか、彼女たちは女神様で、それ以外の何者でも……。
「駄目だ、ちょっと頭に詰め込み過ぎた。もう少しでなんか思いつきそうなんだけれど。う~ん、あれ?」
頭を抱えながら歩いていると、ふと僕は顔を上げて現在地を確認する。
するとそこはジブリッドの店の前で、相変わらず繁盛している僕の実家に安心していると、店先でジンギくんが店内を覗いていた。
「ジンギくん?」
「うぉっと! って何だリョカか」
「おはよう。ところでうちの店に何か用? 欲しいものがあるなら僕でも案内出来るよ。というか今日学校では?」
「あ~……学校なぁ。何かなぁ、朝から妙な感じがして、今日は行かない方がいいかなって」
『それは正解、今日のジンギは学園に行くと災いの兆し有り。近づかないのが無難だね』
「ヴィもこんな感じでな、ちょっとふらついていたんだよ」
災い……うちの聖女様のことではないだろうか。
『なんだか特級の災いっぽいんだ。神をも恐れぬ災害に肩を掴まれるって――災害が服を着て歩くわけないのに、よくわからない運命を視た。一体何のことだったのか、少なくとも今のジンギにそれを逃れる術はなく、あの勇者とその剣も同じような未来が視えたな』
やっぱりうちの聖女様のことだったか。
僕が頷いていると、ヴィヴィラ様が首を傾げたような雰囲気でこちらに意識をやっているのがわかり、そっと手を伸ばして撫でてみる。
『……どうしてここの連中はあたしを撫でようとするのか、全く理解に苦しむよ』
「え~だってヴィヴィラ様絶対に可愛いですし~」
『もう少し誰を相手にしているのかを自覚してほしいものだよ』
「でもお前撫でられると喜ぶじゃねえか」
『うなっ! よ、喜んでない! な、何を勘違いしているんだ!』
「はいはい――そんで店の前にいたのは、ほれあそこ見てみろよ」
ジンギくんに促され、僕も店の中を覗くのだけれど、そこには見知った顔が上機嫌で商品を選んでおり、僕はつい赤らんだ顔で「ほお……」と、声を出してしまう。
『君、視線が犯罪者のそれなんだが、もうちょっと何とかならないかい?』
「ヴィ、そりゃあ無理な話だよ。こうやって出会っちまったからには巻き込まれないように見守るしかねえんだ」
僕はジンギくんの言葉を聞き流し、そっと店内に侵入、そして大人用の衣装を手に取っている夜――アリシアちゃんの背後からそっと声をかける。
「お客様、贈り物でもお探しですか?」
「ええ、うん。ちょっと連れの格好が目立つから着替えてもらいたいのだけれど、あの衣装もおねえちゃ――姉さまにもらった大事な衣装だから出来るだけ似たようなものにしたくて」
「あ~、フェルミナ様目立つ見た目していますものね。でもここの衣装だとちょっとサイズが足りないですよ、彼女スタイル良いですから」
「ああ確かに、ちょっと凹凸が引っかかる感じかも。でも出来れば似合う衣装を選んであげたいから……? あれ、なんで知って――っ!」
「何でしたら僕がさっと仕立てますけれど?」
「な、なんで? 今日学校のはずじゃ――」
「昨日の今日なのでお休みを貰ったんですよ。それでどうします? フェルミナ様の体のサイズ、ばっちり把握済みですよ!」
「……ちょっと気持ち悪いんだけれど」
呆れたように息を吐いたアリシアちゃんが入り口で手を振っているジンギくんを見て、さらにうな垂れた。
「とりあえず奥に行きませんか? 必要な物ならこっちで揃えておきますから、ね?」
「……それならお言葉に甘えます。本当、ウチがどういう立ち位置なのかわかっているのかしら?」
そんなアリシアちゃんの呟きを聞きながら、僕は彼女の手を取って店員に軽く事情を説明した後、奥へと引っ込むのだった。




